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第52話 後始末

 深夜の襲撃の一報がミイナとアレフによってもたらされると、即座に領主館にも連絡が届けられた。

 一部のギルド関係者には知られているように、バリシア冒険者ギルドとのバリシア領主は現在対立関係にあった。

 正確には背後に控える冒険者統一協会から派遣された役員三名と対立しているのだが、協会の腐敗は既に深刻な状況にあり、健全化の為には元から断ち切る大手術が必要だと領主は思っていたのだ。


 その切っ掛けを作ったのはセルバンのお願いである。将来有望な子供には地位を与えられると夢を見させ、その実ていの良い身代わりであるバウンサー候補から除外してくれと伝えて欲しい、ただそれだけであった。

 そもそも武力に秀でていないセルバンならバウンサーではなく事務職に就かせるべきである。

 冒険者ギルドにはオイタをして都合が悪くなった政治家の身代わりにされる秘書的なポストが無いので、用心棒であるバウンサーを身代わりにすることが多々あったのだ。


 セルバンをバウンサー候補に任命した経緯を示すよう領主が求めてもギルドはそれに応じず、それどころか魔物の討伐報酬の吊り上げを打診してくる始末である。

 このことを王都の協会本部に抗議し是正を求めたが、返事は『訂正の必要無し』の一言であった。

 調子に乗った例の三名は領主館に乗り込み、『冒険者ギルドに対して口出しは無用、もし再度口出ししたならストライキを決行する』と通達して去っていった。


 戦闘以外の冒険者への依頼内容は他のギルドでも対応可能であり、素行の悪い冒険者も少なくないことから冒険者ギルドの廃止論が以前より囁かれていた。

 魔物の討伐に兵士を割くことは難しい為にやむ無く冒険者ギルドに頼ざるを得なかったのだが、協会と三名の横暴に領主の我慢の緒は切れ掛け寸前となった。


 そんな状況の中でセルバンが襲撃されたのである。これを領主に対する脅しだと受け取らない者など領主館の中には居はしない。

 まだこの時点では襲撃があったがセルバンは無事であり、二名を生け捕りにしたと言う情報しかなかったのだが、指示したのはあの三名だと確信しない者も同様である。

 だが証拠が無ければ動くに動けない。生け捕りの二名の証言が待たれるところであった。


 だがここで無為に時間を潰すような領主ではない。

 冒険者ギルドとはいずれ絶縁することを決意し、その為の体制作りに関するプロジェクトチームを発足することにしたのだ。


 冒険者の中でも兵士になることには忌避するが、それでも思想的にマシな者は少なくないし、冒険者となって活動しているものの協会に対して不信感を抱く者も同様である。

 戦力として今の冒険者ギルドに劣ることになるが、そう言う者を選別して新たな組織の初期段階に編入する方向でまずは始めてみるか、と眠い瞼を擦りつつ領主は尋問の結果を待ちつつ案を練るのであった。



 セルバンの掘っ建て小屋が賊に襲撃された事件は日の出と共に町中に駆け巡っていく。

 四人の賊を返り討ちにしたと言うニュースはセルバンをただの成り上がり者だと決め付けアンチセルバンを標榜していた子供達に衝撃を与えた。路上生活をしていた子供達ではなく一般家庭の子供達に、である。

 ただでさえ、親から『セルバンは立派だ』『セルバンを見習え』と何かある度にそう言われてきたのだから同情の余地はある。

 だが、セルバンが一日に何件も依頼をこなしていたことを知らないだけでなく、一日一件の依頼を適当に済ませて帰っていたのである。

 そして出来が悪いと文句を付けられ、何が悪かったのかを一切調べようとせずセルバンを悪く罵っていたのだから、拳骨の一つ二つは貰って当然だ。

 もっともセルバンの何が素晴らしいのか何を見習えと言うのか、実のところよく知らないので具体的に言えない親にも問題はあるのだが。


 一度だけセルバンに殴られたことのあるガリアンは、あの『狂犬ならそれもあり得るだろう』と自分の敗北を正当化出来たことで溜飲が下がる気がしたのだ。

 その日彼が焼いたパンの味は今までで一番良かったのは何故か分からない。



「さて、本日未明にセルバンが襲われた件について、冒険者ギルドとしての対応はどうあるべき協議を行いたいと思う」


 正午前に重役出勤のギルド幹部達を会議室に集め、ギルドマスターのゴンダンがそう切り出した。


「正式に冒険者でもない輩の何を協議するのだ?」

「ガキ大将気取りで村を勝手に作り、大人に媚びを売るだけのへたれではないか」

「最近はウチより商業ギルドにばかり足を運んでいるらしいな。

 バウンサー候補なら他にも居る。何もセルバンに拘る必要はない。罪の一つ二つはあるだろう、それで拘束するなり、外で消えてもらうなりすれば良い。所詮は路上生活のガキ一人だ。消えたところで 何も問題は無い」


