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第30話 デボラのピンチ

 デボラとギルド職員セプトとウィットとの口喧嘩が勃発、それが掴み合いの喧嘩になった時のことだ。


 グラッッッッッ!


 なんの前触れもなく、大きく地面が左右に揺れた。


 木々が大きく揺れ、うるさい程に大量の鳥達が悲鳴を上げながら木から飛び立ち、栗鼠達が慌てて木から飛び降りた。


 地震を体験したことの無いデボラ達は一様に悲鳴を上げてその場にへたり込む。

 揺れた時間は僅か数秒、セルバンがここに居れば震度四かギり五弱ってとこかな、と分析しただろう。


「びっくりした! 今のが地震ってやつか?」


 いち早く立ち直った冒険者Aのネフがキョロキョロと地面を見渡す。


「本当に揺れるんだ……まだ足が震える」


 冒険者Bのジスも立ち上がり抜いていた剣を鞘に戻す。


「まさかデボラの怒りがこれ程までとは……」

「そんな訳あるかっ!

 それなら何回も経験しとるわっ!」


 職員のセプトとウィットがボケて突っ込む。意外と精神的に余裕があるらしい。

 そのネタにされたデボラだが、一頻り喚いた後に荷物を投げ出し走り出した。


「誰にもそう言う時があるわな」

「冷静かっ!? あのおばさんが一人で出口に戻ったら、俺ら殺されるぞ!」


 ネフのボケはジスには通じなかったらしい。

 元々顔見知りだったわけでもない二人だから、ボケの方向性に違いがあるのは仕方のないことだろう。


「ちょっとネフさん、ジスさん!

 デボラを何とかしてくださいよ!

 殺るなら今がチャンスなんですから!

 でも刃物は証拠が残るから使わないでくださいよ!」

 

 さすがギルド職員、余計なところに気が回る……が、そもそも何か言っていることが間違っていないか?

 冷静にそんな恐ろしいことを言えるのだから、それだけ普段からデボラに振り回されパワハラを受けていると言う裏返しでもあるのだろうが。


 だがセプトとウィットの望みは意外な形で叶うのだった。


 グハッ!

 悲鳴か何か分からない音を立て、デボラが突然何かに弾かれたように体をくの字に曲げて大きく後ろに飛んだのだ。


 デボラを追いかけていたネフとジスがデボラの向こうに見付けたのは、ゴブリンにしては体が一回りは大きな魔物であった。


「まさかゴブリンウォリアーか!」

「メイス持ちのウォリアーはやべぇって!」


 職員のセプトとウィットは剣を持った敵に比べれば大した相手ではないと思ったのだが、ゴブリンウォリアーの後ろから二匹のゴブリンも現れたことで冒険者二人を置いて逃げ出そうとした。


「馬鹿野郎っ! 狼煙を上げるのが先だろうが!」


 ネフに怒鳴られた職員二人がそうだったと逃げる足を止め、やたら煙の立つ狼煙用に開発された発煙筒に火を着けた。


「くっせっ! 鼻が!」

「確かに煙は凄いけど匂いも凄い」


 燃やすととんでもなく燃える魔物の分泌液を染み込ませたこの発煙筒は、一時間も煙を出し続ける優れものである。ただし、極端な匂いを除けば。


 だが、この匂いがある程度は魔物避けにもなるので戦えない者はこの発煙筒の側に居ると安心である……が、服にも匂いがこびり付くので命を取るか匂いを取るか、究極の二択を迫られるのだ。


 職員二人は匂いと戦うことを決め、冒険者二人はゴブリンと戦う。どちらも負けられない一戦である。


 ネフとジスの剣が量産型ゴブリンを倒し、残りはゴブリンウォリアーの一匹となった。

 銀級と言っても強さには大きな幅があり、銀級でも中の下の二人には、メイス持ちのゴブリンウォリアーは手強い相手だった。


 剣をメイスで防がれると剣を傷める恐れがある。

 その為いつもより慎重な剣運びが必要となり、二対一の数的有利を生かし切れずに攻めあぐねていた。


 だが、ここで派手な防具と分厚い脂肪によって致命傷を防いだデボラが立ち上がったのだ。


「糞ゴブリンの分際でっ!」


 デボラが珍しく剣を抜く。

 派手な装飾の施されただけの、性能的には普通の品であるが、

「聖剣タングスティーンの錆にしてくれるわ!」

と芝居がかった名乗りをあげると、右上に振りかざしながらネフとジスの間に割り込むように一直線にゴブリンウォリアーへ駆け寄った。


 聖剣と言うのは嘘だろうが、金持ちなら名剣の一つ二つは持っていても不思議ではない、それならデボラに続きを任せよう……ネフとジスのその判断がデボラの運命を決定付けた。


「こら、お前ら! ちゃんと牽制しろや!」


 ゴブリンウォリアーからネフとジスが一歩引いたことで、デボラ対ゴブリンウォリアーのサシの勝負となった。

 勿論この構図は彼女の望むものではなかった。

 あくまで三対一で美味しいところを持っていくつもりだったデボラが顔を青くしたが、それでも死にたくない一心で振り下ろしたタングスティーンがゴブリンウォリアーのメイスとガキンと打ち合う。


 良い感じに鍔迫り合いとなった隙に、ネフとジスが左右から剣を突き刺しゴブリンウォリアーがクチから血を吐いた。


 突然の出来事に意味が理解出来なかったデボラの右足に、ゴブリンの手からゴトッとメイスが滑り落ちる。

 動きやすさを優先し、防御力のない靴を履いていたデボラが大きな悲鳴を上げた。足の甲を骨折したのである。


「あ……ゴブリンってどこで装備を手に入れてんだろな?」

「そう言えば不思議だよな」


 ネフとジスがそんなどうでも良い話をしながら痛がるデボラを無視する。


「痛い!痛い!痛い! 何で私がこんな目に!」

「自分が来るって決めたからじゃないですか」

「そうそう、子供に出来て自分に出来ないことがないとか言っていましたっけ」


 パワハラを受け続けていた二人の職員も同情する気さえ起こさず、痛がるデボラを馬鹿にしたような態度を取る。


 だが、その態度が神の勘気にでも触れたのか。

 人の頭より大きな岩が突然セプト目掛けて飛んで来たのだ。

 何かが風を切る音を耳にし、そちらを向いた瞬間セプトの胴体に岩が直撃した。


 嫌な音が響き、セプトだった物が岩を抱きながら地面に激突した。

 その様子を目の当たりにしたウィットとデボラが顔を真っ青にしながら、岩の飛んで来た方向に顔を向ける。


 ゴブリンウォリアーより明らかに大きなゴブリンがもう一つの岩を投げたのは、二人の視線がそのゴブリンを捉えたのと同じ瞬間であった。


 それから一秒、二秒の間にウィットの体も同僚であるセプトと同じ運命を辿った。


「ジェネラルゥゥゥッ!」


 見た目ではゴブリンジェネラルとゴブリンキングの見分けは付かないが、キングであれば軍隊のように大群を率いて現れる。

 よってデボラの鑑定は正しいが、だからと言って彼女の身の安全が保証される訳ではない。


 冒険者ネフとジスは、自分の腕ではゴブリンジェネラルには太刀打ち出来ないと早々に諦めると、デボラを置き去りにして逃げることを選択した。


 いや、冒険者流に言えばゴブリンジェネラルの発生を本部に知らせる為に、無事に帰還することを選択したのだ。

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