第34話 忘れていた……訳じゃないんだ
カマーンさんに工房に案内してもらうと、丁度のタイミングでカミィさんが新商品のクリップボードを受け取りに来ていた。昔の飲食店で伝票を挟むのに使ってた下敷きみたいなやつね。
食べ物をお裾分けしてくれたので、お礼代わりに教えておいたんだよ。
専用のインク壺、ペン、ペンホルダーも付けてあるので、外で字を書く時にかなり便利な自信作だ。
「あら、カマーンとセルバン君じゃない」
「姉さん、その板は? 新商品なの?」
「こないだセルバン君に教えてもらったクリップボードよ。これからの商人には必須のアイテムになるから、ご用命はお早いうちにね」
機嫌良くお腹を揺らして笑うカミィさん。少し生活に余裕が出来てきたせいで、以前はまだたっぷりあった服のウェスト周りの余裕が減ったんじゃない?
「儲かってるみたいだし、妹に一つぐらい分けてくれても良いじゃないの」
「商売とプライベートはちゃんと切り離さないとダメよ」
カミィさんって、思ったよりしっかりした考えを持ってる商人だったんだね。なのにクレームおばさんとか言ってて悪かったな。いや、単に妹に対してケチなだけ?
「カマーンもセルバン君を連れてきてるけど、何か教えて貰ったのかしら?」
「姉さんとは違うわよ、セルバン君が作りたいものがあるみたいだから連れてきてあげたの」
「その前にネタはないかって聞いてきたよね」
ここはきっちり事実をバラしておかないとね。そっちがおねだりしてきたんだから。
おばさん姉妹の二人が工房の前でお喋りしていると、ヌボッと大柄なおじさんが奥から出てきた。
「初めまして、セルバンと言います」
と先に挨拶しておこう。これで印象が多少変わる筈。
「儂はこの工房の主のドノバンだ。君が噂のセルバン君か。なるほど、利発そうな顔をしてるな。
作りたいものがあると聞こえたが」
しっかり二人の会話が聞こえてたのか。
「カマーンさんに何か新しいネタはないか聞かれて出したアイデアが、商売には繋がるかどうか分からない物ばっかりなんで試しに自作しようかと。
それと欲しいものが色々あるので、そちらもついでに作らせて下さい」
「なるほど。それならうちの見習いの子達と一緒に作ってみると良い。新しい物を一から作るのは勉強になるからな」
ラッキー! 職人見習いの手が借りられるなら作業は早そうだな。工房に連れてきてくれたカマーンさんに感謝しなきゃいけないかも。
それから一週間程村のことをチビッ子達に任せて工房に入り浸った。
十徳ナイフ、万能鋏、収穫用の籠付き高枝切り鋏は他の職人さんも空いた時間に手伝ってくれたので、早く形になった。
安全靴は靴職人とのコラボになるので別途協議の場を作るらしい。足を怪我する人は少なくないから良い商品になりそうだと褒められた。騎士の装備する鉄靴なんて履き心地が悪すぎるだろう。やはり履くなら革靴ベースの鉄板入りだよね。慣れないうちはかなり違和感があるけど。
残念なことに、お洒落なガーデニング用品は暇が出来たらな、と職人さん達は全く乗り気ではなかった。ガーデニングは女性のするものって刷り込まれているのかも。
冗談半分、革手袋にモグラの爪みたいな物と手の甲をガードする鉄板を取り付けた物も作らせてみた。
見習い達が喜んで穴を掘り出したので親方に拳骨をもらったみたい。変なものを教えてゴメンな。ちゃんと俺が持ち帰るから。
子供用の各種プロテクターは防具屋に相談となり、安全帯は俺の書いた絵がダメだったらしく、書き直しながら説明するとドノバンさんが真剣に考えてくれることになった。
その後で非力な俺でも強い矢が撃てないかと、記憶を探りつつコンパウンドボウを作ってみようとしたが構造が分からず断念。
ベテラン衆達は興味深そうに俺のスケッチを眺めていたけど、これじゃダメだとそのスケッチをどこかに持っていかれた。
あまりにいい加減過ぎて、焚き付けに使われたに違いない。
その代わりに自分専用のクロスボウを試作してもらった。
テコの原理を利用し、レバーで弦を引くタイプである。弓だと引き絞ったままで狙いを付けるのは体力面、精神面とも俺には向いていないからね。どうしてもクロスボウが欲しかったんだよ。
でもクロスボウの矢は弓の力と矢の長さと重量の関係なのか、金属製にしないと飛行が安定しない。
金属製だと村では作れないから使い捨ても出来ない。これは困ったな。
今使っている普通の弓なら曲射で遠くまで飛ばせるけど、クロスボウだと曲射すると安定が悪くて狙ったところに飛ばせない。
でも俺は戦争に参加して敵軍に上から矢を降らせるなんてことはしないから、基本的に仰角を付けて撃つ必要は無い。
あっ、木の上の鳥はクロスボウじゃ狙えないのかな?
