閑話 旅路の果て
レイコが王都のダンジョンを踏破して一年が過ぎた。
ペストラがレイコの言葉を殆んど覚えられていないのに、レイコは喋りと聞き取りこそ苦手にしているが文字による筆談が可能なレベルに達していた。
しかも絵心もあって、ペストラがレイコの言わんとすることを理解するのはそう難しくはなかった。
努力家のレイコはそれから二年弱でこの大陸の共通語をマスターした。
以前暮らしていた世界のエイゴと言う言葉に近いから、とレイコは謙遜しているが、それでも今年十五歳になる女の子がたった三年程でほぼ完璧に会話が出来るとは驚きであった。
レイコのアイテム売却による資産は大銀貨五万枚、約五億円相当に達している。
無駄遣いをしなければ、一生生活に困ることはないだけの金銭をたった一日で稼いだのだが、今も慎ましい生活を続けている。
と、言うのも彼女自身には大した能力もなく、あの銀色の衣装の魔法無効化能力もいつの間にか消え去っていたのである。
それにも関わらず、ダンジョン踏破者として何かあれば持ち上げようとする馬鹿どもが未だ後を絶たないからだ。
他にも一瞬でメンツを潰された王子からの接触は更にタチが悪いことは想像に容易いだろう。
そんな訳で、冒険者としての活動など出来ず、人に会わないように本当にひっそりと暮らしていくしかないのだ。
「別人として生きていけたらな……」
顔を変えることは出来ないが、どこの組織にもまだ所属していない彼女なら名前を誤魔化し他の国で生活することも不可能ではない。
そう決意したレイコはペストラに用意してもらったギルドカードを手にすると、そこそこの買い物をしてから城門に向かう。
プライゾン王国と違って、小国スモルシュでは出入りを厳格に管理しようなどと考えていなかった。
新しいバッグからギルドカードを出して門番に見せると、チラリと胸元だけ見てプイと出ていけと言うような失礼な態度を取る。
まだ成長期なんだから!と内心プンプン怒るが、それだけで王都を出ることが出来るのだからここは我慢だ。
ここ数年で背も伸び顔も大人びてきた。
以前の自分しか知らない者なら、同一人物とは気が付かないよね、と思うことにする。
芝居を打つときにはバレたら大変だとビクビクするより、堂々としていた方がバレにくい、と勝手に思っている。
初めての徒歩の旅。元々運動はあまりしていなかったのだが、たまたまダンス教室へ向かう途中に事故に巻き込まれてこの世界に転移した。
一日四十キロ近くも歩くのが当たり前だと聞かされ、ぞっとしながらもこの国からの脱出を優先したのだ。
一人で慣れない野宿をして寝不足になったり、疲れて宿屋に数日泊まったこともある。
だが、世の中お金が全てとは正にこの事、新たに買い求めたマジックバッグと様々なアイテムが彼女の逃避行をサポートしてくれた。
仲良くなったペストラとの別れは残念だったけど、彼女は国からの命令があれば逆らえないから、逃げるなら早いうちにと後押ししてくれたのだ。
国境を超える前日、彼女は初めて野盗に襲われた。
だが毒の煙玉のアイテムを使って辛うじて逃れることが出来た。事前に察知出来ていたのが大きかった。
と言うのも、すぐに壊れてしまったがあのダンジョンで拾ったマジックバッグの中には様々な魔具が入っていたのだ。
それもそのはず、ダンジョン踏破まであと一歩と言う場所に到達できるような者達である。優れたアイテムを所有していて不思議ではない。
そのアイテムの中に、敵対者を知らせるレーダーのような物があったので売らずに手元に残しておいたのだ。
王族なら是非とも手に入れたい一品であり、あの馬鹿王子がレーダー欲しさに彼女に何度もすり寄ろうとしたのも頷ける。
そうやって危機を乗り越えた翌日。
スモルシュ王国と次のアンダロドグ王国との国境は大きな川であった。
この世界の国境は川や山脈、森など自然の地形をそのまま利用することが多い。
地面に線を引いたところで消えればおしまいであるし、国境全てに鉄条網だの壁だの建設する訳にも行かないのだから当然である。
国境を超えるのも、女子一人旅であれば心配はされてもそう心配はされない。
