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第56話 アイロン欲しい

王都に戻ったマキナさんのお話です

 ケンタウロス型魔道人形のデモンストレーションを行うため、国内主要都市を巡ったマキナであるが販売成績は予想には至らず溜め息を吐いていた。

 先進的なフォルムに無線式リモコン操作が可能なケンタウロスはどう見ても子供には大人気となり、親に買って買ってと催促の雨あられとなる景色を想像していたのだ。


「何故ケンタローが売れない?」

「そうね……時代が貴方に追い付いていないだけかも知れないわね」


 一回り年下の婚約者が気を遣って答える。だが、彼女もこんな物が本当に金貨十枚の価値を有しているとは思っていないのだ。

 これが大人を乗せて戦働きが出来るのならまだ理解出来る。子供を乗せて歩くのがやっとの装置に何か活路を見いだせと言うのが無理なのだ。

 しかも本来馬の頸がある場所に、人間の腰から上が生えていて正直気味が悪い。このデザインを思い付いた婚約者の頭は正常なのかと本気で悩んだものだ。


 軍事的に考えるのであれば、馬の速度で走れて人間同様に手が腕が使えるなら槍を持たせれば最強の兵器の一つとなりうるだろう。

 そこに目を付けたのだと言えばそうかも知れないが、それなら中途半端な今の状態で人の胴体など付けず、先に馬の速さで走れる装置を作るべきだ。

 だが無線の届く範囲がわずが20メートル程では速く走るメリットは無い。つまりこのケンタウロスには現在の魔道具技術だけでは元から成功する要素が僅かにも無いのだ。


 それでも国内をぐるりと一周し、最後に訪れるのが町をぐるりと城壁に囲まれたバリシアである。

 すぐそばに良質な鉄鉱石を産出する鉱山を有し、プライゾン王国の鉄鋼業を支えるシェルド商会が拠点を構えることで知られた町である。

 だが鉄鋼業以外にはエルラード川を利用した水運があるだけで、観光や文化に関しては何も無い町と評価されており、正直マキナの婚約者カリーは期待をしていなかったのだ。

 王都から箱馬車で片道六日の距離は決して遠くではない。国境の町など片道三週間も要する都市もあるので、それを考えれば地理的条件はそこそこ良い。

 冒険者ギルドも積極的に魔物の討伐を行っているので移動時の危険が少ないのは有難いが、だからと言って魔道具の商売とは直接結び付くものではない。


 一つ前の都市レンスローでのデモは出席者が商業ギルドの集めたサクラが四名だけだった。

 魔道具関連の部品を外したケンタローの素体を一体分だけ展示品として提供しようとしたが素っ気なく断られた。最新素材を使用することによって実現した軽量かつ頑強なフレームと外装だけでも金貨五枚の価値になる。

 だがそれさえ分からぬとはレンスローのギルドは目が曇っているとしか言えない、とマキナは残念がった。

 先駆者は孤独なものだ、と格好付けて言ってみるものの、売れない物を作っても飯の種にはならないのだから面白くなくても売れる商品を開発しなければならないのだ。


 そして大して期待もなく到着したバリシアで、変わった少年の話を聞くこととなる。


「ここの町では十三歳の子が村を作って子供達を集めて共同生活を送っているんですよ。お陰で治安もだいぶ良くなりました。

 今お出ししているその琵琶の葉茶もその子の村で生産しているんです。煎れるのにコツが必要ですけどね」

「町の中に村、ですか?」


 それはどう言う意味か分からずマキナはカリーと顔を見合わせた。


「掘っ立て小屋村と言うかレンガ村ですね。子供達の家を日干しレンガで半円形の細長い形でたくさん作ってあるんですよ。しかも子供だけの力で作っているんです。他にも魚を養殖してて、食べ物も意外と美味しいんで時々私も泊まりに行ってるんです」


 サティアが嬉しそうに語った内容から、マキナはその村を作った子供は外の世界から来た人間だと確信した。そこでセルバンをデモに招待したのだ。

 

