第60話 安全の為に打つ一手
「ローズ、そう脅すでない。セルバン君の股間が縮んでおる」
「セルバン君なら、この程度は何とも思わぬ程に肝が座っておりますよ」
今後言動には気を付けさせていただきます、です!
「ところでセルバン君はスラム街がこの町にあるのを知っておるか?」
シェルド爺さんが手でやんわりとローズさんを制する。
「はい、俺達ストリートチルドレンは集まって助け合わないと生きていけないので連携は強いです。
ですが、歳をとってから路上生活を始めたのか、俺達とは馴染めないような人達が集まる場所ですね。
ここは南東地区の端で、スラム街は南西地区の端ですから距離はかなりあります。それに俺らはメインストリートから西には行かないようにしているので接触することは無いです」
馬鹿でかい城壁に囲まれたバリシアは、東西に7km、南北に六kmもあると言われている。
だがそれは誰かが測った訳ではなく、なんとなくそれぐらいありそうだって話である。きちんと計測すればそれより大きいかも知れない。
何度見てもよくこれだけの物が作れたもんだと感心するが、お陰で町の中央を流れるバリシア川から西に行かずともチビッ子達がそこそこ食べていけるだけの仕事が確保できているのだ。
イザベラ様がスラムの話を意味もなく出してくるとは思えない。
間違いなく襲撃絡みの話だな。生け捕った二人か、天下りの三人がゲロしたのだろう。
「そのスラム街にお主を襲った四人の親玉、事件の黒幕が潜伏しておる、と思われる」
「そこに闇ギルドのアジトがあるんですね?」
「そうだね。南西地区はバリシアでも一番先に出来た地域で、この町の闇の部分も多いだろうね」
やはりそうか。でもそこに闇ギルドがあると分かっても、こちらから手を出すことはない、と言うかそんな暇も武力も無い。下手しなくても返り討ち確定だ。
それが分かっていて俺にこの話をする理由は?
「まさか、スラム街へ軍が突入するので?」
「ほほほ、理解が早い。いずれはそうなるよ。
ただ無策で突入しては失敗するだろうね。よって時間を掛け、策を弄することになる」
イメージ的には無秩序にボロ家が立てられたスラムの細い路地が軍の行進を阻害し、ゲリラ戦によって各個撃破されてしまう未来が見える。
「この村のレンガ作りの家と違って向こうは板や葉っぱの家だから、火を付ければ燃えるだろうね。
誰かの作ったフィルター入りの火炎弾の出番だよ。
それでも本丸には届かないさ。アジトの場所さえ掴めればだけどね」
「スラムの住人に聞くしかないでしょ……」
この話の流れ……俺に聞いてこいって?
そう気が付いて自分の顔を指差した。
「利口な坊やは好きさ。でも君は敵に面が割れているから、この仕事には向いていない」
「確かに。でも代わりの出来る者は居ないですし」
ギルドの中でウロチョロさせて情報を集めさせるぐらいはチビッ子達にやらせているが、残念ながら専門的なスパイの技術を教えられる程精通している訳ではない。
俺が知っている映画にアニメ、コミックの中ではスパイの育成方法なんて殆んど触れていないからね。
「そう、だからね、君の村から君のことを好きな子を何人か貰おうと思った次第でね。その交渉が今日ここに来た本当の目的だよ」
子供のうちからスパイに育てるのはアリだけど、望んで遣りたがるチビッ子は居るかな?
俺に懐いているし、崇めているような子も確かに居るけど、危険な任務に着くと分かっているのに……でも俺の安全はこの村の存続にも繋がるわけで、俺が殺られないよう出来ることは全て手を打つのが正解だよね。
「なるほど、それなら俺への襲撃がまた起きないようにするために力を付けて貰いたい、と言う理由でチビッ子を説得すれば食い付いてきそうですね」
「ほんと、この子は腹立つぐらい頭が回る」
スパイなんて何年か掛けて育てることになるだろうから、俺の右腕的存在で最古参のアルフ、ペータ、ガルマンは出すことは出来ない。
後は誰でも似たり寄ったりか。それなら顔で選ぶか。
「選ぶなら、あまり目立った特徴の無い子が良いですよね。
四、五年掛けて育てることになると思いますが。
ちゃんと食事を出して貰えるなら、何人か候補を出します」
本人の了承も得ないとダメだし、素質も必要だけど。まあ、それぐらいはイザベラさんも分かっているだろう。
頭の中で該当しそうな子をピックアップ。うーん、印象が薄い子……居る居る、問題無いな。
「その考え、完璧だよ!
