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第63話 アノマリー

 某日、バリシアからもたらされた一件の報告が切っ掛けとなり、とある場所で対策会議が行われていた。


「闇ギルドに繋がる物証こそ出なかったのは残念であるが、セルバンが襲撃犯を生け捕りにした功績は余りに大きすぎる。

 四人で犯行に及んだことを考えれば、たかだか13歳の孤児と舐めてかかったとは思えんが、隊長はどう見る?」


 上座に座るのは、濃い紫色に染めたシルクの上着を羽織った四十代とおぼしき偉丈夫、現プライゾン王が二つ隣の略式の鎧を纏った人物に声を掛ける。

 王族の親衛隊隊長であるが、定例議会に於いては軍事及び警備の専門家として参列している。


「私の意見は……そうですね、セルバンが襲撃を察知してから対策を施すには、仕掛けてあるトラップの内容から考えて時間が足りなかったでしょう。

 つまり、彼はいずれ誰かが自分を襲撃すると確信していたと考えますね」

「なるほど、人の悪意に敏感過ぎる、と言うことか」

「どうでしょうかね。会ってみなくては判断ができませんが、単に極度の臆病者なのかだけかも知れません」


 団長が冷めた紅茶を口に付けて暫く何かを考える。


「他の孤児と一緒に暮らす者は王都のスラムにも多くいます。一人一人は弱者である彼らでも、集まれば力で支配する者が出てくるのが自然の摂理です。

 それがセルバンと言う者は支配ではなく共存を選択しております。そして子供達から実の親のように慕われている。これは純粋な善意からではなく、己の保身を優先した行動がこの結果をもたらしたのかも知れません。

 言い方は極端ですが、喜んで壁になってくれる手駒を揃えたのも同然であり、計算なく人徳のみでこれを成し得ることが可能なのか、正直申して私には分かりかねます」


 その言葉は会議テーブルを囲む参加者達に全く違った意見に思えたかも知れないだろう。資料を見る限り、セルバンを悪と断定する要素が見当たらないのだから。


「団長の意見は分かった。

 確かに何一つ打算なく動いたと考えるのは少々腑に落ちぬ。申しにくいことを良く申してくれた。

 もっとも、打算ずくであったとしても住居の作り方を教え、仕事の世話をし、まるで一つの営利団体を運営するかのようなセルバンの手法は、他のスラムにも運用させたい手本のようなものだ」


 その王の言葉に一人の老人が残り少ない白髪を撫でながら言葉を返す。


「確かに手法は見事の一言に尽きますがの、これを他のスラムに運用させるにはセルバン二世、三世が必要になりますな」

「ほぅ、宰相でも難しいと?」

「思うにセルバンの行動が成功を収めることが出来たのは、年齢が近く、境遇が他の子供達と同じだったことが大きな理由でありましょうな。

 しかし、ならば解せぬ問題が出てきますのじゃ、ルグレ、何か分かるかの?」


 宰相が参加者の中で一番若く見える役人風の男性に答えを求める。


「その知識を何処で得たか、ですね。

 セルバンが冒険者見習いとして働くようになる前の行動は把握出来ておらず、外見的にプライゾン国貴族の血筋の線は薄いとのことです。

 バリシアの冒険者ギルドにこのような者を育てる知恵者は居りませんから」

「そうじゃな。その知識の出所が大きな問題になる」

「仮に他国で教育を受けていたとしても8歳、9歳頃の子供に教えるような内容ではありません。

 日干しレンガだけならまだ理解可能ですが」


 師弟関係にある二人を他の参加者達は生暖かい目で見守る。ルグレはまだ宰相となるには経験不足であるが、同世代の中では頭一つ抜け出ていることは誰もが認めるところであった。


「セルバンは間違いなく印刷機等をもたらした彼らと同じ存在であろうな。

 そう考えれば、彼の行動に色々と符合するのではないかの?」

 

