第44話 デモの後のお楽しみ
商業ギルドでケンタウロス型魔道人形のデモンストレーションが開催されるとの報告が、家令のカルノーからバリシア領主にもたらされた時のことだ。
「また下らぬ玩具を作る馬鹿が出てきたのだな」
「魔道具と言えば、王都では調理場で使用する加熱コンロ、食材を冷やす冷蔵庫、風を送る送風機等が出回ってから久しいですが、大した進歩はここ数年ありませんでしたからね」
「古代遺跡から出土した魔道具を解析して魔道具構築理論をこの時代に甦らせたのがマキナ家だったか。
それが何の役に立つ玩具を作ったのか気になる」
「将来的には馬の代わりの移動手段や荷物の運搬に利用するのでしょうな。車輪だと道を走ればガタガタ揺れますからね」
「走らせれば馬の背の方が大きく揺れるからな、荷馬車を引くのがせいぜいではないか。
だが糞を落とさんと言うメリットはあるな」
その為に本体に百万円近い金額を出し、ランニングコストもかなり掛かりそうな魔道具を導入するつもりは無い。これが通常の軍馬より速く走れるのなら戦場での価値はある、と言うのがバリシア領主の考えである。
「だが、王都からの来客を無視する訳にもいかぬ。
デモの前半に出席し、話を聞く振りだけしてこよう。出たついでに村の周辺の視察もしておきたいしな」
「警備の強化の為に増やした覆面が成果を上げておりますね。村を狙う小悪党が既に両手では足りなくなりそうですよ」
一時セルバンが危惧していた冒険者による掘っ立て小屋村の襲撃だが、実は元『ドリームチェイサーズ』のゲーシル、コクダイ、ロヒッカが率いる覆面警備隊の活躍により未然に防がれていたのだ。
勿論であるが、覆面を被り顔を隠している訳ではなく、ローブを纏いフードで頭と顔を隠しつつ一般市民に姿を変えて巡回しているだけである。
ただ、犯人を路地裏に追い詰め戦闘となった時には顔のフルフェイスのベネチアンマスクのような物を装着するが、これは毒を防ぐ為であって他意はない……筈である。
ゲーシル達の活躍はそれ以上語られることはなく、領主は四名の護衛を伴った馬車で商業ギルドへと向かった。
商業ギルドの表側は市内随一の大通りに面しているが、裏側は荷物の積み降ろしの為に広いスペースと馬車の待機場などがある。ここで馬車を降り、ギルドに入ると真っ先にギルドマスターの執務室に向かい軽く近況報告を受ける。
続けて応接室で魔道具部門長と面談する。
バリシアにはまだ魔道具がそれ程普及しておらず、魔道具部門の仕事は選任者を置く程のものでないため特許部門長と兼務しているのだ。
「パットン部長、忙しい時に邪魔して悪いがマギー・マキナ氏についての情報はないか?」
と挨拶もないまま本題に入る。
「能力的には問題ありませんが、少々趣味に走る傾向が強いですね。
魔道具の理論解析に於いては、ここ十年程で国内随一の成果を上げております。それ以前は取るに足らない遺跡研究者に過ぎなかったようです」
問われたパットンも領主の対応には慣れたもので、挨拶を省くとそう答える。この世界に人物名鑑など無く、情報は独自に収集しなければならず、商業ギルドに勤める職員の数名は表向きの業務だけでなく裏の業務も担っている。特許担当のサティアもその一人である。
「彼も突然目覚めたタイプか」
「恐らくそうでしょうね。稀にあることです。
政治に口出しせず、さほど強欲でもなく、国の発展に寄与する者であれば保護の対象ですからね。
王都のギルドから張り付かせていた者が絆され結婚することになったそうですし。年の差婚ですよ」
「監視は継続してくれ。おかしな魔道具なら構わんが、危険な魔道具を使われては敵わんからな」
「承知しております。それにしてもケンタウロスとはまた見事に人馬一体の意味を履き違えたものですな」
一部のダンジョンにしか棲息していないケンタウロスは、まだ広く知られておらずおかしな生き物と言う扱いである。
だが槍を持ち疾走すれば騎兵と同等の戦力となり、敵として遭遇すれば損害を覚悟しなければならないと身震せずには居られない存在である。