 デモの最中にわざとセルバンを怒らせるような言葉を発してみたが、彼は怒ることもなく平然としていたし、バリシア領主様に嗜められたことでセルバンが領主様に受け入れられていることが確認出来たのは幸いであった。

 すぐに怒り出すような性格の者なら、子供達を無理矢理働かせている可能性も考えられたのだが。

 それにシェルド商会の会頭までセルバンの味方に付いていると分かり、彼を魔道具の道に引きずり込むことにしたのだ。


 そして逆にカカシに取り付けるセンサーを音波式から魔力式に変更する宿題が与えられた。

 テキストを一冊とアイロンの材料を提供するぐらいはお安い御用だ。ついでにきっと地球出身なら欲しがるであろう温度調整魔石を幾つかプレゼントする。

 俺は一度作り方を覚えれば簡単に作れるようになったからそれぐらいのプレゼントは端金と変わらない。恐らく俺には魔道具のスキルがあるからそんなことが可能な のだろう。


 そして魔力が飛ばせるのか、と言う疑問は火の玉や水の球を飛ばせる魔法使いを何人か呼んで検証した結果、イエスと結論が出た。

 考えてみればリモコンで電波のような、魔力のようなものを送受信しているのだから、魔力が飛んでも不思議ではないかもな。


 しかもこの魔力を飛ばす研究が予想外の成果をもたらすこととなる。


「マギー、ちょっとこれを見て欲しい」

「うん? その……グチャッとしたイラストみたいな物は何だ?」

「魔力を飛ばした後に、受信機板側にいつも変な残像が残るのを書き移した物よ。最初はいつも同じ形に見えたからそう言うものかと思って初期化してたの。

 でもね、毎回私が発射した時の残像はいつも同じ形、あそこの彼が何回か発射しても同じ形だけど私とは違う形の残像になる。これって貴方が言ってた指紋みたいに人によって違うんじゃないかしら?」


 そしてカリーの発見が正しい物か検証するため、500を越えるサンプルを採取し分析した結果、人には固有の魔紋と仮称するものがあると言う結論に達した。

 つまり魔力を使えば指紋認証や網膜認証と同じことが出来ることになり、マキナはそれから何かに取り憑かれたかのように研究に没頭したのだ。

 さすがにアラフォーともなると2徹が限界か、2日働き1日休むと言う効率が悪そうな彼独特のルーチンが発動して、三週間と掛からず奇跡の魔力式個人認証システムを開発したのだ。


 マキナがデジタル関連の基礎理論を持ち込み、婚約者であるカリーの父が音波式センサーを発明し、カリーがマキナのアドバイスで電波送受信システムを発明していたことがこの奇跡の開発を可能にしたのだが、そのような背景が語られることは今後も無いだろう。


 この認証システムが実用化したその翌日、バリシアからセルバンの作ったアイロンが届いた。

 まだ歓喜が冷めやらぬマキナ研究所の中ではアイロンの発明など霞んでしまったのは、セルバンのちょっとした不幸かも知れない。

 だが王都の中では魔力認証システムよりアイロンの発明を喜んだ女性の数の方が圧倒的に多かった。熱い炭をトングで掴んでタンクに投げ入れ、鉄製の重たいアイロンで皺を伸ばす作業は面倒で熱くて重労働だったからだ。