 宰相のセリフを聞き、テーブルを囲む者達が口々に出す言葉は、

「やはりセルバンは特異人(アノマリー)か」

であった。


「単なる善悪では人は判別も判断も出来ぬ。多少の打算はあって当然、寧ろ打算による判断の出来ぬ者に人を導くことは出来まい」

「爺よ、後輩への教導はそれぐらいで終わらせて欲しいものだな」

「これは申し訳ない」


 王の一言に宰相がペコリと頭を下げる。


「して、どのような手段を使ったのかは知らぬが、シェルドはセルバンを上手く引き込んだものだ。

 相変わらず食えぬ爺じゃが、今後セルバンをどのように使うつもりか、何か話は来ておらぬか?」

と王が皆に問うが、一斉に首が振られた。


「いえ、そちらの情報はありません。

 ですが協会の出向者がセルバン襲撃を指示したと判明した以上、セルバンは冒険者ギルドを去り商業ギルドに鞍替えすることが予想されます。

 バリシアの商業ギルドはシェルド家と深い繋がりがありますから、そこでシェルド家に都合の良いように人間に仕立て上げるつもりではないでしょうか?」

と宰相の顔を見ながら意見を述べた。


「鞍替えもまだ分からぬ。

 バリシア卿も冒険者ギルドに対してそのままと言うことはせぬ。ひょっとしたら公営の新しいギルドを作るかも知れぬ。そうなると、卿に引け目のあるセルバンはそちらに流れるであろう。

 それに、あの爺がそう簡単に他人から後ろ指を刺されるようなことはするまい。

 まだまだ情報と判断力が足りぬな。次期宰相を目指すなら更に精進せよ」

「申し訳ありません、宰相閣下」


 叱責より励ましが現宰相の人の育て方なのはこの場に居る者なら誰もが知るところである。

 

「シェルドが目を付け、更にバリシア卿も町の中で村作りを好きにさせておると言うことは、今は町の中で才覚を伸ばさせている段階で、いずれは開拓村の村長にと考えておるのかも知れぬ。

 なるほどのぉ、確かに孤児の分際で随分成り上がったとセルバンのことを良く思わぬ者が出てくることは想像に難くないわい」

「爺の言う通りだ。

 セルバンが特異人であることはほぼ間違いないであろう。

 よって過度な干渉を避けつつ監視並びに護衛の任務に付けるべきだ。異論はあるか?」


 王の問いに皆の首が振られた。


「では、護衛の人選は隊長に任せる。長期に渡る任務となろう。それに対応可能な身の軽い者が好ましい」

「はっ! 直ちに人選を行います」

「うむ、頼むな。

 それではもう一つの重要事項、偽の刺青(ギルドマーカー)に対する対応についてだ。

 セルバンの件よりこちらの方が頭が痛いのだ」


 王に続いて参加者が一斉にレジュメを捲る。


「セルバンが襲撃犯を撃退したことで、彫り師が贋の刺青を入れると言うこの制度の公正性を根底から崩しかねん案件が発覚した訳だ。

 対策を早急に打たねばならんのだが、それには身元のを確認するための代替案が必要となる」

「人頭税徴収の可能な正規の市町村民に関しては、各地区の長が把握しております故大きな問題にはなりませんが、スラム民、孤児、冒険者などは人頭税が適用されていない現状があります」

「一番の問題は冒険者じゃな。今の制度では人頭税の代わりに依頼の報酬から一割を徴収しておるが、冒険者ギルドが信用出来んのでは話にならん。

 ルグレが以前提案した、全住民にダブらない個人識別番号……マイナーじゃったか……を持たせて管理する遣り方は散々叩かれたのぉ」

「宰相閣下、マイナーではなくマイナンバーです」

「マイナンバーを定着させるにはナンバーを提示することで、住民に何かのメリットが与えることが必要と言うことじゃったな。それが値引きサービスであれば、商売しておる者からは反対されるのが当たり前じゃ」


 ルグレは前世で当たり前であった制度がこの世界にも適用出来ると考えていたのだが、デジタル技術なくしてマイナンバー制度などほぼ実現不可能である。

 生体認証技術もない社会では、個人を特定するには体に標を入れるぐらいしか思い付かないのは仕方がないだろう。

 そしてその為の刺青が悪用されたことで代替案が求められているのだが、参加者に良い案が浮かぶ筈も無い。


 宰相は以前ルグレが提案したマイナンバー制度が運用方法次第では上手く行くかも知れないと期待していた。

 国が把握出来ていない住民に番号を付ける為には利を以て釣ることを考えたのだが、商業ギルドの反発が想像以上に強固だったのだ。


 その日の定例議会は刺青に関する新たな決定は出せないままに終了したのだが、その後でマキナ研究所のもたらした魔紋の個人識別の可能性に関する速報が届くと、誰もがこれだ!とばかりに飛び付いたのだ。

 この速報には魔紋の事前登録の必要性が記載されておらず、その事は魔道具ギルドにのみ報告されていた。研究所側には贋刺青の件は知らされていないので、魔紋の活用が急がれる事態だと思ってもいなかったからだ。

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