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第45話 村の視察

 商業ギルドを出たバリシア領主は、少しの時間だが掘っ立て小屋村に立ち寄ってみた。

 商業ギルドで質素な服装に着替え、小麦とトウモロコシが詰まったドンゴロスを一袋ずつ、それに果物と焼き菓子を積んだ荷馬車を引き連れてである。


 自分が統治している町であるが、自らの目で隅から隅まで見て回るような時間は無い。しかも町に出る時は必ず四名以上の護衛が守る馬車に乗っての移動である。それは即ち自分の統治能力に問題があるのではないか? そんな疑問が僅かに頭によぎる。

 だが統治とは立場によって理解が正義と悪が反転するものでもあり、万人が手放しで納得するなどあり得ない。

 従って彼がどんなに正義の心で働いたとしても、必ず彼の命を狙う者が存在する宿命なのだ。


「おじさん達、誰?」


 門の無い入り口から村に入ると、一人の男の子がパタパタと走ってきてそう声を掛ける。

 見知らぬ壮年男性とドンゴロスを肩に担いだ厳つい四人がやって来ると誰でも不振に思うだろう。

 それと見知らぬ者が訪れて来たと言う滅多にないイベントにワクワクしているのもあるだろうが。


「今日セルバン君に会ってお話をした者だよ。ラトおじさんと呼んでくれないか」

「うん、わかった。僕はチャール。夢は王様になることだよ!」


 両腕を大きく広げたその姿の背景には、ドーンと効果音が付きそうだ。子供の戯れ言(ざれごと)だから許されるが、相手が悪ければ拳が飛んだかも知れない。

 セルバンも子供達に折に触れやって良いこと悪いことを聞かせているが、夢を語ることを悪いこととは教えていなかった。

 領主は後でセルバンに教えてやることが一つ出来たと内心喜ぶ。


「おじさん達は食べ物を少し持って来たんだけど、どこに置けば良いかな?」

「すぐに傷まない食べ物なら地下の倉庫に置いてるよ。こっちこっちーっ!」


 その子が領主の手を引き、穴を掘って出来た地下倉庫に案内する。

 地上部分は四方をきっちり日干しレンガの壁で囲い、片側に傾斜を付けた屋根もあるので言われなければそこに穴蔵があるとは気付かないだろう。


「あの柱に横向きの梁?と錘が付いているのはなんだい?」

「これは村長が匠に教えて作ったハネツルベーだよ。重たい物が軽く持ち上げられるの!」


 セルバンが匠に教えた物に跳ね鶴瓶がある。テコの原理を利用した井戸水を組み上げる装置であるが、この穴蔵で重たい物を地上に上げる時に利用する。ただし、重たい荷物をこの穴蔵に入れることが無かったので利用頻度はゼロに近い。

 荷物が乗っていない状態だと、荷台がちょうど地面の高さに来るようになっていて、荷台に荷物を乗せるとゆっくり梁が斜めに傾いて行く。梁の荷台の反対側に錘があり、セルバンが40キログラムぐらいまで運べるように調整してある。


「なるほど、荷台に置くとゆっくり降下していくのか。良く思い付いたな」

「使える場所は限定的ですが、これは良いカラクリですね。工兵にも教えましょう」


 小麦の入ったドンゴロスを荷台に乗せた護衛が感心したようにそう言ったので、意味は良く分かっていないが案内の子供が嬉しそうな顔を見せる。

 そして壁にある傾斜角30°程のスロープを滑って地下に降り、ドンゴロスを動かそうとするが重すぎたらしい。


「階段があってスロープまであるのか」

「スロープじゃなくて滑り台って言う遊び道具だよ。これを作るのは土木工事する子の練習にもなるんだよ。そんなことも知らないんだーっ、ダメな大人だなぁ」


 チビッ子が屈託の無い笑顔で領主をディスるが、さすがにこれでは怒れないなと苦笑い。

 護衛が下に降りて持って来た荷物を隅に置き、目録をその上に乗せてから階段で上がる。チビッ子は勢い良くスロープを駆け上がって自慢気だ。護衛の一人がそれを真似て何度か往復したのはお約束か。


 その後に畑、養殖池、風呂、公衆トイレ、炊事場を見て回ってセルバンの家に入る。

 以前は廃材を寄せ集めて作ったバラックだったが、現在は取り壊した家屋の材料を使って建て直しているのでそれなりの家屋と呼べる。四方は日干しレンガの壁で囲まれ、そこには蔦植物が良い具合に這っていてお洒落感も少しある。


