第65話 今の気持ちはどっち?
マキナ夫妻、魔道具ギルドが王都で頑張っていることなどバリシアに暮らす者達が知る由もなく。
セルバンとミイナがバリシアハンターギルドの門を潜る。彼がここを訪れたのは、チン・ドンヤーの一員として宣伝活動を行った時以来である。
「おう、二人ともやっと来たか」
「ゴンタさんじゃないですか。看板犬にしては可愛げが無いですよ」
冒険者ギルドではロビーに出ることはあまり無かったギルドマスターのゴンダンだが、ハンターギルドのロビー奥にはゴンダンの席がある。銀行窓口の奥に課長が座っているような感覚だ。
たまたまカウンターに居たゴンダンが声を掛けてきたので軽くおちょくる。
「セルバン、ギルドマスターにゴンタさんなんて失礼よ。でも……お手っ!」
「するかっ! と言うか、お前もかっ!」
ミイナも意外とミイナである。彼女がセルバンに少しずつ感化されていることをゴンダンが日頃から嘆いているのは、職員の秘密である。
「まぁ良い。それよりお前ら、まだ正式には何処にも登録してねえだろ。
今なら無料登録キャンペーン中にしてやるぞ」
とゴンダンさんが親指を立てる。
「ハンターギルドは公営なんだから、登録料を取るのはどうかと思うよ。カードの再発行手数料を要求されるのなら仕方ないけど」
と答え、ゴンダンさんの親指を上から押さえる。
鋼級までのギルドカードは紛失した場合に銀貨一枚プラス名前の刻印手数料で再度カードを作ってくれる筈。銀級以上はカードの値段が素材の料金が時価になるらしい。そんなカードを持つ予定は無いけどね。
「相変わらずだな。
で、結局セルバンは何処に登録するんだ?
それだけ頭が回るんなら、どうせウチじゃなくて商業ギルドなんだろ?」
と半ギレ状態のゴンダンさんに、チッチッチと人差し指を振って否定する。
「確かに向こうには恩があるけど、今日はこっちに登録するつもりで来たんだけどね。
けど、やっぱり今のゴンタさんの対応で商業ギルドにしようかと」
「馬鹿、折角来たんだ、登録ぐらいして行けや。
スヒィーロ君、二人を応接に案内してくれ」
ヒョイっと身軽にカウンターを飛び越えたゴンダンさんが、俺の肩を掴んで奥へと押して行く。年の割に身軽なのでビックリ。
「お茶と菓子も出しますよ」
「スヒィーロさん、ありがとー」
カウンターに座る受付嬢の一人、スヒィーロさんがすっと席から立つと、スタスタと俺達の前に来てゴンダンさんを手で追ってくれた。
ハンターギルド開設時のオープニングスタッフだったけど、そのままここに就職した美人さんだ。そこそこ強いと評判であった……が、間違いなくゴンダンさんより強いと思ったことは心に秘めておこう。
「カードを取ってくる」
ゴンダンさんはスヒィーロさんに俺達の案内を任せて、カウンターの奥の部屋に入って行った。
応接室は二階の階段を上がった先にあって、中は意外と殺風景だ。
「応接室なのに地味と思ったでしょ?」
「え、えぇまぁ……はぃ」
「領主様が実質的なトップに座る公営企業でね、どこも経費節減の為に質素なのの。ソファはお取り潰しになったお家で使ってた物を流用してるのでそこそこ良い物がらしいの」
「でも、これからバンバン儲かるんじゃないの?」
「それはどうかしらね?」
スヒィーロさんが顎に人差し指を軽く当て、頭を少し傾ける。
「こんなこと言うのもアレだけど、強い冒険者がたくさん高価な魔物を狩れば狩る程、その売却益からマージン貰うウチの資金になるからね」
確かに俺達に言うようなことじゃないよ。
「つまり、逆に弱い魔物しか狩れないハンターが多いとギルド側の持ち出しが増えて赤字運営となる、ってことね?」
とミイナさん。商業ギルドでアルバイトしてたから、ギルドの裏事情も分かってきたんだね。
「そうなの。冒険者ギルドに対しては、ゴブリン1匹につき大銅貨八枚を領主様が報酬として出していたわ。
でも、ハンターギルドが領主様の代わりに報酬を出す訳だから、言ってみれば持ち出しな訳。だから、強い人が多い方がありがたいし、なる早で皆に強くなって欲しいわけ」
「……強くなれるよう努力します」
「私も……自信ないけど」
スヒィーロさんの言葉に俺もミイナさんも溜め息を吐く。確かに冒険者ギルドは領主様からお金をぶん取って利益をあげていた訳で、その財布が当てに出来なくなったのだから経済的には苦労が増えそう。
いや、民営化されていた郵政や国鉄が国営に戻ったと思えば、職員は親方領主様だからそんなに気にしなくてもいいんじゃ?