 そして結果的に早く魔道アイロンを作れと女性達から催促が雨霰のように飛んでくることになった。

 魔力認証システムは魔道具ギルド内部では大絶賛され、至急国内外に行き渡るよう手配すべきだと言う話が出たのだが、マキナは一つ大きな見落としをしていたのだ。


「ところでマキナ所長。一人一人の魔紋が違うのは間違いないですし、魔力受信機で各自から魔力を受け取ることも出来るんですけど、現場ではどうやって使うんです?」

「どうやってとは? それは城壁や重要施設の出入口に受信機を置いて、人が通るたびにピッと魔力を流せば良いだろ」

「そうですけど、その後ですよ。俺らはこの研究所の中の全員の顔を知っているから誰がピッしたか分かりますよ。

 でも全然知らない人が研究所に来てピッしても、知らない人が来たなぁってだけで名前は分からないんで」

「……つまり誰が来たかを知るためには、事前にその人にピッしてもらって魔紋データを取っておく必要がある……な。

 国レベルで運用しようとしたら、国民全員の魔紋のデータベース化をしないといけない訳だ」


 だが国民全員と言うのは、まず不可能だ。動けない人間も居れば、動かない人間も居る。この世界の事情を考えると、日本でマイナカードを普及させるよりハードルが高いと想像が付く。

 更に言えば外国にもこのシステムを導入させて出入国管理をしなければ、密輸などの犯罪抑止には結び付かない。

 結局、現状でこのシステムが使えるとすれば、王宮などの限られた人物が出入りする場所、つまり社員証と同じ運用になるのだ。

 それに建物や地中に通信ケーブルが通っていないのでネットワーク機能が使えない。つまりスタンドアロンのパソコン端末と変わらない。

 それでは全ての受信機にピッして魔紋を登録して回らなければならないのだから、面倒この上ないどころか途中でイヤになって断念する。


「システムを作っても意味が無いのか」

「そうですね。研究所で言えば出入口が一つしかないラボの入室管理にしか使えません」


 ネットワークが当たり前の世界から来たマキナの常識が、この世界では無意味だと知らされた瞬間であった。


「それで、魔力認識システムは置いておくとして、アイロンを考えた人にはどんな対応をするんですか?

 特許権はマキナ所長が持つことになると契約してるのは知ってますけど、売り上げの何%を分配するかとか、取り決めていないですよね?」

「あの時は彼がヒット商品を作るとは考えてもいなかったのが甘かった。

 魔道具の関係は俺とシェルドの会頭に全部任せることになっているので、会頭に連絡をせねばならん」


 普段家事をしないマキナがアイロンを軽視したのは仕方ないことだ。そして魔道アイロンの発表後に多くの貴族のメイド長から販売要求が来たことに意味が分からずパニックを起こしたのだ。

 しかし面倒事の半分をシェルド会頭に肩代わりしてもらえると考えると少し気が楽になった。もっとも問題の本質はそれでも解決していないことに代わりはない。セルバンが生活改善を欲する限り、また何か作り出すのが分かっている。


「ちなみに魔道アイロンの販売価格はどれぐらいになります?

 昔は冗談で魔道コンロを大銀貨百枚にして一台も売れず、今は二十枚で売ってます」

「確かに昔は魔石技術が確立されていなくて、指令魔石と燃料魔石を同じ物にしていたから作るのが難しかった。それでも百枚はボッタクリだな。

 今なら魔道コンロと同じ大銀貨二十枚が妥当か?」

「いえ、そろそろ価格の低下を考えるべきです!

 いっそ大銀貨十枚で!」


 この研究員もアイロンを買うつもりだな、とピンときたがどうしたものか。原価で言えば大銀貨十枚でも元が取れるかも知れないが、そこから値引き交渉されては堪らない。


「魔道具は金持ちのステータスシンボルかも知れませんが、一般市民が持てるようになれば燃料魔石がバカスカと売れるようになります。

 それに興味を持つ人が増えれば、良い技術者がどんどん採用出来るようなるかも知れないんです。

 今こそ家内製手工業から工場制手工業へパラダイムシフトするべきなんです!」


 もっともらしい理屈を並べ、妻の為に少しでも安く販売させようと企む研究員の熱意に負けたマキナは、

「王都では十五枚が希望価格で、売値は小売店に任せる。

 卸し価格は十枚だ」

「それなら研究員価格で十枚ですよね! 買ったら宣伝しますからっ!」


 初めてこの研究所に就職して良かったと実感した研究員の物語であった……。

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