 一階は大きなテーブルと椅子があるだけでがらんとしており、二階が主な生活スペースとなっている。

 次にセルバンの家を出て蒲鉾形のレンガの家に入ると、子供達が勉強に使うのか木版やボロボロの羊皮紙と木炭を使ったペン等が転がっているのが目に入った。


「本当に村で勉強しているのだな」

「そうだよ! 読み書きと計算が出来ないと悪い大人に騙されるから絶対に覚えなきゃいけないんだ。

 僕も母音子音は覚えたし、自分の名前も書けるよ。

 足し算引き算も出来るようになったしね!」

「君は今何歳?」

「八歳ぐらい」


 その返事に、四人の護衛達は自分が同じ年齢の時に文字が書けたか不安になった。貴族であるバリシア領主は四歳頃から、商人の家庭では六歳から八歳頃から勉強を始める。

 職人、農家、猟師の家庭では自宅で文字や計算を教えるようなことはほぼ無いだろう。


「恐ろしい子供達だな」

「僕達は怖くないよっ!」

「あぁ……君たちは凄いな」

「僕は畑とお魚のお世話しか出来ないから凄くないもん。他の子達はお仕事してお給料を貰ってるし、村長なんか悪い魔物をやっつけたんだよ!」

「セルバン君に無理矢理働かされてはいないのかい?」

「そんなことないよ。みんな週に一日はお休みしてるし、お熱が出た時は仕事を休んでるし。お仕事も自分の出来そうなことをやれば良いから誰も嫌がってないもんね。

 それにここに来る前はいつも腹ペコだったけど、ここに来てからはお腹いっぱいになるから幸せなんだ」


 その子に嘘を言っている様子は無く、孤児院や教会が孤児の受け入れ先である筈なのにその役目を果たしていないことに改めて気付かされたのだ。


「正式に支援をすべきか……しかし悩ましい」


 このように子供達だけで自立している村など過去に前例がなく、政治的にどのような判断を下すべきか領主は頭を悩ませたのだ。

 後ろ楯も何も無い子供達だけの村がそこそこ住み心地が良いと知れれば、スラムに住む大人達が押し掛けて来る可能性は大いにある。

 ゲーシル達には村から少し離れた位置から見守りをさせているが、セルバンに対し悪意を持つ冒険者を取り締まった実績が出ている。

 自分より下のクセに調子に乗っているから絞めてやろう、と安易な感情に任せて嫌がらせをする程度の輩だけなら可愛いのだが、簡単に人の命を奪う者も居るので安心は出来ない。


 想像以上に快適で先進的な村の姿に、改めてこれが目覚めた者が持つ能力なのだと実感しながら、最後にチャールに言付けを頼んで村を後にする。

 セルバンが村に戻ってくるのはそれから一時間程遅れてなので、領主達と鉢合わせにはならなかった。



 デイリーガチャで引いた『来訪者報せる君』に反応があったので、ジロー神がモニターにサブウィンドウでマジチュアを表示した。

 このアイテムは千分の1の確立で出てくるアイテムで、下僕が拠点とする場所に下僕が居ない時に来訪者があった場合にドローンで俯瞰的に見られるもので、空き巣対策に最適なアイテムである。

 セルバンが居ないときにノンアポの来訪者が来たのは初めてで、盗るものが無いとでも思われているのだろう。

 風呂や公衆トイレ等、力を入れて作った施設を破壊されるとセルバンは泣くだろうから、このアイテムはもっと欲しいとジロー神は思っていた。


「跳ね釣瓶とはマニアックな仕掛けを作ったもんですね」

「そうか? やつは最初手巻き式のエレベーターを作ろうとして断念したのだ。それを思えば下らん発想だ。

 梁に付ける錘と荷物の重量を柱が支えねばならんから、あまり重たい物を載せられんのが大きな減点だ」

「廃材をかき集めて作った装置にケチを付けるとは、さすが鬼次長です!

 カニ食べ放題行きたかったです!」

「有給を取る際は事前に報せろ。休むなとは言わんが、俺の前で念話しながら即決するな。

 ちなみにだがお前が誘われたカニ食べ放題ツアー、あれは外宇宙産の偽物だ。お前のダチはリサーチが甘い」

「そうなんですか!

 漁に出た宇宙船がよく遭難すると有名なソーナン宇宙海域産のカニ擬きだそうなんですよね?

 俺、凄いでしょ?」

「……ネタが無いなら明日休んでゆっくり考えてこい」

「こう言うのは思い付きで言うから面白いのに」


 分かってねえな、とクチを尖らせたケント神と部下ガチャやり直しを希望するジロー神であった。

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