第38話 手も足も動かせませんね
チビに呼ばれて畑に来てみれば、確かに発芽したばかりの豆を狙って鳩が数羽子供達の隙を狙おうと上空でスタンバイしていた。
小屋から持ってきた弓で狙いを付け、何度も鳩達に向けて矢を放つが鳩に笑われてばかりだ。
分かっていたが、やはり俺はまだ宙を舞う鳩を射落とすだけの腕前には達していないようだ。それでもしつこく撃ち続けているうちに惜しいと思える矢が増えてきた。
あのゴブリンジェネラルの目を射た時に放った感触を思い出してトレースしたのが良かったのかも。
「セルバン君、クロスボウは使わないの?」
と近くにやって来たミイナさんが質問する。
「クロスボウは普通の弓矢と違って、斜め上に傾けて射つ物じゃないからね」
「ふーん、そうなんだ。同じ矢なのに変なの」
クロスボウは水平に向けて射つものだと言われているが、その原理やら理由やらは知らない。シャフトが普通の弓の物より短かいから飛行が安定しないのかな?
一応、俺の作ったクロスボウでも曲射は出来るけど、俺の腕では飛んでいる鳥には当てられない。弓でもそうだけど、まだ弓の方が短い時間で連射が出来る分、飛んでいる鳥を狙うには都合が良い。
更に言えば、普通の矢ならチビッ子達に作って貰えるけど、ボルト(クロスボウ用の矢)は金属製だから買わないと手に入らないので気軽にホイホイ使えないのだ。
「あ、当たった!」
「やった! 今日は鳩料理ね」
嬉しがるミイナさんだけど、たった一羽の鳩じゃ皆で分けると『試食じゃないか』と言いたくなるサイズしか食べられないよ。
「私も射つわ」
と、ミイナさんも持ってきた弓矢で鳩にアタック開始。計四羽の鳩が地面に落下したところで鳩の集団が逃げて行った。
「二人とも弓の腕はまだまだね」
とカミィおばさん。言われなくても分かってますよ。普段は水辺で獲物を狙っている鳥を撃っているから、飛んでいる的は初めて撃ったんだもん。
チビッ子が回収してきた鳩をミイナさんが受け取ると、炊事場に行ってあっさりと頸を落として捌き始める。
手が血塗れなのに嬉しそうだ……でも、この世界ではこれが普通だからね。動物や鳥が可哀想だとか言ってると餓えてしまう。食えるものなら何でも食う。ただそれだけね。
「カカシを立てて置けば鳩も警戒して寄ってこなくなるかな?」
「それは俺も考えた。矢で追い払うのは肉の確保になるけど、チビっ子しか居ない時にやらせると誤射が怖い」
さっきは猟を始める前に人払いしておいたけど、俺やミイナさんが居ない時に勝手にチビッ子が弓矢を使うと事故の恐れがある。
「カカシって、藁で作る人形だよね?
少女に連れられた虎と金属製の人形が仲間で、夜な夜な人の脳ミソを欲しがって徘徊するって奴」
カマーンさんが言ったのは、こちらの世界版の『OZの魔法使い』かな? そうだとしたら、かなり歪んだ改変されてるな。
「そう言や、王都の方で新しい魔道具が出来たそうだよ。
毎週送ってくるパーツを集めて自分で動く人形が作れるんだってさ。金持ちの考えることは分からないね」
「あ、そんな記事がギルドニュースにあったわね。デウ……何とかキナってブランドだったかしら。
全部揃えると大銀貨百枚近いって話だよ。私ら庶民にゃ逆立ちしても買えないわよ」
「あんた逆立ちも出来やしないだろ」
「そりゃそうだ」
キリー姉妹がそんな情報を教えてくれた。
恐らく開発者はミイナさんと同じように転移して来た人なんだろう。
普通なら生活家電から魔道具化していくと思うんだけど、随分変わった商売を始めたもんだ。
まさかと思うけど、自分だけ便利な魔道具を使ってて、他の人のことは一切考えないタイプの人なのかも。
でも俺だってそんな物を買う経済力なんて無いし……なんて格差社会なんだよ。
「もしかして、明後日に魔道具部門でデーモンストレッチするからサクラ集めて欲しいってチラシを配ってたの、それ関係かしら?」
カミィさんがバッグから取り出したチラシには、確かにDXマキナと言うロゴが入っている。
そして可愛らしいイラストが書かれているが、どう見てもデフォルメしたケンタウロスだ。
断っておくが、こちらの文字はアルファベットではないのだが、ディー・エクス・マキナの発音に近い。きっと名前がマキナさんで、機械仕掛けの神とデラックスを掛けて付けたブランド名に違いない。
そのマキナさんがケンタウロスの動く人形のデモンストレーションを行うのだとか。
「私ら中年には難しそうだけど、セルバン君、ミイナちゃん、見に行ってみるかい?」
カーマンさんが誘ってくれるが、行ったところでそんな趣味みたいな物に出せるお金が無いので話にならないけど、デモ自体には興味がある。でも困ったなぁ。
「行ってみたい気はするけど敷居が高いょ。
ストリートチルドレン村の村長やってます、なんて自己紹介したら何を言われるか分からないし」
先方は大金持ちの筈。そんな人が俺みたいな立場の人間をまともに相手にするなんて到底思えない。
だってわざわざ王都から販路を開拓しに来てるんだろ。シェルド家みたいなお金持ちか貴族しか眼中にないって。
「そうよね。それにデモを見るより仕事をしたいし」
ミイナさんもお金持ち相手だと言うことに気が付いたみたいで、少し嫌そうな顔を見せた。
あっ、でも考えてみればミイナさん自身はストリートチルドレンじゃないからね。単に宿代をけちってこの村に逗留してるだけだ。
