第4話 文句を言ったらヤバかった
とりあえず、まずは目先のことから始末していこう。
猫が居る枝に俺が乗ったら根元からバキッと折れて木から落ちたが、幸いその枝が上手く衝撃を和らげてくれたお陰で怪我は無い。
猫は枝の先端が地面に付くと同時に、どさくさに紛れてどこかへ逃げているのでこれで依頼達成である。
この依頼内容は猫を木から無事に下ろしてやることで、飼い主に引き渡す必要はない。
依頼主からは猫がニャーニャー鳴いてうるさいから、早くどうにかしてくれと言われただけだからね。
それなら石でも投げるか木の棒で追い払えば簡単だったと思うが、それをさせなかったクレーマーおばさんはきっと猫に対してだけは優しいのだろう。
それなら猫より先にストリートチルドレンにも優しくして欲しいものだ。
依頼人である商家のおばさんに依頼達成のサインを貰い、この場を立ち去ろうとしたところで、
「ちょっと待ちな」
と声を掛けられた。
「何か?」
「何かじゃないだろ! 枝を折って良いとは言ってないわ!」
相手が子供だと思って難癖を付ける糞ばばあめ。
「その事ですが、あの木は害虫に食われて中がかなり傷んでいます。
次に嵐が来るとボキッと折れてお宅に被害をもたらす可能性があります。
この身軽な俺が上ってボキッと折れたぐらいですから」
「下手な嘘を吐くんじゃないよ!」
確かに言っただけでは理解してもらえないのも仕方ないか。こう言うケースでは物証を見せるのが一番早いと思い、害虫が空けた幾つかの穴と周囲に散らばる糞混じりのおが屑をおばさんに見せてやる。
これで少しは納得したようで、
「針金があればお貸しくださいませんか?」
と要求すると、少し意外そうな顔をして何も言わずに素直に持ってきてくれた。
ファイバースコープと呼ぶのか、ケーブルの先端にカメラが付いているやつがあれば簡単なのだが、この世界の科学技術はまだそんなに進歩していない。だって石畳の道路に馬車が走っているもんね。
依頼主が渡してくれた針金を穴に突っ込んで、奥に居る筈のカミキリ虫の幼虫を探してみる。グイグイ……チョン、チョン……おっ、良い具合に反応がある。個体差があるので賭けになるが、運良く外敵を追い出そうとバックしてきた幼虫を捕獲出来た。
素直な幼虫で助かったよ。出てこないなら針金を突き刺して力付くで引きずり出すしかないからね。
白くて丸い団子か何かを何段にも重ねたような独特のフォルムだが、意外に小さなアゴと黒く丸い目が特徴的だ。決して可愛いとは言っていないから。
おばさんの太い人差し指よりも太くてなかなかボリューミーな個体だな。
手のひらに乗せると、イヤイヤするみたいに体を左右に振っているが逃げ出そうとしているだけだ。
今までなら、こんな不気味な虫でも火を通せば美味しく食べられる貴重な食材ゲットだと喜ぶところだが、記憶が戻ったせいかその見た目に食欲が湧くことはない。
路上生活仲間の誰かに食わせてやろう。見た目に反して旨いことは、この体の記憶にある。
おばさんは気持ち悪がって直視出来ないようなので、小振りな空の革袋を貰って袋に入れると、それからまた何匹か幼虫を捕まえてそれに入れる。
「とまぁこんな訳で、この果物の木に害虫避けの薬の散布を怠っていると、この虫がたくさん湧くので今度から薬の散布をケチらないようにしてくださいね。