多分だけど、威力を失わない短距離であれば斜め上に撃ってもそこそこ真っ直ぐ飛ぶけど、軌道は矢と羽のサイズにもよるんだろう。
とりあえず、クロスボウは狙いを付けてほぼ真っ直ぐに矢を飛ばす前提の武器だから弓よりは狙いが簡単。
それなら遠距離で弓、中距離でクロスボウを使えって?
威力だけ見れば三十メートル先の的だとクロスボウに軍配が上がるが、連射は出来ないから中距離では使い勝手が悪そうだ。
それなら矢の自動装填が出来たら良い。
上に弾倉を載せた連弩は実在してて、矢羽無しの丸い鉛筆みたいな矢を飛ばすから飛距離も命中精度も良くないので使いたくはない。
ライフルのマガジンみたいに下からバネで押し上げる矢筒が作れないかな?
それがあれば矢をセットする時間の分だけ連射性能は良くなるはず。
ただし重量増加……非力な俺の為に作る武器なのに、更に重たくしてどうするょ?
などと楽しく妄想しつつ構造を考えて、アホなオプションを付けるのは無理だと諦める。
それにしてもおかしいな、元々ここでは武器なんて作る予定は無かった筈なのに。
職人さん達と見習い達も面白がってアイデアを出してくれたから、俺も雰囲気に飲まれて調子に乗ったってやつか。
まあね、その結果だけどミイナさんから一週間も相手にしてくれなかったじゃない!と思いっきり文句を言われたのだが反省はしていないっ!
……違った、後悔はしていない、だっけ?
「で、私をずっとほったらかしにして作ったのが、そのクロスボウなのね」
「他にも木の実採取用のアイテムもあるから!
クロスボウはついで、だからね」
とても言えない、採取用アイテムは親方と見習いの子供達に丸投げして、自分はクロスボウに付きっきりだったなんて!
「クロスボウは村の防衛用には作らないの?」
「それね、敵に奪われたら困るような武器は作るなって言われたから、自分の分だけなんだ」
「そうなんだ……私も戦えるようになりたいから、何かそう言う役に立てそうな物が欲しいわ」
ミイナさんが使える物ね……そもそもだけだ、この人って戦えないのに商業ギルドを選ばなかったんだよね。
見た目バッチリだから、どこかの受付嬢とか秘書とかにでもなれそうなのに。
「ミイナさんって、どうして冒険者になったの?」
「人を直接救える機会が多いと思ったの。
自分はまだ能力に目覚めていないだけで、本当は凄くて訓練したりピンチに陥ったら英雄みたいに強くなれるんじゃないかって思ってるの」
ミイナさんや、それは一体どこのラノベのヒロインですかね……完全に発症してますけどっ!
「でも下手にパーティー組んだら、役立たずだからって足を斬られてダンジョンに置いていかれるかも知れないでしょっ!
だから一人で活動してたの。
でもギルドの人達にも何も出来ないヤツだって馬鹿にされて、それで町を変えながら生活してるのよ」
ラノベネタを重ねて来ましたね……アナタ、転生してることをもう少し隠しましょうね。
今ここには俺しか居ないから油断しているのだと思うけど、他人が居る時にうっかり喋るなんてミスはしないように頼むよ。
「こんなことになるなら、タトゥー入れなきゃ良かったよ。
歳を誤魔化して十五って言えば良かったのに、子供扱いされるのは嫌だから十六って言ったらこれだよ」
袖を少したくり上げて、細い腕に刻んだ冒険者のタトゥーを俺に見せる。
白くて細い腕は確かに冒険者には見えないね。
「もっと太くならないとね」
「えっ? えぇと……」
微妙な顔をしてよそを向くミイナさん。俺、何か対応を間違えたか?
◇
「セルバンの武器は『苦労す棒』か」
「非力な体ですからね。
でもアーチャーの弓術スキルで補正の付く武器にクロスボウは該当しないんですよ」
「そうなのか。それは困った」
次長がセルバンにダイブしても、クロスボウでは必殺技が使えない。これは下僕が職業に適した武器を持った場合にしか、ダイブした状態で必殺技が発動しない仕様だからだ。
「どうせなら剣士にクラスチェンジさせて、背中に大剣、左腕に連弩を装備してがっつきましょうよ」
「パクりは犯罪だぞっ!」




