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第64話 魔道具ギルドは泣く泣く見切り発車

 定例議会を終えて親衛隊のブラハム隊長は、セルバンに付ける護衛を探すために王都警備隊の入る軍施設を訪れた。

 一人でやって来た親衛隊隊長に不審気な顔を一瞬見せた門番に用向きを問われると、

「旧友の力を借りに来ただけだ。部屋は知っているから通らせて貰う」

と答え、門番に剣を預けようとする。

 ブラハムから剣を受け取ろうと手を出し掛けた門番だが、

「では、おあず……いぇ、そのままでお通り下さい」

と職務を放棄する。

 王が授けた国宝級の剣を目にしては、自分のような者が触れることさえ畏れ多くもあり断ったのだ。


 剣など道具に過ぎぬと考えている隊長は、何処の役所に行っても剣を預けようとするたびに誰も受け取らないことを毎回不思議に思うのだ。

 渡される側からすれば十年分の給料より遥かに高額な剣を渡されるのだ、その身になって考えれば分かることだが生憎そう言う方面には考えが及ばぬ隊長であった。


「そうか。では通らせて貰う。案内は要らぬ、居場所は知っておるゆえ」


 彼は剣を腰に戻すと、案内を断りかって知ったる場所とばかりに迷わず最上階に上がる。

 そして執務室のドアをコン、ココンとノックする。

 内側からドアが開くと、執務机に座る部屋の主が声先に声を発した。


「これはこれは、珍しいお方が見えられましたね。

 親衛隊隊長のアポ無し訪問とは、私は何か罪を犯しましたかね?」


 おどけたような口調が出迎え、隊長はそれに黙って首を振る。そして何も言わずに秘書がドアをそっと閉じる。


「急に来て済まんな。

 俺より実力が上のくせして、王の側仕えが嫌だからと警備隊に入隊したお前を罪に問えぬ法律が残念でならんのだが、どうにかならぬものか」

「それは法律を考えた先達達に深く感謝せねばな。

 俺は日がな一日、槍を持って突っ立っている職を希望して警備隊に入ったと言うのに、何処で何を間違えてこんな席に座らされているんだろうね?」

「嘆かわしいことに、この王国も人材不足なのだ。そうでなければ、儂も親衛隊などに所属出来る訳がない」

「お二方、そのような愚痴を仰られないように」


 秘書に窘められた二人がお手上げだと両手を上げる。

 部屋の主は王都警備隊総隊長であり、親衛隊隊長と同期である。

 王族親衛隊はエリート中のエリートであり、王都警備隊はどちらかと言えば能力的に格下だと一般的に見られている。

 だが実際には武術に関してはそれ程の差はなく、格式張った場で卒なく対応する能力の有無、と言うよりやる気があるかないかの差しかない。


「それで、忙しい筈の君が一人で何しにここへ?

 午後のお茶の時間にはまだ早いんだけど」

「茶も菓子も要らぬよ。

 欲しいのはバリシアで数年間に渡り少年を警護する人員だ」

「バリシアの少年ね……例の訳有り物件か。

 多少の問題はあるかも知れないが1チーム貸し出すよ。チームを作ってはみたものの、少々運用に困ってたからちょうど良いね」

「それなら会って確かめようじゃないか」

「それならタヒーナ君、例のチームの居場所に案内してくれ」

「あの子達が訓練中なら私が見つけるのは難しいかもしれませんが、訓練場にご案内します。

 総隊長は私が見ていなくても仕事はきっちりお願いします。もし予定通り進んでいなければ、今日の午後のおやつは抜きですからね」


 確かコイツは実力はあるのに極度の面倒くさがり屋だったな、と学生時代の彼のことを思い出す親衛隊長であった。



 魔紋が個人識別に利用可能だと言う報告が王宮に届くやいなや、研究所に特命が下された。その対応はマギーの妻カリーが行う。


「魔紋を使った犯罪者の通過記録システム作りはかなり進んだみたいだね」

「はい、画像記録と画像識別技術、それとデータ送受信技術の基礎を過去のアノマリーが遺していたので助かりました。

 で、セルバン君の宿題の魔力式センサーはどうなの?」

「うーん、魔力を放射状に発振するギミックは音波式を改造して作れたんだけど、跳ね返ってくる魔力波の入射角がズレててね」

「音波式センサーとは違うのだから、反射を拾わず発射した魔力波が位置に魔石がある、みたいな感じで出来ないのかしら?」

「と、言うと?」

「そうね……感知有効範囲は角度と距離で設定するでしょ。

 それで魔力を発射して何も触れていない状態と、何かが触れている状態で起きる魔力のブレとか波みたいなものを感知する、とかね」


 マギーは婚約者のアイデアを頭の中で肉付けしてみる。

 大きな問題は魔力の投射範囲は角度での指定が出来ないこと。レーザー光のように直線でしか発射が出来ないのだが、これは1°置きに投射口を作るか、回転投射装置の回転で解決する。

