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第35話 ヒール

 ミイナさんの腕は冒険者とは思えないほど綺麗で細かった。

 その腕の手首より少し上、腕時計をした時にケースが来る辺りに冒険者ギルドのロゴ、名前、登録番号などを示すタトゥーが入っていた。

 普段はバングルで隠しているとか。


「セルバンって、まさかデブ専?」

「えっ? 何で? ノーマルだよ」

「太い方が良いって言うし」

「あぁ、それ。冒険者は腕力も必要だから筋肉をもっと付けないとって意味なんだけど」


 ボディビルダーみたいなムキムキになる必要は無いけど、それなりの筋力はあって損は無い。


「そう言うことね。びっくりしたわ。

 運動は苦手だから筋トレも長続きしないのよ」


 この村では筋トレは誰もしていないけど、日々の活動の中で自然と体力、筋力はついてくる。

 養殖池を作って食生活を改善して正解だね。

 あとは鶏や豚が安定して食べられるようになったら良いけど、養鶏、養豚は色々とあって手が出せない。


 俺自身も攻撃力アップの為にもっと筋肉を付けたいと思っているけど、ミイナさんと同じで筋トレは三日坊主だからね。


「セルバンは魔法はどうなの?」

「魔法? 魔力を感じることは出来るし使えるけど、胸張って使えると言えるレベルじゃない」

「感じられるんだ、良いな……」

「ミイナさんは全然感じないの?」

「うん、これっぽっちも。魔力ってどんな感じ?」

「どんなってねぇ……」


 魔力は気に似ている。分かる人には分かるけど、分からない人には分からない曖昧なものだ。

 それでも魔力は確かに体の中に流れている。魔物の体に魔石があるのも、魔力が実在する証拠になるだろう。


 俺のやり方だと、息を吸い込み、吐く時に空気を圧縮しながら右手に送り込むようなイメージを何回も続けると、次第に右手にエネルギーが集まり温かくなる。

 そこまでの所要時間は五分以上掛かり、今の俺がその魔力を使って出来るのは擦り傷を治す応急手当て程度である。


 ゲーム的に表すなら『スキル:応急手当 レベル1 回復量1』ってところか。

 腹式呼吸を五分も続けてやっと発動した魔法の威力がこれじゃ、唾付けて治す方がマシじゃない?

 だから使えるけど、使えないと言ったのだ。


 そうか、この応急手当てをもっと使えるようになれば美少女が怪我した時にムフフ……どうしてもっと早く気が付かなかった?


「急ににやけてどうしたの?」

「……あっ、ごめんごめん。

 で、ミイナさんは魔法を使ってみたいわけだね?」

「剣は無理でも魔法なら体力はいらないでしょ?

 自分の身を守れるぐらいにはなりたいから、魔法を使いたいの」


 戦闘中に五分間も棒立ちになったら死んじゃうから、攻撃魔法は使えない。

 戦闘終了後に治癒魔法を掛けるってのが、安全な魔法の使い方だろう。それが自分の身を守るってことに該当するかどうかは分からない。


「俺の魔力の感じ方、一応教えるけど正しい遣り方かどうか知らないよ。

 それにショボいからガッカリしないで」

「うん、わかった。それでも良いから教えて!」


 夕日を背に干し草の束の上に座り込んで、二人で魔力を右手に集める訓練を行う。


「村長がデートしてるのっ!」

「あれはデートじゃない、お見合いだよ!」

「お見合いしたら子供が産まれるんだよ」

「嘘~! 寝ながらずっとチューする儀式をしないと産まれないって、冒険者のおじさんが教えてくれたよ!」

「赤ちゃん産まれないの?」


 それ教えたおじさん、どうやったら赤ちゃんが出来るのかって聞かれたのかな?