まだマキナの作った魔道具はそれだけの恐怖を与える性能を持ってはいないが、技術力の進歩と共にいずれ兵器として戦場に立つ姿を領主は想像していたのだ。その事もあってわざわざ時間を作ってデモに参加し、マキナの人となりを直接確認しようとしている。
また、マキナ同様にセルバンとも一度話してみたいと思っており、懇意にしているシェルド爺さんに同行を願ったのだ。
その点で言えば今回のサティアの判断はファインプレーと言っても良いと思っていた。
そしてマキナに対する感想だが、『技術にしか関心を持たない典型的な研究者』である。このタイプの人間は自分の成果が反社会的な者にまで利用されることを考えない為、大きなトラブルに発展する恐れがある。
セルバンに対しては『良く分からない少年』だと感想を漏らしている。
この世界では人並外れた武力、知力に突然目覚める人間が現れることが確認されていて、セルバンのカミングアウトをローズ・マリー達があっさり受け入れたのはこれに起因する。
ただ実例が少なくどのような対応が正解なのか不明であることから、下手に刺激しないように見守りあわよくば新しい技術や知見を得るのが得策だとし、ローズやシェルド爺さんのような地位のある者がそれとなく監視しつつ共生するようになったのだ。
目覚めた人間は言うまでもなく転生ないし転移した異世界の人間である。
「実はマキナ殿からケンタウロスの素体が一体分寄贈されているのですが」
「魔道具ではなくハリボテが?」
「はい、こう言った模型を作るのが好きなのだとか。ただ奇抜な物ですし、さてどう処置するかと困っております。小さな子供でも居れば馬の背に乗せて遊ぶかも知れないですが」
「そうだな……子供ならアテがある。正しく玩具として使ってくれると良いのだが」
セルバンの村に置けば子供の玩具のなるだろうと勝手に決めたのである。
◇
商業ギルドの裏口から出ると、シェルド爺さんが待たせてあった馬車が前で止まった。さすがお金持ちだね。
「王都とのやり取りには速い便を使うが、それでも往復八日を見ておくようにな」
「そんなに急がなくても良いのに」
「一緒に送る書類が他にもあるからセルバンの荷物はついでじゃよ。気にせんで良い」
速達便は速さも必要だがタフな馬と騎手がその任務についていて、王都までだと利用料は金貨一枚になる。乗り合い馬車で移動すると片道で六日なので片道二日も早く到着するのだ。
長い距離を正確に測る手段はまだ無く、○○村まで四半日の距離だ、半日の距離だ、一日の距離だ、みたいな感じでアバウトだ。徒歩で1時間に5キロ進むとしたら1日8時間歩いたとして40キロか。それで計算したら王都まで240キロ。近いような遠いような。自動車なら半日で行ける距離だから、やっぱり不便な世界だな。
街道にはだいたい一日の移動距離に合わせて宿場町や小さな村があるが、これは犯人の緊急手配の時や盗賊が出た時なんかの緊急連絡網としても機能するようにとのことだ。
「じゃあ、今日は色々とありがとうございました」
「なに、儂はなんもしとらんよ。それより面白い話になって年甲斐もなくワクワクしとるわい。アイロンが出来るのを楽しみにしておるぞ」
「それはテキストが理解出来てからですよ。熱源の素材が無駄にならないように祈っててくださいね」
帰る前にマキナさんにアイロンに使う素材の話を聞いたら、コンロの素材で作れるだろうからテキストと一緒に送ってくれることになった。その代金をシェルド爺さんが出してくれたのだ。本当にいつも感謝だよ。
シェルド爺さんが乗った馬車が出発すると、待っていたように職員が話し掛けてきた。
「セルバン君、領主様からの預かり物を村に運びたいのだけど、付き合ってもらえるかい?」
「もう来たの? めっちゃ早いな」
もう冒険者ギルドに話をしてくれたのかな? めっちゃフットワークが軽い人なんだね。
それとも部下が急いでくれたのかな?