でもさっき見た感じでは被害は今のところあの一本だけみたいなので、猫が乗って教えてくれたのだと思っておきましょう」
「そうだね、不幸中の幸いだね」
クレーマーおばさんが渋々といった様子で頷いた。
農薬を散布をするにしても、農家さんが使っているような霧状にして散布出来る噴霧器は無い。
プシュンプシュンと何度か空気を圧縮して使用する蓄圧式噴霧器があれば作業が劇的にラクになるのになぁ。
なので今は高所からバシャっと柄杓で農薬を掛けたり、竹筒の水鉄砲みたいな道具で豪快に噴射する作業になるので、身軽な冒険者見習いの子供が脚立に上がってやることが多い。何せ農薬が臭いから不人気なのだ。
俺にその依頼がまわってくることは無いとしても、こうやって営業活動はしておくべきだ。
ギルドが腐っているとしても、そのギルドのお陰で生活が出来ている子供達が大勢居るのは事実だから。
幼虫のフォルムにショックを受けたおばさんは、すぐにダメになっている木の伐採と残っている木の農薬散布を行うことに決めたようだ。
この気は俺が知っているのよりかなり背の高いイチジクの木だ。きっと異世界仕様に進化したのだろう。
カミキリ虫は農家さんの天敵と言っても過言ではないのはこの世界でも同じなのだ。一匹駆除したら50円の報酬を出す自治体もあるぐらいだし。
俺がギルドに恩を感じているなら、新たな依頼を貰ったので毎度ありと笑顔を作って喜ぶところだが、生憎と俺が所属しているギルドはブラック企業である。
転生したらブラック企業勤務のストリートチルドレンでした……なんて、名前は聞かなかったけどあのちょい悪オヤジぽいからジロー神と呼んでやるが、アイツの仕事は雑過ぎるだろ。
それとも実務はヨイショの下手な部下に丸投げしたのか?
依頼主から帰り間際に、
「お前のことはサナギだと思ってあげるよ」
と言われたのだが、俺が害虫の一歩手前だとは酷い言われようだ。
さすがはクレーマーおばさん、腹が立つ。
まだ成虫になって飛び立った害虫扱いされていないだけ少しマシなのかも知れないが。
いや、カミキリ虫は幼虫の時から立派な害虫だから、やっぱり俺は害虫扱いされてるのか……ストリートチルドレンって言うだけで、そう言う目で見られるんだよな。確かにスリとか泥棒とか多そうだけど、やりたくてやってる訳じゃないと思うのだ。
そんな今の自分の内面を見てみると、妹に馬鹿にされていた頃とは違って心を病んでいるようには感じない。
他人から見るとどうなのかは分からないが、ストリートチルドレン仲間からは邪険に扱われるようなことは無かったと記憶にある。
そもそも誰からも相手にされていないだろ、などと決して言わないように。メンタルにヒビが入るから。
さてと、成り行きで仕方なくとは言え名も知らぬ神の下僕となることを受け入れたのだから、そのうち使命とか与えられるのだろうか。
それとも俺が気付いていないだけで、既に何かの使命に沿って暮らしているのか。
「何となくだけど、アイツは面倒くさがり屋だから全部人に丸投げして、いちいち指示を出してくるタイプじゃないと思う。
てか、最初にやることをきっちり説明してから送り出せって」
ズキッ! ググググッ!
文句を言った直後にあの神の意識を僅かに感じると、突然グイグイと頭を締め付けるような激痛が走りだした。
まさか世界一有名な猿人間の頭の輪っかみたいなものが、俺の頭にも嵌まっているのか?
