第31話 夫婦剣
森の中に居ては、誰かが森の別の場所で発煙筒を使用しても視認は出来ない。
だが風に乗ってあの独特な匂いが流れて来れば、誰かの危機であることが察知出来る。
開発者が臭いとクレームを受けながらも頑なに匂いを無くそうとしなかったのには、そう言う深い理由があった……のではない。
あくまで発煙量と継続時間を最大限にすると、どうしても臭い材料を使うしかなかったのだ。
だが、そんな理由はどうであれ、鼻を押さえながらもデボラの元に向かう二つの影があった。
「誰かがアタリを引いたってことね」
「俺としてはハズレなんだが。助けない訳には行かないからな」
影の正体はローズ・マリー夫妻である。
二人組であるが、プライゾン王国に所属する冒険者パーティーの中でも実力はトップテンに入ると噂される凄腕である。
木々が邪魔をして真っ直ぐには進めない上に、地面には木の根が地表を這うように露出し、全力で走るのは困難である。
それでもなるべく早く救助を求める者のもとへ駆け付けるべく足を進め、二人の視界にゴブリンジェネラルの姿が映る。
その右手には、派手な鎧の女が力なく手足を垂らして掴まれていた。
「お楽しみを邪魔しちゃ悪いわね」
ローズの声に反応してか、ジェネラルがポイとデボラを投げ捨てる。
ゴブリンは食べるために人を襲うのだが、ジェネラルにも好き嫌いがあったようだ。
「なんか私を食材みたいに見てるんだけど」
「それは許してはいけないね。
君を食べても良いのは地上に僕一人しか居ない」
「やだぁ、もうエッチね。今日も美味しく食べてもいいのよ」
銀級では数人掛かりでも倒すのに一苦労するような相手を前に、二人は通常運転である。
「食えない魔物には遠慮はいらない。
目覚めろ、焔を宿し精霊の剣よ」
「同じく、焔を宿し精霊の剣よ、目覚めなさい」
二人が抜き放った二本の剣がその刀身に渦巻くような焔を纏う。
二剣一対の兄弟剣、いや、夫婦剣のヴェルカンとヴェスタである。
夫であるゾルトのヴェルカンは爆発的な攻撃力が持ち味であり、妻であるローズのヴェスタは決して消えぬ焔を宿す。
神が鍛えたとも言われるこの一対の剣は、二人に常識外れの戦闘力を与えるチート級アイテムである。
ただし、この二つの剣は近距離になければ真の力を発揮できないと言う欠点を持っている。
それだけでなく、所有者に他の剣を持つことを許されないほどの嫉妬深さまで有しており、そのせいで二人は包丁さえ扱えないのだ。
その為、パンを切る時は糸を使うのだとか。
尚、鋏は剣としては判定されていないので使用可能である。どうでも良い補足である。
ゴブリンジェネラルが夫婦に向けて放つパンチ、キックをヒラリと躱されるたびに、焔を纏う刀身がジェネラルの腕や脚に斬り付ける。
まさに二人の戦う様は剣舞のようであった。
夫婦剣の圧倒的な性能と技量により危なげなくゴブリンジェネラルを倒して見せた二人は、剣を鞘に戻すと赤い派手な鎧の女の安否を確認する。
鎧に守られたのかデボラは辛うじて生きていたが、手足の関節が壊れた操り人形のように垂れ下がった五体不満足の状態であった。
「うっ……ころ……くれ」
あまりの激痛にそれだけを言って気を失う。
夫妻がどうしたものかと悩むのは、生き延びたとしても彼女には不自由な未来しか訪れないことが明白だからである。
治癒魔法を使える者も王国の中には数名居るが、壊れた関節を治せるほど高度な魔法を使える者は少なくとも夫婦の記憶には居ない。
だからと言って、今ここでデボラを痛みから救うために命を絶ったとしたら、それはそれで殺人行為と受け取られ兼ねない。
「家族に任せるか」
二人はここでは結論は出さず、彼女の家族に丸投げすることを選択すると森の入口に一旦戻り、待機していた他の者を連れて彼女を嫌々ながら救出した。
幸いと言って良いのか、ある植物魔物の成分から麻酔薬が作られていて、これを投与することで一日ぐらいは眠り続けるだろう。
尚、その麻酔薬が犯罪者の手に渡るととんでもない事態になることは容易に想像が付くため、所持、保管出来る者は領主か各ギルドの長に限られている。
今回の作戦では軍も動員されているので、運が良ければデボラも麻酔薬で……デボラへの使用は軍から拒否された。
どうも朝一番の号令を耳にしたことで、デボラに対する悪感情が沸き起こったようである。
それでもゴンダンが気を利かせてデボラに持たせていた麻酔薬があったので、仕方なく使うこととなった。
デボラの話はこの辺りで良いだろう。
この日起きた地震の後に発生し、討伐されたゴブリンジェネラルは四匹であった。
ローズ夫妻とドルチェで二匹、軍で二匹である。
森は広大であり全域を捜索するのは事実上不可能であると考えるべきであるが、捜索はそれ以降も継続されることとなる。
ドルチェはそれでも構わないのだが、シェルド家の専属であるローズ夫妻はいつまでもこのギルアノ大森林に張り付いているわけにも行かない。
二人の本業はあくまで商会の護衛である。
軍からすれば、たった二人でジェネラルを倒せる戦力を失うのは大きな痛手であり、是非とも作戦に継続して参加してもらいたいと言うのが本音であった。
だが、冒険者ギルドから派遣された現地指揮官のデボラが負傷退場となり、代わりの指揮官が来なければ冒険者が好き勝手に行動しようが軍にはそれを止める手だてはない。
デボラと職員二名の遺体を載せた馬車を引いてローズ夫妻は領都バリシアへ出発した。
その代わりと言っては何だが、ドリチェの三人が軍の指揮下に一時的に編入となった。
元傭兵である三人は軍との共同作戦に理解があり、指揮を任されていたアルディオ大隊長を大いに喜ばせた。
翌日、日和見を決めながらまだ森の入り口にテントを張っていた冒険者達は領都への帰還を決定し、ギルアノ大森林に入るのは軍のみとなった。
アルディオ大隊長の意向を受けたドルチェの三人が、それぞれ小隊長となって兵を連れて森に入る。
その日のうちに四匹のジェネラルが討伐されたことで、ドリチェの三人の評価はまさに鰻上りである。
冒険者としての活動には近々ピリオドを打つつもりの三人に、軍からの勧誘が入る。
まさに渡りに船であるのだが、三人は返事を保留とした。
軍に所属するより、もっと面白いことをやってくれそうな少年を知っているからだ。
翌日からはジェネラルが発生しなくなったのか、捜索範囲を延ばしていったが発見には至らない日々が続くようになる。
いつまでも森に張り付くわけにも行かないと、見張りの櫓の建設が完了した日をもってギルアノ大森林の捜索活動は一旦打ちきりとなった。