 三人の幹部はセルバンには既に興味が無いらしい。


「だが一人でゴブリンジェネラルを倒した実績はどうする?」

「倒したのは、シェルドの糞ジジイが渡した短剣の性能だったそうではないか。別にセルバンが優れている訳ではない」

「そうだぞ。それが証拠に今は剣の訓練をやめて狩人の真似事ばかりしておるではないか」

「そんな奴に冒険者と名乗らせれば、いずれ冒険者全体の評価が落ちてしまう。

 そうなると市民からの依頼が激減し、我らの給料が減るではないか」


 セルバン本人も言う通り、短剣が特殊なアイテムだったことは事実である。

 それに訓練も弓一本に絞ると宣言しているのだから、何ら狩人とやることは変わらない。狩人なら狩人ギルドに所属すべきである。

 その狩人ギルドはプライゾン王国ではギルドの中でも最下層の位置付けであり、バリシアでは商業ギルドの下部組織扱いである。

 魔物の駆逐数も冒険者ギルドの十分の一以下と大した実績も残していない。

 冒険者ギルドから見れば、何故まだ存続しているのか意味不明な組織である。なお魔物ではなく野生動物の駆逐数では成果は逆転する。


「待ち伏せに罠を使うしか脳が無い猟師共なら、セルバンと仲良くやるだろうな」

「しかしな、ただでくれてやるのは勿体無いと思わぬか?」

「うぬ?

 なるほど、やはりそれ相応の罰を与えて追放する方が都合が良いな。村長などと呼ばれて高くなった鼻をへし折ってやらねばな」


 天下りでバリシアに来ているこの三人だが、本当に性根が腐りきっていると、さすがのゴンダンでさえそう思わずには居られない。

 だが下手に動けば火の粉は自分に降り注ぐのだから、ゴンダンはこの三人には逆らえないのである。


「良い耳をお持ちのお三方なら、何かセルバン襲撃犯について情報はお持ちではないですかな?」

「知らんな。瀕死だった二人からの調書しか情報源は無いのだ」

「儂も知らぬ。調子に乗ったガキ大将を躾たいと思う奴は大勢居るだろう」

「そうである。出る杭はさっさと叩き潰すべきだと正義の鉄槌を振るおうとした者に対し、我らは称賛を与えるべきだ。

 可能性としては暗殺者を使う闇ギルドだが、それは今更言わんでも皆が思っていることだ」


 その闇ギルドに誰が接触したかが一番の問題だと言うのに、下らない発言ばかり繰り返す三人に心底イライラしてくるゴンダンだ。


「セルバンの村は領主様からも手出し無用と通達が出されておる。これはセルバンの発想がバリシアをより豊かにする可能性があると判断されてのことだ。

 我々に村を守れと言う裏返しの意味だと受け取るが、これについては?」

「馬鹿馬鹿しい。時間と労力の無駄遣いであるな」

「同じく無用である。たかが冒険者見習いにそこまでする必要がどこにある」

「領主殿の目は遂に濁ったらしい。真実を見極められぬとは嘆かわしいことよ」


 ゴンダンはこの三人がここまでセルバンを嫌うことを不思議に思う。


「そこまでセルバンを嫌う理由が見当たらぬが、何かあったのか?」

「あるも無いも、路上生活者と同じ空気を吸うと思うだけで吐き気がするわい!」

「左様。一掃して町をきれいにするのが領主の勤めである。それを守るなど言語道断!」

「そもそも人でないものをどうして人として扱う必要がある? お主はそこから勉強しなおすべきだな。よし、これで会議は終了だ」


 ここまで腐った人間が存在するのかとゴンダンは心底嫌悪したのだが、さすがはギルドマスターと言うことか、僅かに眉をひそめるだけで誤魔化した。

 バリシアハンターギルドの発足についてゴンダンは既に知っていたが、この三人はまだそのことを知らないのだと気が付きこの後どう切り出すかと頭を悩ませる。知れば烈火のごとく怒り散らし手が付けられなくと想像に難くない連中である。


