第73話 あっ、イザベラ様
お肉屋さんで各種小間切れ詰め合わせのメガパックを買ってルピナス村へ戻る途中、お肉屋さんと同じように心配して声を掛けてきた何人かと少しお喋り。
ギルドの中で起きたことは外には漏れないと思ってたけど、そうは行かないみたいだね。
村に戻ると俺の家の前で知った顔が雁首並べてた。イザベラ様、サティアさん、ゲーシルさん、それにマリーさん。
「あ、イザベラ様」
「あっ、じゃないよ、このたわけ。人の前で倒れといて。
今朝歩いて帰ったとドクターから聞いて驚いたぞ」
「ドクターからギルドの関係者に連絡してくれるって話だったし、早いとこ村に戻って子供達を安心させたかったからね」
「それは分からんでもないけどさ」
「お肉を持ってるので、ちょっと貯蔵庫に入れて来ますから」
「貯蔵庫?」
イザベラ様には教えてなかったか。結局俺の後ろを皆がゾロゾロとついてくる。
「見た目は普通の建物なのに、中は地下室……じゃなくて穴蔵なのかい」
「粘土を取るのに掘った穴を再利用してます。雨で濡れないようしっかり防水してますし、外より涼しいです。うちの匠が時々拡張してるので、地下水に当たらないかが怖いですけど」
「確かに水路に近いから気を付けないとね。これ以上広げない方が良いと思うが」
地下室部分は3メートル四方より少し狭いぐらい、深さは2メートル半ぐらいか、良くそれだけ掘ったな。
領主様達が俺に黙って来た時から特に変わっていなくて、跳ね鶴瓶に皆が興味津々と言った感じなので実演してみせる。ついでに滑り台もね。
「ハネツルベーは何かの本に載っていたんだな?」
「はい、領主様から問い合わせがあったので調べてみましたら、溪谷地域で川から水を汲み上げるのに使われていると書いてました」
イザベラ様の質問にサティアさんが答える。さすが特許を担当するだけあって、そう言う物の調査はお手の物って訳だ。
「地下水が染み出ないよう、壁と床には防水処理を追加した方が良さそうですね」
と言うサティアさんも、ここが穴蔵とは知らなかったのか。確かに外から見ただけだと普通の倉庫に見えるからね。
三時は過ぎているけどオヤツの時間を取る。おもてなしの心は大切だからね。
「襲撃犯を撃退した仕掛けを見ても良いか?」
とマリーさんが言うと、ゲーシルさんがウンウンと頷く。
発動させるとまた戻すのが手間なんだけど、教えない訳にはいかないか。
壁に張ってあるワイヤーは教えずに、壁が外に倒れる窓のトラップ、屋根から落ちてくる槍、それと回転床を披露する。後で槍を戻すのが一番めんどくさい。でも殺傷能力はこれが一番だから、除けるわけにはいかないか。
ちなみに昼間は槍にセーフティを掛けてあるので落ちることはない……筈だ。匠の腕を信じてるよ、俺より年下だけど。
「お主……どれだけの者に命を狙われておると考えておったのじゃ?」
と、呆れた顔で俺を見るイザベラ様に他の人達も同意を示す。以前に衛兵隊長にも似たような反応を示されたから、今更何も思わないけど。
「村の匠に仕掛けを任せたら、いつの間にか要塞になってた件……ってところです。俺の趣味じゃないよ」
「じゃあ、その子がセルバンのことを良く知ってて、必ず何人かで襲撃されると確信してた訳ね。
村長さ……セルバンは敵を作る才能があるのかしら」
「昔から言うだろ、出る杭は打たれ、出すぎた杭は抜かれるってな。よっぽどセルバンが目障りだったとしか考えれん」
マリーさんもゲーシルさんも何気に酷いよ。俺は単に子供達を弾除けにするために頑張っただけだし。いや、その言い方だと俺が単なるゲスに過ぎないな。
でもあの頃は国から出る手段を得る為に子供達を利用しようと考えてたから、ゲスであることに代わりはないか。
「貴族の中には慈善事業に忌避感を持つ者も居る。平民など殺しても構わぬと、平然と言い放つ者も居る。
お主が成してきたことは悉くそう言う者達を苛立たせていたのじゃろう。
市民が富まねば貴族も富まぬ。市民を虐げれば却って自分の首を締めることが分からぬボンクラどもが王都には大勢居るからのぉ」
とイザベラ様。
イザベラ様も貴族だと思うけど、貴族にも良い人悪い人が居るってことだ。悪い人だけだと住民が逃げ出すか決起して国が成り立たなくなるか。
「その点、バリシア領主は物分かりが良くて助かるぜ。領主によってはこんな村が出来たら潰しに来るからな。
ちなみに俺ら領主軍は時々見回りしてるからな」
「ここが正式な特別地区に承認されたから、何かあればすぐにゲーシル達領主軍が出動するわよ。
もし手を出せば領主に対する反乱と同様に処罰されるから、かなり安全になったと思うわ」
ゲーシルさんが軍を率いて守ってくれるなら心強い。冒険者を引退して軍に入ったのは俺達を守る為だったのかもね。そっと感謝しておこう。
