第6話 養殖始めました
このバリシアの町の近くには比較的大きな河川であるエルラード川が流れていて、ここに町が出来るよりずっと昔に大きな氾濫を起こして支流を幾つか作っている。
この町はその支流の一つ、メイベル川を挟むように作られていて、心に余裕のある者ならきっと風光明媚な地だと感嘆するだろう。
エルラード川とメイベル川との分岐点には水門が作られていて、メイベル川の流れは一定の水量に保たれるように操作されている。
大雨になった時に町中が浸水したら目も当てられないからね。
更にメイベル川からは町の中全体に行き渡るように水路や排水路が幾筋も整えられているので、この町は水利と言う面においてはかなり優れていると言えるだろう。
しかし、ただの川では大雨の時には濁ってしまうので飲み水には使えなくなる。
なので街には井戸もたくさん作られていて、しかも腹立つことにガチャポンプが標準装備……いや、ありがたいと言うべきか?
ある日、その排水路の一系統の清掃依頼が俺に回ってきた。
台所やトイレなど生活排水が流れる下水道とは別の系統で、主に道路を掃除するときに出るゴミや排水を流すのに使われているルートなので、ドブのような臭さはない。
その分、今回の依頼にあったような小さな水路は流量が少なく、底に泥が溜まり草も生えやすい。
もし詰まっていると、次に大雨が来ると溢れるかも知れないので定期的に清掃が行われるとのことだ。
臭い仕事ではないのは幸いだが、水路全体だと結構な量の泥が溜まっていそうで、明日以降の筋肉痛を予感する。
だが嘆いていても仕事は終わらない。体力作りの一環だと思って取り組むしかない。
最初に排水路の上流を塞き止める。止水板があるのでこれは簡単な作業だった。
そしてパンツ一丁になって水路に入ると、石を並べて出来ている底までショベルを挿し込み、ガガッと泥を掬い上げる。
園芸用のスコップじゃなくて工事現場で使うようなしっかりしたショベルだから、これだけで筋トレになりそうだ。
この水路には何も居ないと思っていたら、泥の中にはサワガニや川エビ、それにドジョウやドンコのような魚が元気にピチピチ跳ねている。
結構な数が居るのだが、全身泥だらけのそれらを食べる気にはなれないな。
掬った泥はバケツに入れて、車輪が木製なのでガタガタと振動の大きなリヤカー擬きに載せて近くの水路まで運んで流す。延々とこれを繰り返すのだ。
さすがにこれを俺一人でやるのは無理なので、最近俺の部下になった、と言うより身の回りの世話や冒険者見習いとしての指導を押し付けられたストリートチルドレンのチビッ子達三人組と作業を行う。
ちなみに現在はその三人組とその姉や妹の三人を合わせて計七人で、大きめの水路沿いの空き地に狭い掘っ立て小屋を作って共同生活を送っている。
理由は知らないが、この町はかなり長大な城壁に囲われていて無闇に広い。そのお陰で城壁内にも手付かずの森林があり、空き地がまだ多く残っているので俺達みたいな子供だけでもそこそこ安心して暮らせる場所があるのだ。
この町の殆どのストリートチルドレンは大人達がごろ寝している町の西部にあるスラム地区から逃れ、町の東側半分のエリアに幾つかの子供だけの集団を作って住んでいる。
水路が目の前なので水にはそう困らない。
食料の安定確保の為に豆か芋の畑を作りたいのだが、いかんせん農具が無い、筋力も足りない、お金も無い。今でも水辺に生えている食べられる雑草がご馳走になるぐらいだからな。
俺はいずれこの国から出ていく予定なので、他の子供と共同生活をして余計な柵が出来るのは好ましくないのだが、俺一人では脱出が出来ない恐れがあるので、彼らを上手く利用する手はないかと考え中だ。
情が沸いたとか、好きになったとか言うのは一切無い。元々子供は嫌いだし、例え美幼女であっても欧米系の外見は俺のストライクゾーンから大きく外れている。
なので俺にとって都合の良い手駒になるよう育てるつもりだ。ゲスい考えで何が悪い?