「村まで運ぶので、馬車に乗ってください」
「えっ? 軽いものだから持って帰れるけど」
「軽い? 中身はすかすかで軽いかも知れませんが……多分無理ですよ」
領主様の手紙の中身がスカスカって、ひどいこと言う人だな。
「そうなの? ずいぶんと厳重な封がしてあるのかも。さすが領主様」
「簡単に開かないよう封がしてありますから」
「そうなんだ……でもやり過ぎだろ」
たかが手紙にどれだけ厳重な封をしてんだろうね。これはちょっとした嫌がらせでしょ。
あっ、それか子供達用に食べ物とか同梱してくれたのかも。きっとそうだよ。後で御礼の手紙を出さなきゃね。
ゴロゴロガタガタと揺れる馬車で掘っ立て小屋に到着。荷物が無ければ歩いた方が速いかもね。
村と言っても境界を示す柵がある訳ではない。草ぼうぼうだった空き地を拓いて作った村なので、普段誰も歩かない場所には雑草が生えている。その雑草がある意味境界になっている。
村には荷馬車が入ることは想定していないので、村の入り口で馬車を止めてもらい荷台から運を降ろす。
「おもっ!」
確かに持って帰れない重さだな。どんな食べ物が入っているか楽しみだよ。
◇
「セルバンに魔道具の製作スキルは生えるのか?」
「可能性は高いですよ。アイツにはプログラムを組んでロボットを操り戦わせるゲームの経験がありますからね」
「その経験が活かせるものなのか?」
「えぇ、指令魔石には何種類かの機能チップの組み合わせを焼き付けるんで、バグ取りさえミスらなければ何とかなる筈です。
スキルが生えたらプログラムの自由度が高くなって、より高度な機能チップが使えるようになっていく感じですかね。詳しくは知りませんけど」
「ゲーム知識が役に立つとは、気の効いたシステムを作ったもんだな」
「逆に言うと、そっち系のオタクの活躍の場がそれしかないってことなんですけどね。
そもそもマイコンもCPUも作れない世界で複雑な演算処理が出来る装置を作らせるには、そう言うご都合主義的なシステムが必要なんですよね」
魔道具の開発方法を纏めたスレを開いたモニターを眺めながら、棒つきチョコレートをペロペロ舐めているケント神にポイ捨てさせまいとゴミ箱を用意しているジロー神であった。
◇◇◇捕捉◇◇◇
領主であるラトリーシェ・ション・バリシアの呼び方はバリシア領主、領主様が一般的であるが、この世界では五爵(男爵・子爵・伯爵・侯爵・公爵)ではない特殊な呼び方がされている。
バリシア領主は中級貴族であり、他の世界の基準に当てはまると伯爵位相当である。
この階級はシンボルカラーに緑を使うことが定められていることから、爵位付きで呼ぶ場合にはグリン・バリシア=バリシア緑爵(≒バリシア伯爵)と呼び、バリシア中級爵とは呼ばない。
ただし、上級爵の者が罵る際には『中級爵の分際で』などと発することもあるし、爵位など大して気にもしていない庶民だと『うちの領主は中級貴族だ、あっちの領主は上級貴族でそっちは初級貴族だ』と使っている。
爵位一覧
準貴族 紫爵 リラン 準男爵、騎士
準初級貴族 藍爵 ドンク 男爵
初級貴族 青爵 ブラウ 子爵
中級貴族 緑爵 グリン 伯爵
上級貴族 黄爵 ゲルフ 侯爵、辺境伯
準王級貴族 橙爵 ランジ 公爵
赤爵 ロード 国王