「それで、馬人間のおもちゃが畑の番をしているそうじゃな? 見せてもらえるかの?」
「あ、それそれ! ケンタローっすが自動で鳥を追い払うって子供達から聞いてるわ。特許担当として見過ごせないわ」
イザベラ様、サティアさんの要望に答えてケンタローが待機している畑エリアへ。
デフォルメされたマネキンみたいだった人の胴体部分は木材を加工して作った鎧を着せてある。木工職人になりたい子が作ってくれた。
まだマキナさんから魔力式センサーが開発されたと言う連絡が無くて、畑の周りを自動周回するようにプログラムしてある。
「本当に馬人間じゃな」
「イザベラ様、国外での話ですが、先般発見されたダンジョンでこのような姿の魔物が倒されたと報告されております。マキナ殿はそれを知ってデザインされたのでしょう」
マリーさんが補足してくれたけど、ケンタウロスが本当に居たのは初耳だよ。マキナさんもそんなこと言ってなかったし、開発自体は発見されるずっと前からしてただろうね。
「いや、馬の脚力に人の胴体を載せるのは兵器として考えればアリだ。それに大人が乗れる大きさになれば、移動の問題も解決する。
見た目は気持ち悪いが」
「あの、それより自動で歩いて時々手を動かしてるところを感心してよ」
外観の感想じゃなくて機能面での話をしてくださいよね。
言い具合に鳥が飛んできたけど、ケンタローが腕を動かしたら逃げていく。ちゃんと機能しているみたいで良かった。
「セルバン、マキナさんに何とかセンサー頼んでるよね?」
「うん、魔力式センサーって言って、魔石から出てる魔力を感知する仕組み。それをケンタローに載せて鳥が来たら自動で動くようにしたいんだ」
「そんな凄そうな物を畑の番に使うとは、お主の頭はどうかしておるのぉ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めてはおらん、呆れただけじゃよ。
それで少し込み入った話があるんでな、家に上がらせてもらうぞ」
イザベラ様が手首辺りを軽く叩くので、間違いなく刺青の話だろう。確かに間違ってでも子供の耳には入れて良い話じゃないな。誰かに喋って良い話じゃないからね。
やはり家の中で出た話は魔紋を使った個人認証のことで、マキナさんが送ってきたマナグラフボードの試作品を皆で試した。
特に魔力を意識しなくても勝手に手から魔力が吸い取られていくようで、魔力涸渇状態に追い込めるかも知れないと悪用……もとい自衛手段への転用を思い付く。勿論その事はクチには出さないよ。
「うーん、手を当てたら変な模様が出来るのは分かったけど、これでどうやって誰か分かるようになるの?」
この中で唯一の技術畑のサティアさんでも個人認証の仕組みが分からないらしい。
「簡単に言うと、魔紋を当てると4096×4096のマスに魔紋の型が白黒で絵描かれるんです。これは手形とは一切関係無いですよ。
それで各マスが白なら0、黒なら1のデータ、数字に置き換えます。僕のデータなら0001011101みたいな数の羅列が出来ます。
その2048×2048の配列で個人の識別が行われるんです」
「じゃあ私のデータは……1111000011……ってなるのね。でも偶然一致するかもよ」
自分の魔紋を見ながらも、サティアさんはまだ不審げだ。
「実際には0と1だけじゃなくて、強弱で0から9までのデータになるから、凄く複雑な数字の並びになるんです。僕のだと0001011101じゃなくて0116269827です」
「その数字が四百万桁以上のデータになるから、かぶることはないって理屈なのね。頭パンクしそうだわ」
「これを読んだだけで理解出来るとは、お主がただ者ではないと言うのも理解出来るの」
俺はバーコードとかQRコードを知ってるからすぐ理解出来るだけど、どちらもこっちじゃ実用化されてないから理解は難しいよね。
「それで、問題はこうやって手を当てた時に俺が誰か分かるようにするには、予め俺のデータをこの魔道具に登録しておかないといけないわけ。それで、俺が王都に行ってもセルバンだって分かるようにするには王都のこの魔道具にも登録しておかないとダメでしょ?」
「王都だけじゃなくて、依頼で配達に回るギルド員は配達先全部になるな。それを行くか行かないか分からない町まで行ってやっておくのは非効率にも程がある」
「そうだね。だから、王都とバリシアの間で線を繋いで王都に行かなくても済むような仕組みを作る訳」
「その線の監理の為に道中に村を作り、セルバンを村長に任命したと言う訳じゃ。
バリシア卿曰く、セルバン以外に目的が理解が出来んじゃろう、とな」
イザベラ様の言葉にサティアさんとゲーシルさんが激しく頷くのだった。