 そして魔石など魔力に反応するものに触れた場合、魔力投射に要するに魔力量に変化が生じるであろう。その変化を感知する機能を追加すれば、魔力式センサーが完成するのだ。


「さすが我が妻だ。いつも冴えてるね」


 上機嫌になって研究室に戻る夫に、実はさっき話したアイデアは30年前に発行された小説にあったものだと言おうかどうしようかと悩むカリー婦人であった。

 その彼女に王宮から手紙が届いた。

 DXマキナ魔道具研究所の代表はマギーであるが、彼は独特な勤務体系を敷くことが王宮にも知られているので連絡先にはカリーが選ばれているのだ。


「個人の特定を可能とする魔道具システムの研究の依頼ですか……魔紋を個人認証に使用するには魔紋の事前登録が必要なことをギルド経由で届いている筈なんだけど。連絡されていないのかしら?」


 確かに手紙は魔道具ギルドに出したのだが、丁度その当時は魔道具のトラブル対応で魔道具ギルドも猫の手でも借りたいぐらい忙しく、優先事項である魔道アイロン以外のことは後回しにする案件として放置されていたのだ。

 しかもその手紙が入った箱は新人のミスで未開封のまま倉庫に保管されてしまったのだから王宮が事前登録を必要とすることを認知している筈がない。


 仕方なくカリーが研究所代表として王宮に出向いたのだ。そして刺青に代わる個人識別方法が必要となった経緯が知らされたのだ。

 国家システムの一部に魔道具の利用が組み込まれると言う流れは、彼女ら魔道具に関わる者として大いに喜ぶべきことである。

 だが、ラジコンカー程度の近距離通信でもまだ未熟と言わざるを得ない状況に於いて、一足飛びに遠距離通信技術を要求されたのだから彼女の心労はいか程のものか。


「バリシアまでの地下通信魔道ケーブル設置計画を前倒しするために手を打たないと。魔道具ギルドがまた大慌てしそう。

 でも本当に200キロを越える遠距離通信がケーブル一本で可能になるのかしら? 高効率魔導銀は安くはないから、国が実験に付き合ってくれるのはウチとしては大助かりなんだけどね」


 調査によって窓側具ギルドの連絡ミスにより王宮に魔紋運用に関する情報が伝わっていなかったことが発覚したので、マキナ側が王宮から攻められることは無かった。

 その件で魔道具ギルドはこっぴどく絞られたが、カリーが同情することはない。

 運良く魔紋が個人識別に有効だと発見したものの用途は限定的であると考えていたところに、いきなり行政に関わるシステムに利用すると伝えられて混乱させられたのだから、ギルドはもっときつくお仕置きされるべきだと冷たく思っただけである。


 有線式のケンタロー操作リモコン開発に携わったカリーは現在のプライゾン王国では一、二を争う魔道具開発のエキスパートであると言える。

 いずれはその座にバリシアで遠目に見た少年が立つかも知れないと危機感を覚えながらも、魔道具が生活を豊かにするのなら優秀な技術者側にどんどん育っていく環境を作ることが役目になるかもと考えるようになった。

 いずれ子を産み育てるようになれば、この業界の第一線から退くことになる。

 それならば、魔紋式個人識別システムの開発を花道とするのも良いだろう。研究所に戻ったらマキナにその意思を告げようと決意したのだ。


 不適切な文書管理を行った為に王宮で叱責を受けた魔道具ギルドはと言うと、バリシアまで設置する高効率魔導銀の手配に急ピッチで取り組むことになった。

 純度の高い銀製品は魔力の導体として古くから利用されていたが、その中でも魔導銀(ミスリル)は減衰率の低さが特に際立っている。

 魔導銀をケーブルに使って1キロ先に置いたケンタローを操作する実験では問題なく動作したしたが、バリシアまでとなるとその200倍を越える距離である。

 一本物で製造するのが可能な長さは100メートル。ケーブル及びジョイントの製造だけでなく、敷設に掛かる人員の手配も急務である。


 魔道具ギルド創設依頼初の大規模工事の受注は経緯を知らない者には大歓迎されたが、単純チョンボが原因でこの前代未聞の今日強制大工事を上手く断ることが出来なかったことを知る者は複雑な心境で日々過ごすこととなる。

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