この村に置いておくのは勿体ないよ!」
とイザベラさんが手を叩く。この国の人はよくオーバーアクションするからね。
「でも、一つ懸念があります。
何年も時間を掛けていると、うちのレンガハウスを真似される可能性が高くなって、火炎弾では燃やせなくなるかも知れません。それに突入部隊には耐火装備を持たせないと」
俺の小屋は木造だから燃えるけど、日乾しレンガの家は燃えないから火攻めは効果が薄い。
しかも壊れにくいのだから、攻め手からするとタチが悪い筈。
「それならスラムに木材をまわしてやれば済む話さ。
セルバンだって板が買えないからレンガを作ったんだろ?」
なるほど、経済力があればそう言う手法が使えるのか。羨ましいよ。
「市場価値が低くて、普通なら燃料にするような板も大量に流れてくるからね。
伐採したは良いが、ヤニが出たり匂いがある木は好まれないし。
そう言うのを利用するつもりだと林業ギルドに提案したら、向こうも乗り気だったよ。売れなくて邪魔な木の在庫が捌けるんだから」
スラムにはよく燃える木材で家を立てさせるのか。うわーっ、さすがにそれは引くって。
最後にWを付けたくなるよ。
ここでミイナさんが枇杷の葉茶を煎れて持ってくる。加工もだけど、上手く煎れないとえぐ味が出るから、淹れ慣れないと人には出せない味になる。
この村では色んな物が食材になっていて、普通なら廃棄する部位でも食べることが出来るよう研究しているんだよ。
残念ながら、お茶は出せてもお茶菓子を出す余裕は無いけど。
「枇杷の葉茶です。お口に合えばよろしいのですが」
「ミイナちゃん、しっかり嫁さんポジションが身に付いてるわね」
サティアさんが余計なことを言ってからかう。
「年下は対象とは思っていないんですよ。私は落ち着いた年上が良いです」
まさかファザコンとかじゃないよね?
それとも俺には落ち着きが無いと言われているだけか?
「セルバンももう少ししたら声変わりするだろうし、子供っぽさが抜けたら変わると思うよ。
まだ十三だからね。今後何をやらかすか分かったもんじゃないから、しっかり見張っておきなさい」
肉体的特徴のことだけならまだ救いはあるけど、精神的に未熟だと言われた気がしてショックだよ。
そりゃ、商業ギルドのトップから見れば俺が三十歳でも子供みたいに見えるかも知れないけどさ。
さっきキャンディーを貰った子供達が木皿に摘んだ花を乗せて持ってくる。
「飴のおばちゃん、いつもありがとー!
御礼にコレあげる!」
「おやおや、貰って良いのかい?」
「うん! ミイナに許可貰ってるの!」
ミイナさんが軽く頷く。彼女が来てから、殺風景だったこの村にも花が植えられて明るくなっていたのだけど、この花、どうするの?
食用の花かな?
「根本に甘~い密が入ってるの!」
まさかの甘味か! そんなの植えていたなんて初めて聞いたぞ。
「村長は甘いもの食べないから内緒だって!」
食べない訳じゃないよ。さすがにペロペロキャンディーが年齢的に無理なだけだぞ。
「花の密には毒性のものもあるので、知らない花の密は吸わないようにしてくださいね」
とミイナさんが出来る秘書か、はたまた野草を食べるのが好きな芸能人ぽく注意事項を付け加える。
ミイナさんだってこんな生活をしていなかったら、花の蜜を吸おうとは思わなかっただろう。
そう言えばレンゲは吸えたっけ? 蜂蜜としても有名だし。
「背丈が一メートルを越える花の密が吸えるとはビックリだ」
ドルチェのリーダーのゲーシルさんが子供を肩に乗せてやってくる。
頭に蜜を吸い終わったサルビアの花弁がたくさん植えられているの、気が付いているのかな?
メンバーの二人、コクダイさんとロヒッカさんは川で何か捕まえているそうだ。
ウナギが獲れたらまたフライにしようかな。




