閑話 レイコ・イチノミヤ
骸骨を殴った衝撃で壊れた杖を投げ捨て、両手を腰に当てる。
その弾みでマジックバッグのストラップが切れて床に落ちた。
「あーーっ!」
良くみれば先程の炎の魔法でマジックバッグが焼かれていたらしい。
辛うじて形を維持していたのだが、落ちた衝撃がトドメとなって……骸骨に変わり果てていた人物が入れていた物が床一面に放り出されたのだ。
「どんな嫌がらせよ!
バッグが無いと荷物をお持ち帰り出来ないじゃないっ!」
確かにその通りだが、今はそのようなことを言っている場合ではない。
ゴゴゴッとダンジョンが震えだし、光る壁が切れかけの蛍光灯のように点滅を始めたのだ。
「たかが最初の敵で演出が大袈裟でしょっ!」
その叫びに答える者は居ない。
彼女にとっては最初の敵であったかも知れないが、ダンジョンにとってはあの骸骨が最後の砦であったのだ。
ダンジョンの源となる淀みが産み出した骸骨は、彼女に何度も即死魔法を発射した。
どんなに精神力を鍛えた魔法使いであれ、鋼の肉体を誇る騎士であれ、ほぼ百%の確率で心臓の動きを止められる厄介な魔法である。
だがその魔法、その言葉を理解出来なければ効果を発揮しない呪いの言葉だったのだ。
意味不明な言葉は精神には作用せず、死霊王と呼ばれる魔物の最強の魔法を完全に封殺したどころか、偶然なのか彼女を包む銀色の装備が他の魔法を無効化したのである。
最初に放った炎の魔法はマジックバッグにダメージを与えただけであり、炎の属性を無効化する装備品だと骸骨は判断したのだが、まさかの全魔法無効化アイテムであった。
死霊王が倒されたことで、一時的にこのダンジョンの機能が停止した。
それと同時にダンジョン内部の異物は全て外部に吐き出される。人間もアイテムも関係無しである。
ダンジョンによって産み出された魔物はダンジョン再生の為の魔力源とする為にダンジョンに吸収されていく。
これにより彼女を含め、同時刻にダンジョン内部に居た者が地上に排出されたのだ。
そのまま生き埋めにしない、とても人に優しい仕様である。
蟻の巣のように複雑に入り組んだ立体構造のダンジョンであり、地上に放り出された時には地面から浮いていた者も多く居た。
骸骨を倒した彼女はマジックバッグが吐き出した大量の物品がクッションとなって怪我をすることは無かったようだ。
「今度は地上で間違いないわ」
大した苦労もなく骸骨を殴り倒しただけである。
そう思う彼女の周りには何故か涙を流したり歓喜の叫びを上げる者など様々である。
「何を大袈裟な」
と呟き、聞こえて来る他の声を拾って気が付いた。
「なんでよっ! 言葉が違うって!」
お約束の言語理解スキルが無いことを知って彼女も漸く涙を流す。
そんな彼女の足元に散らばる大量のアイテムを目にし、このダンジョンを攻略したのがこの銀色の装備で身を固めた娘だと周囲の者達が理解した。
ソロでダンジョンの最奥に到達し、そこでダンジョンボスを倒した娘。
さぞかし人外の強さを誇るのだろうと恐れる一方、見たことも無い身なりに顔かたち。
しかも今不明な言葉を喋るのだ。意志疎通の図れない超級の危険人物である。
だが周りの冒険者達に襲いかかるでなく、むしろ途方にくれている様子に見えた。
良からぬ気持ちを持って接触を図ろうとする者も居れば、彼女を英雄として迎え魔物への抑止力とすることを考える者もまた現れる。
だが、どちらにせよ言語の壁を超えて接触を図る必要があり、勘気に触れれば命を失う恐れがある。
その為、誰もが相手にするのを躊躇うのだ。
◇
ダンジョンが一人の娘に踏破されたこと、そしてその娘が言葉を理解出来ないことがすぐに王都に伝わる。
過去に異なる世界から訪れた人物がとてつもない能力を持っていた、そう言う記録を持つ二つの組織が真っ先に確保の為に動き出した。
王宮と冒険者ギルドである。
先に身柄を確保した方が勝ちだと言わんばかりに準備を急がせ、どちらも上質な箱馬車を仕立てて娘の元に向かう。
全身が不気味な銀色の装備を身に付けていたと報告があったので、目的の人物を探しだすのは簡単であった。
相手が娘と言うこともあって、王宮からは顔に自信のある王子を先頭に立たせている。
「はぁい、そこのお嬢さん」
キザな王子は娘にウィンクを飛ばした。
「……キモッ!」
そう言うタイプには嫌悪感しか持たない彼女であった。
言葉は理解出来なくとも、いかにも嫌そうな表情と手で追い払う仕草は顔だけ王子にも拒否されたことが理解出来た。
「小娘の分際で!」
「王子っ! いけまけん!」
普通の女性ならイチコロだと自負していたウィンクが効かず、カッとなった王子が剣に手を伸ばしたのだから周りが止めて当たり前だ。
これだけで王宮の目論見はあっさりと崩れ去った。
その様子を後ろから見ていた冒険者ギルドの関係者は策を練り直す。
「男を前に出すのはやめておこう。
となると、交渉ごとに強いペストラしか居ないな」
冒険者ギルドは言葉が通じないなら筆談で、と紙とペンを用意してきたのだ。
ペストラと呼ばれた女性がゆっくりと銀色の娘に近寄る。
警戒心剥き出しの娘に臆すること無くペンと紙を差し出す。
それとあらかじめ用意しておいた食料と飲み物入りのバッグも。
良い具合にお腹が空いていたのか、娘は野菜とハムを挟んだパンに手を出し食べ始めた。
冒険者向けに開発した商品で、紙でくるんでいるのでパンに触れることなく食べられる。
食べ終わると、次は文字の勉強に使う教材を地面に置いて、ABC……に該当する物を教える意思を見せる。
それを文字と理解した娘を見て、ペストラは言葉さえ覚えてくれれば十分コミュニケーション可能な人物であると判断した。
その娘はペンと紙を手にすると、家、ベッド、食事、トイレ、恐らく貨幣の絵を書き、足元の大量のアイテムを指差した。
このアイテムを売った利益で家を買いたいと言う意思表示であろう。
ペストラが軽く見積もっても普通の家を購入可能な金額はありそうなので、了解の意味で首を縦に振る。
だがすぐに家を用意出来る訳ではないので、一度冒険者ギルドで彼女の身を預かることを考えた。
自分が冒険者ギルドの者であることを示す為に剣士が狼を倒す場面、その剣士が何人も入っている家、その家の紋章、そしてギルドカードの順に娘に見せる。
ギルドの中でも絵の上手い者と言う条件でペストラが選ばれていたのだから、紙に書かれた絵で銀色の娘も納得したようだ。
それにギルドカードにも理解を示したこともペストラには有り難かった。
「ペ・ス・ト・ラ」
ギルドカードの自分の文字を一文字ずつ指差しながら発音する。すると娘が名前を読んだのだ。
子供に文字と言葉を教える姉の気持ちが理解出来たとホッとする。
「レイコ・イチノミヤ」
初めて見る文字を書いた銀色の娘が自己紹介をした。
二人がお互いに名前を呼び会い、これからしばらく生活を共にすることになる。