どうして国を出たかとか、詳しい理由は聞いていない。両親が亡くなって云々とギルマスが言ってたけど、あれはきっと作り話だろう。
「あんたら働きすぎだよ。セルバンは最近少しラクを覚えたみたいだけど、ミイナちゃんはあまり休んでないだろうに」
「そんなこと無いですよ。週に1日は休むようにセルバンに言われてて、最近はなるべくそうしてますから」
「その休みの日にうちに来て、木の実のアクセサリーを作ったりお手伝いしてくれてるじゃないかい」
ミイナさんが休みの日に村に居ないと思ってたら、カミィさんのお店でアルバイトしながらアクセサリーの委託販売もしてたんだ。若いのに働き者だね。
「伯母さんには話し相手になってもらえますし、お昼もご馳走になってるので申し訳ないんですけど」
「ミイナちゃん、そんなことしてたのかい。姉さんの店より、うちの道具屋の看板娘になって欲しいよ。うちは女っけが無くてたまったもんじゃないよ、姉さんとこはちょくちょく客が入ってるだろうし」
「こんなのは早い者勝ちさね」
カーマンさんの道具屋は職人向けの道具を取り扱っているから女性客は殆ど来ないでしょ。
「それより休みの日は休んで欲しいんだけど」
「それ、セルバンが言うの? 休みの日に私の家を作ろうとしてたじゃない」
「結局やらなかったからいいじゃん」
「はいはい、そんなことで言い争わないの」
カミィさんがパンパンと手を叩いて俺とミイナさんの仲裁に入る。別に口喧嘩と言う程ではなかったけど。
しかし、良く考えてみたらカミィさんとカーマンさんの二人が来ている時に鳩の解体する必要あるの? 二人とも何も言わないけど、少し引いてたよ。いや、美味しそうな部位を狙ってたのかも?
途中から気の効いたチビッ子がミイナさんから包丁をバトンタッチ。どうやらミイナさんよりこの子の方が解体が上手いらしい。
液体石鹸で手を洗ったミイナさんがお茶の用意を始める。なんと紫蘇茶だった。しかもほんのりと甘い。
ファンタジー世界感が台無しだが、この村のモットーは『食えるものは何でも食う』だからな。
甘味料は砂糖工場から出た絞りカスを発酵させたり何やかんで出来た物らしい。
基本的には堆肥に使用するのだが、チビッ子が研究の末に開発した……と言うか、偶然発酵した甘い香りに誘われて云々かんぬん苦労したとか。詳細は忘れた。
サトウキビのカスはプラスチック代わりに利用することも可能だが、ひょっとしたら俺の知っているサトウキビとは似て異なる物かも知れないな。
紫蘇茶で一服していると、特許担当のサティアさんがやって来た。今日は来る予定に無かった筈。
「居た居た。あのさセルバン、明後日の昼からうちに来てくれる?」
「え? ひょっとして何とかマキナのデモのサクラで?」
「知ってたのね。話が早くて助かるわ。職員と会員を当たってみたんだけど参加者が全然集まらなくて困ってるのよ」
そりゃそうだろ。何ヵ月もの時間と百万円近くを掛けて、誰が役に立たないケンタウロスの人形を欲しがるんだよ。
俺が成金なら欲しかったけど。
「貧乏してる俺が行っても仕方ないでしょ。それにそもそも参加人数を予め把握せずにバリシアまで来てデモしようなんておかしいでしょ」
「軍の方への売り込みがメインで、デモはついでみたいなの。それでも最新技術は貴族の男性に受けるから、三人応募があったのよ。あと三人ほど時間が取れてそこそこ頭の切れる若い子が欲しいのよ。
セルバンなら頭もいいし、時間あるでしょ。あるって言いなさいね、はい、決定。
拘束時間分の日当とお昼ご飯は出るわよ」
「オケ、行く。先にそれ言ってよ」
その場に居合わせた女性陣から、なんとチョロいと思われたセルバンである。
◇
「DXマキナ社のケンタウロス型ドールか。
コイツの情報はまだ入っていないのか?」
「あー、それなんですけど、王都では全然売れていないみたいですよ。やっぱり毎週パーツを届けるってのが受け入れられないようで。金持ちなら出来上がりの物を一括払いで買いますし。
確かに全て手作りなんで一度に全部のパーツを作れないのは分かりますけど。私なら普通にタミヤのラジコン買いますよ」
「なるほどな。それでマキナの開発者は勿論PCだな?」
「商売のやり方がまさにアレですから、月刊何とかですから、訊かなくても分かりますよね」
「月刊スナイパーライフルならセルバンに買わせたのだが」
「銃はまだまだ先ですね。それより1年後ぐらいには弓の進化型が出ると思います」
「アレか。開発に1年も掛かるのか。結構長いな」
「そりゃそうでしょ。あのドヘタな絵から起こすんですから親方も苦労しますって……クロスボウでもないのに苦労するボウ……ギャグになりませんよ、コンパウンドボウなんて。で、それが出来るまで次長の下僕が生きてる保証も無いですけど」
「お前がやった相手だと言うことを忘れるなよ」
「あ……すっかり忘れてました。けど、次長もあのキャラにずっと憑いてる必要はないでしょ。もっと派手に遊べるゲームにメインを移しましょうよ」
「ММOは手と目が疲れていかんからな」
「あー、それって年寄りくさい言い訳です。モテませんから」
「今更モテんでも良い。それよりお前のキャラはどうなった?」
「今のキャラはついさっき蜂蜜採取に出掛けて熊に襲われましたよ。冒険者登録してすぐに森に出るもんじゃないですね、治療費が払えません、トホホです」
そう言ってジロー神に見せたディスプレイには、熊に噛みつかれて止めを刺されようとしている瀕死の男性キャラが写っていた。