 ああ、コイツら返品したい……と心から願うゴンダンであった。

 ここでドアがノックされ、ゴンダンが許可を出すと事務の女性が紅茶を運んで来た。


「……」


 ゴンダンに向かって親指だけで出ていけと指示を出す幹部A。


「あの、失礼しました!」


 あまりの異様な雰囲気に逃げ出そうとした秘書だが、その肩を幹部Bが押さえた。


「んっ!」


 幹部Cがゴンダンをドアに向けた押し出した。この時秘書は既に組み伏されていた。

 縋るような目でゴンダンを追う秘書に、

「すまぬ」

としか声を掛けれぬ自分に心底腹が立ったのである。


 そんなタイミングで会議室に来客が訪れた。

 ノックも無しに会議室に三人組が突入すると、ゴンダンに短く一言だけ告げて天下りの三人衆を拘束したのだ。

 この時にチャンスとばかりにゴンダンが三人の顔を殴ったことは不問としよう。


「冒険者ギルド役員パバート、スレッジー、アリアイダ。

 セルバン少年襲撃の指示役であることが判明した為、ここで貴様らを拘束する」


 言ってから捕らえるのが本来であって、殴って捕らえてから言うのは反則だろ? と一瞬だけ思ったゴンダンであるが、殴ったのは自分だと思い出して言葉にはしなかった。


「ミッシェル君、嫌な役目をさせて済まなかった」


 神妙な面持ちで秘書に謝るゴンダンの鳩尾に、彼女の膝蹴りが突き刺さったのを見てみぬ振りする衛兵隊の三人であった。


「この三人には良からぬ組織との繋がりが確認されている。

 今後冒険者ギルドとその組織との間に何か起きるかも知れないのでお気を付けを」


 不吉な言葉を残して去っていく衛兵三人、引き摺られて行く元幹部三人。

 僅か数分の捕物劇で済んだのは、丁度良いタイミングで会議を開いたゴンダンの偶然の勝利であった。

 だが、真相を知らない冒険者達はゴンダンが衛兵達と事前に打ち合わせをしてタイミングを合わせたのだと勝手に勘違いをし、ゴンダンの評価を爆上げしたのだった。


 だがそんな彼らは冒険者ギルドがこの後二つに割れることはまだ知らなかったのだ。



 冒険者ギルドの天下り三人衆の逮捕は瞬く間に町中の噂となり駆け巡った。

 昼食後、掘っ建て小屋村で干物加工用に魚を捌いていたセルバンとミイナにも冒険者ギルドから伝令が届く。

 だが、セルバンは浮かぬ顔をする。


「どうせ、コイツらも下っ端に過ぎないなんだろううな」

「そうなの?」

「あまりに簡単に辿り着き過ぎだよ。いかにも捕まえてくれって言う誰かの意図を感じる」


 ミイナはそんなものかな、この子って薄い小説の読みすぎじゃないの? とセルバンの意見には否定的だ。


「元々評判の悪い三人だ。こいつらなら悪いことやって当然って誰もが思う。それこそが真犯人の思う壺だよ。

 同じギルドの見習いを殺そうとしたなんて、大衆受けを狙ったとしか思えないね」

「どうかな? 考えすぎじゃないかなぁ」


 闇ギルドの名を出すことはドルチェの三人とローズさん達から禁じられているので、迂闊なことを言わないようにと注意しつつ想像を巡らす。

 恐らく闇ギルドは蜥蜴のシッポ要員に三人を利用しただけだと考えると、闇ギルドは国の中枢にも入り込んでいるのではないかと疑ってしまう。

 切り落とした腕のタトゥーが偽物だったことは、この時には既にセルバンにそれとなくロイガー隊長から知らされている。

 そのタトゥーを入れさせた人物を捕らえない限り本当の解決には程遠いだろうと、裏事情を知っているだけに気が重くなるのだ。


「変なセルバンね」


 事情を知らないミイナはそう言うと、魚をどんどん開いて塩漬けにしていくのだった。



 天下り三人衆の逮捕の直前のことである。

 セルバン襲撃事件で生け捕りとなった二人は毒のカプセルを回収された後、脳機能を少しだけ麻痺させ自制を弛める効果を持つ薬品を投与されていた。

 ただ効果が完全にあるとは言い切れない為、何度も同じ質問をして最も犯人のクチから出た答えを採用する必要がある。

 依存性が強く、市中に出回れば麻薬の一種として反社会的組織の資金源ともなり得るので原材料や製法はトップシークレットであり、存在を知っているのも衛兵隊の中でも片手の指より少ないのだ。

 その為、ロイガー隊長は部下を尋問する為の部屋から出して投与したのだ。仮に部下にバレると隊長だけでなく部下の命も奪うことになる。


 そんな裏技を使用して得た供述から、襲撃を依頼したのが協会から天下りしてきた三悪党だったことが判明した。二名の生き残りが同じ証言をしたのとから信憑性はかなり高い。

 しかし、公式発表では服毒自殺により何も喋らかったこととされているのは、三人の背後に居るであろう黒幕に対する警戒の為である。

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