 とりあえず顔も名前も知らないおじさんに同情しておこう。


「あ、出来たっ!」


 突然ミイナさんがそう叫ぶ。視線は右手に注がれているから、魔力を集めることが出来たんだね。


「ほら、赤ちゃんが出来たってお姉ちゃん言ってるよ!」

「えーーっ!」


 夕食が出来るのを待っていた子供達がミイナさんの周りに集まってきて、赤ちゃんどこーっ!と騒がしいこと。

 子供は思い込みが激しくていけないね。


「子供じゃなくて、魔力が出来たのっ!」

「魔力って何? 美味しいの?」


 自分の作った魔力を食べてお腹が膨れるなら、ある意味究極の自給自足だね。


「ミイナさん、子供達に説明してね」

「村長がやってよ」

「自己責任でどうぞ」

「けちっ!」


 口を尖らせても無駄ですよー。そこにチューしろってお願いされたら喜んでたけど。

 さすがに子供達の前でそんな非常識を持ち出す訳にはいかないよね。

 魔力を知らない子供達に、魔力とはなんぞやってところから教えるなんて俺には無理。

 そう言う憧れの強いミイナさんが、仕方ないなぁと言いつつ、ドラゴンに拐われたお姫様を勇者が助けに行く物語を子供達に聞かせて拍手喝采を受ける。

 なるほど、見た目も良いし、楽器を覚えたら吟遊詩人にクラスチェンジしても良いんじゃないかな?


 残念ながら、今日の訓練の成果ではミイナさんが魔力を感じられるようになるまでに、十分近くの精神統一が必要だった。

 ミイナさんに転んで擦り傷を作っていた子供を治して貰おうとしたら、その子が待ちくたびれて何処かに行っちゃったから、俺がミイナさんを呼びに行ったもんね。


「それでは治療を始めます!

 コホン、大地にあまねく星々の聖霊達よ、我が手に集いてその力でかの者の傷を癒してみせよ!

 メルブロミンヒール!」


 ミイナさん……応急手当ての魔法の呪文を本気で考えていたんだね……お疲れ様です……。


 で、メルブロミンて何? グルコサミンの一種かな?

 よく分からないど、彼女の出身地にはそう言う物があったんだろう。うん、突っ込まないでおこう。


 ほんのりと淡く赤い光が彼女の右手を包み、その光を擦りむいた膝にそっと当てる。

 聖女のような優しい微笑みと言うより、研究者のような真剣な眼差しだな。


 光が消え、手を離すと擦り傷の面積が半分くらいに減っていたので、メラ何とかヒールは一応成功したのだと思う。

 初めて使ったのだから完治していないのは無理もない。

 だけど、また十分間も精神統一を続けると晩御飯が遅くなるからね。


 結局晩御飯の後にその子の擦り傷が完治した。

 我が村に遂にヒーラー的ヒロインが爆誕したのである!

 ちなみに俺なら一度で治せる傷だったと言わないのは、風邪薬の半分が小麦粉なのと同じ優しさ成分である。

 なんのこっちゃ。


 けど、確かに俺のヒールも初めはミイナさんと同じような効果しかなかったな。

 破傷風が怖くて何とかならないかと数ヶ月掛け、やっと使えるようになったんだよ。

 ミイナさんもあの時の俺と同じスタートラインに立ったんだと思うことにしよう。


 もし、このままミイナさんがヒーラーとして成長してくれれば、チビッ子達も安心して仕事が出来るようになるだろう。

 カマーンさんが紹介してくれた工房には、採取用アイテムとモグラの手とクロスボウ以外に安全帯も教えている。


 ワイヤーロープも勿論ナイロンロープも無く、麻のロープが主流の世界で安全帯も使わず高所作業をしているんだから、国内では落下事故が年に何件も発生していると聞いている。


 俺も村のチビッ子達も身軽さを買われ、そう言う危険な高所作業を押し付けられることがあるので安全帯は早急に作りたい物の一つだ。

 親方達に試作をお願いしているが、フックが外れないようロックする機構がまだ出来ていない。

 信頼出来る物が出来るまで何度でも試作を繰り返すと親方が……名前は聞いたけど覚えてないや……ドワ何とか? とにかく頑張ってくれている最中だ。



「次長のキャラ、アーチャーなのに初級ヒールが使えるんですか」

「おかしいな、ヒールは悪役が踵に使うものなのだが。ミイナにハイヒールを履かせてみるのも面白いな」

「ハイヒールで踏んだら治癒魔法が発動するけど、踏まれたダメージが残る仕様っすね?

 てか、ミイナって悪役だったんですね」

「いや、悪役は無しにする。ヒール、ハイヒール、目がヒール、アサヒヒールの使えるヒーラーになってもらいたい。ちなみにPCだよな?」

「間違いなくPCですよね。でもプレーヤーは分からないですよ。マジチュアにはフレンド機能とチャットが実装されていませんからね」

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