頭蓋骨を締め付けるような痛みに耐えかね、
「ごめんなさい、悪口はもう言いませんから許してくださいっ、このままだとクチから脳味噌ゲロして汚いです!」
と、路上で訳の分からない絶叫し……通行人の放つ冷たい視線が突き刺さる。
あの神様のせいで頭のおかしな子供に思われたじゃないか。
恐らく意思に沿わない言葉を出すと、毎回痛め付けてやろうと思っているのだろう。
くそっ、下僕になるなんて判断を間違えたか。
フムフム、頭の中で考えるだけなら強制執行はされないようだ。
よし、なるべく無駄口悪口は脳内完結して口に出して言わないように気を付けるか。
◇
とりあえず緊急依頼の猫ちゃん救出作戦は無事達成して冒険者ギルドへの帰りの道すがら、俺はこの国からどうやって逃亡するかを考えていた。
冒険者ギルドは半官半民の組織で、紅茶を飲みながらチェスを打つのが仕事の天下り役人とそんな連中に胡麻する下っ端管理職数名が、ギルドマスターを差し置いて実権を握っている。
そう言う役人や小悪党のスケープゴートがバウンサーな訳だから、役職名詐欺も甚だしい。
少なくともこの国ではね。
これが他国になると体制に多少の違いがあるが、超営利目的の団体であることは変わらない。
冒険者と言う、自ら進んで危険を冒すような者達をサポートすることで収益を得ているのだから、ギルドも当然ハイリスクを背負うことになる。
ならば保険的な意味で得られる所からはなるべく多く吸い上げてやろうって考えになるからね。
その国の経済状況が冒険者ギルドの質を決める、と言うのは言い過ぎだし的外れかも知れないが、冒険者が安全保障の一翼を担っていると言えなくはない。
軍や傭兵では国の隅々まで目が届かないからね。
この場合の安全保障とは他国からの侵略ではなく、魔物や盗賊による被害の防止を指す。
そして、その魔物の販売に大きく関わる商業ギルドとの関係の良し悪しは、冒険者の生活に直結する。
だって買取価格や流通量を決定するのは商業ギルドだからね。
冒『魔物を狩ってきたから買い取ってよ!』
商『それ買い取れないヤツだから買わないよ!』
冒『えーっ、タダ働きかょ! てか、昨日は買い取りしただろ?』
商『そうだよ、だからさっき買い取り品のリストを変えたんだよ、残念だったねー、またおいで』
こうならないように、商業ギルドとは仲良くして貰わないと困る訳だ。しかしながら、この町の冒険者ギルドと商業ギルドの関係性はあまり良くない。
仕事の範囲がキッチリと住み分けが出来ていなくて、互いにこっちの仕事を横取りしてんじゃねえょって思っているのかも。詳しいことは知らないけど。
俺が今住んでいる国、名前は……聞いたことがあるような気がするが、ストリートチルドレンが国名を気にする必要は無いので知らなくて不思議ではない。
基本的に俺の今世での知識など、この町バリシアの中限定で、身の回りぐらいの範囲のものしかない。
冒険者ギルドに関わるアレコレだけは、OJTの最中に職員や先輩の話を聞いているので知っているだけだ。
バウンサーのことをうっかり俺に話したのは、子供には理解出来ない話だろうと油断していたのだろう。
俺は戻った記憶のお陰で自分の身分が塀の中の路上生活者であると改めて認識すると、サービスの悪すぎる神様だと文句がクチから出そうになる。
そんなことでまた頭をギチギチされたら堪らないので、ギリギリ喉でストップを掛けたが。
さてさて、こんな俺がこの国から出るには一体何をどうしたら良いのだろう。
◇
「下僕が依頼をクリアすると入る経験値が相変わらずショボい……と言うか、戦闘が発生しない依頼は旨味が無いのか」
「マジチュアはリアル系スローライフを運営が謳ってますからね。
攻略ペディアだと、ストリートチルドレンを引いたら即リセマラ推奨なんです。下僕の身分でもログインボーナスのランクが変わるそうで」
「だがセルバンをNPCにしてしまうと加護を与えることが出来んのだ。こっちにはお前が殺した人間を見守る責任があることを忘れるな」
無責任な手下の言葉に少し苛つきつつ、タピオカミルクティーを吸い込むちょい悪ジロー神。
「リセマラがNPC補充も兼ねるとか、結構鬼畜な運営ですよね~。ランダムキャラ作成プログラムで作れば良いじゃないですか」
「ランダムプログラムキャラは相対的に能力が低いからな。
外れキャラでも育てればランダムキャラの一般人より強くなるように設定されている……とヘルプに書いてあったな。
それよりお前のキャラは?」
「最初がゴブリン、次がオーク、その次がコボルト。
その次にやっと人間が当たりましたね。でも年齢が50歳でギルド職員スタートって何なんです?」
どうやら運営はプレーヤーにNPCを作らせるつもりだと悟り、諦めた二人の神である。
マジチュア……マジカルミニチュアガーデンの通称ですよ