体力的に、また戦闘になった時に生き残れるのかと言う心配と、生育的にまだ手は出されないだろうと言う余計な心配である。
ここでもプンプン。
国境警備員も暇だから仕方がないのだ。
良い女でも通ればじっくり調べるところだが……などと考え実行すれば即クビであるが。
お互いに無事だったのだからヨシとしよう。
アンダロドグ王国もパッとしない国である。
川の向こうのスモルシュは弱国、反対に国境は大軍の通過には不向きな山脈であることから、農業や畜産が発達してのどかな気風が漂っている。
何も無ければこの国でノンビリしたいところだが、先日の襲撃のこともある。出来るだけスモルシュから離れた場所に移動したいと山脈越えを優先する。
富士登山も六合目までしか経験がないのに、それより過酷な山越えに本気で泣いた。
尾根を超えれば次の国デドラバである。
アンダロドグ王国への出兵で過去に大敗した、と言うか輜重部隊の山脈超えを甘く考えていたので自分のクビを絞めただけだが、それ以来アンダロドグには手を出してはいない。
二つの国と国境を接し、どちらに大しても隙あらば攻め込むぞと嚇しを掛けるだけの口先だけの国である。
そしてその二国が連携して攻め込んでくれば敗北必至であり、この国も永住の地にはなり得ない。
そこで選択となるのだが、北に進めば砂漠越えの難所、西に進めば湿地越えなので迷わず湿地を選ぶ。
お陰で大きな水棲のトカゲやワニに襲われかけたり、カエルに丸飲みにされたりと、普通に暮らしていては体験不可能なアドベンチャーを体験する。
そのカエル、実は食べると旨いのだから理不尽である。
蛭や蚊との戦いにも勝利して、到着した次の国は大陸でも一、二を争うと言われていたアルタントリー王国だ。
農業あり、資源あり、海ありと国力に関しては安定感が抜群である。
だが、宜しくないのは王族の中に流れる不和説だ。
折角引っ越ししても、内乱に巻き込まれたのでは元も子もない。内乱の気配のあるような国とはおさらばだと足早に駆け抜ける。
その後もオポルトネスク、アンフォリンを通過してプライゾン王国に到着した。
約一年半、彼女は現在十六歳となっている。
アンフォリンで歳も同じぐらいのソロの女性冒険者、ソナートと出会ってから行動を共にする。
プライゾンに入ると、法律だからと腕にタトゥーを入れることになった。
こんなタトゥーとカードで本人認証なんて出来る訳が無いとごねたが、違反すれば奴隷になると脅されたのだから仕方がない。
正直に言うと、ずっと逃げ続けて来て疲れている。
ダンジョンで手に入れたお金も逃避行の中でかなり失った。
逃げると決めてすぐに買ったマジックバッグ、魔具などで大銀貨二万枚を越えている。
道中でも金の力で馬車や乗り物を無理に借りたり、口止め料込みで支払ったり。
宿に泊まる際はなるべく大きな宿を利用し、その為に衣服や持ち物を新しくしたり。
女一人の旅の安全はお金で買うしかないのである。
少し投げやりな気持ちで居た時に、十三歳の子供のお目付け役の依頼を友達のソナートが指命された。
その少年の話を聞いてチート持ちの転生者だと直感し、ソナートには冒険者より商業ギルドなど安全な場所で働くべきだと誘導した。
そして晴れてセルバンのパーティーメンバーとして無事に収まることが出来たのだ。
これで私もやっと安心出来ると思ったの。
それなのに、セルバンったら一週間も私を放置してクロスボウを作っていたなんて信じられない!
正直言うと、セルバンには失望したわよ。だってチートの一つも持っていなかったんだから。
それでも、チビッ子達が少しでも安心して暮らしていける環境を作り出そうと頑張っている姿を見ると、チートなんて無くても何とかなるもんだと思ったわ。
それに川に露天風呂があるから晴れの日はいつでもお風呂に入れるし。
料理は子供達に任せっきりだけど、川で養殖している川海老は美味しいわよ。沢蟹はダシにするか唐揚げでたべるのが良いわね。
ドジョウやドンコは初めて見た時に引いたけど。
ミイナ編はこれで終わりです。明日から本編再開。