その手下である三人組だが、元気なドジョウを見ると予想外にも食べたいと言って聞かないのだ。
確かにドジョウは泥吐きさえすれば食えるし旨い。栄養不足の俺達には良い蛋白源になるし、カルシウムも補える。
しかし、ドブよりマシでも泥の中に棲んでいた生き物を食べさせて大丈夫なのかと躊躇する。
なので、住んでいる小屋の前の水路の方に連れて行って繁殖したものを食べさせることにした。
ドジョウ達が逃げないように石や木を使って囲んでおいたのだが、養殖と言うものを知らないチビッ子達は魚を水路に逃がすのだと勘違いして猛反発された。知らない子供達に一から教えるのは骨が折れるもんだ。
このドジョウなどの簡易養殖だが、結果的に予想以上の成果が現れることになる。
どうもこの世界の水棲生物達の繁殖力は異常なようで、あれよあれよと増えていくのだ。
魚って年何回産卵するっけ?とマジで頭を悩ませるのだが、こう言うのは考えるだけ時間の無駄。
不都合なことで無ければ素直に受け入れないと、根拠はないがこの世界だと絶体早くから禿げる気がする。
養殖池はチビッ子達に丸投げなので何を食べて育つのか知らないが、恐らくこの世界に流れている川には餌が豊富なのだろう。
ただ惜しむらくはカラッと唐揚げにして食べたいのだが、食用油が高くて俺の稼ぎではなかなか手が出せないことだ。
仕方なくギルドや仕事先の食堂などで出た廃油を貰い、どうにか濾過して再利用出来ないかと女子三人組に研究を任せてある。
濾過と言えばやはり炭か?
だが炭を利用すると聞いたチビッ子達は俺を変人扱いだ。知識と言うのは体験しなければなかなか身に付かないと言うわけだな。
養殖を始めての嬉しい誤算は、養殖場の魚やカニやエビなどを狙って飛んで来る鳥達が弓の良い練習となることと、まだ運が良ければのレベルであるが鳥肉が俺達の胃袋に収まることだ。
話が前後したが、水路掃除の後には予想通り全身が筋肉痛に見舞われたのだが、結果的に筋肉痛以上の価値がある成果を出すこととなって万々歳である。
◇
「ドジョウ、ドンコ、サワガニ、川エビか……食えないことはないが……供えられたとしてポイントになるのかどうか分からん」
「あれっ、次長のキャラ、養殖始めたんですか。
スキル持ちが居ないと中々軌道に乗らないって攻略ページに書いてましたよ」
鼻を掻きながらディスプレイを表示させた部下が画面をスクロールさせて記事を探す。
「あ、これこれ。素材ランク1の川魚の育て方を書いてますよ」
「何でもすぐに攻略ページに頼るのはお前の悪い癖だ。
こう言うのは下僕の思うままにやらせて、成功するか失敗するかを見守るのが正しい神の遊び方だ」
「それって無責任じゃないですか。次長が送り込んだんだから、少しでも良い状況にもってくべきですよ」
「……そう言うお前のキャラは今どうなってる?」
「あー、ギルドをクビになって盗賊堕ちしちゃいましたね。
いやぁ、次の討伐イベントで生き残れるかどうか楽しみです、討伐される側って初めてなんですよ」
そう言って部下の示したバッカースは山賊風の装備で身を包んでいるものの、ステータス的には戦闘可能ではなさそうである。
「でもバカ正直に戦うだけが盗賊じゃないですから、何とかなるとは思いますけど」
「神が操るキャラが盗賊の一員とはなぁ……ゲームの自由度が高いのも考え物だな」
50歳で盗賊堕ちしたキャラを楽しそうに見ている自分の部下に憐れみの眼差しを向け、溜め息を吐く次長であった。