そんな意味の分からない現状を考えている間にゴンダンさんが応接室に入ってきた。スヒィーロさんは部屋を出る時、ゴンダンさんに見えないように唇の前に人差し指を当てていった。
さっき言ったことは誰にも喋るなよ……デスね。了解です。
「待たせたな。二人のカードは予め作ってあったからな。無駄にならずに済んで良かったぞ」
とゴンダンさんが鋼のカードを俺とミイナさんに差し出す。
手に取って名前を確認、間違い無しだ。無くさないようにポケットへ。
「用意が良いね。鋼のカードは溶かして簡単に再利用出来るから無駄にならないもんね」
「それを言うな。ギルドの裏側を良く知るお前がそっちに居るのは儂も遣りにくいんだぞ」
「ハンターギルドは冒険者ギルドと違うシステムになるんでしょ? なら俺はここの遣り方は知らないから気にしない気にしない」
「そう言いつつ、裏に回ってアレコレとクチを出すつもりじゃないだろうな?」
「そんな暇は無いよ。
俺とミイナさんは訓練を受けつつ仕事も受ける感じで行きたいんで、事務関係はもう手伝わないから」
「それは良い。お前らには自衛能力が欠けていたからな。みっちりしごいてやる」
まさかゴンタ呼びされていることに対して体罰的な指導を行うつもりじゃないよね?
民営じゃなくて公営だから、そんなことは無いと思う……イヤ、逆に自衛隊みたいに厳しい訓練を受けるのかも。
「パワハラされたら領主様に訴えますよ」
「そんなこと、するわけねぇだろうが。バリシアハンターギルドはホワイト オブ ホワイトを目指してだな」
ここでコンコンとノックをして、スヒィーロさんがお茶を運んで来てくれた。冒険者ギルド時代には一度も受けたことが無いサービスだ。商業ギルドならいつも何か食べ物を出してくれてたんだよね。
この世界には餡は無くて砂糖も少しお高いが、蜂蜜は豊富。皿に乗っているのは蜂蜜の焼き菓子だ。木の実を砕いた物が混ざっているみたい。甘味控えめの素朴なナッツクッキーと思えば普通に美味しい。
「これ、美味しいです」
とミイナさんも喜んでいる。
「ここの職員になれば、このお菓子も時々食べられますよ」
「えっ?」
クッキーで買収されないでっ! 頼むからっ!
……いや、ミイナさんは別に戦う理由がそんなに強固じゃないから、ハンターギルドの職員になっても良いんだよ。それで都合が悪いのは、俺が別の人と組むことになるぐらいだし。
「これから冒険者として頑張って、いつでもクッキーが焼けるような村にします」
「お……男前過ぎ」
まさかのミイナ発言。俺だってそんな目標は掲げてないけど。確かにそう言う具体的な目標があれば良いよね。今の俺は漠然とお金を稼ぐってことしか考えてなかったし。
「じゃあ、二人はどんな感じで依頼をこなすつもりだ?
朝一番に狩りに出て、戻って来てから訓練を受けるのか、その逆にするのか。
それとも指導員を付けるかだな。
それともう一つ。魔物ハンターとして活動するなら、外でのキャンプもやらにゃならん。村を留守にする機会が増えるが、村長代理は決めているのか?」
「それは決めてない」
ハンターの仕事は魔物の駆除だから、確かに確実に日帰り出来ると決まった訳じゃない。それを考えれば、やはりミイナさんは事務職の方が良いのかも。それとも俺が?
事務職でもきちんとした訓練が受けれるのなら、俺が事務職に就くってのもアリか。
でも、それでミイナさんに知らない男性冒険者が付きっきりになるのも心配だし。
「お前らが冒険者になっても、暫くは夕方までに戻れる範囲でしか依頼を受けさせんように調整する。
後のことは追々考えようじゃないか」
「そうだね、人はそれを後回し、又はその場しのぎとも言うけどね」
当面はそうしてみるか、とミイナさんに同意を求めようと顔を見ると、
「その場しのぎは臨機応変とも行き当たりばったりとも言うからね。
セルバンはここで働いても構わないわよ。その方が村の子供達も安心するだろうし」
と予想外の言葉に驚く。
まさかミイナさんが、そんな悪魔的発想の持ち主とは! 俺の同士だと思ってたのに。
「それもそうだな。何も村長自ら戦いに出る必要は無い。たまの休日に狩りに出る程度で構わんだろ」
えーと、ハンターなら狩りは仕事だと思うけど?
「考えてみたら、私は元々冒険者に憧れがあったから冒険者として活動したいと思うのは普通だけど、セルバンはどうして冒険者として活動するの?
ここで働きながら訓練をつけて貰うだけで充分じゃないかしら?」
「そりゃミイナさんだけだと色々と心配だし……」
ミイナさんが冒険者になって活躍したいと言う話は聞いてるから、心機一転ハンターギルドで頑張ろうって言うのは理解する。
けど俺は必要ならば冒険者になろうか、ってぐらいの覚悟だったんだと気が付いた。危険なことからは遠ざかる行動を選択するプログラムでもインストールされているみたい。
だから子供達のことを優先するようにと言われると、冒険者になるって強く言えないんだろうね。
◇
「あらま……次長のキャラ、自分のアルゴリズムに気が付いてしまったみたいですね。
キャラの行動選択は基本的にほぼアルゴリズムによって決まりますからね。後は周囲のキャラとの関係や周辺環境で他所の確率補正が入るそうですけど」
「お前、俺のキャラの気持ちが分かるのか?」
「今日引いた『分かるんです∑』を使ってますから、心の声が分かるんで。それで、部長はどうすると思います?」
「奴は生き残る確率が高そうな方を選ぶようにしてある。ただ、その判断基準がカスタム可能なのを知らずに自動決定モードにしてあるからな。
普通に考えれば事務職一だが」
セルバンの判断を呑気に待ちわびる二人である。




