第29話 デボラ、森に入る
……需要が無い? そう言わずに我慢してね。
時間は少し遡り、セルバンが骨壺を作っていた時のことだ。
領都バリシアからも程近く、新米の冒険者からベテランまでが狩りに利用するのがギルアノ大森林である。
つい先日、セルバンが奇跡的にゴブリンジェネラルを倒したことでギルアノ大森林は噂ワードの上位に入る勢いである。
バリシアから日帰りも可能なので、普段は森の入り口には数えられる程度のテントしか張られていないのだが、ゴブリンジェネラルが発生した翌日と言うこともあって百を越える兵士達が派遣されてさしずめテント村のような状態だ。
また、冒険者ギルドからもデボラを隊長として複数の冒険者パーティーがこの森の探索に入る手筈が調っている。
真っ赤なテントの前でデボラが冒険者達に号令を掛ける。
「はいはい、あんたら、チンタラしてないでゴブリンジェネラルを探しに行きな。
あんな雑魚兵士なんかに先を越されるんじゃないよ」
派遣された兵士と冒険者は別に早い者勝ちの競争をしている訳ではない。
距離が少し離れていると言っても、キンキンと響くデボラの金切り声は兵士達にも届き、キッと睨まれたのだ。
それには気が付かない幸せなデボラは、自分の言いなりとなって動く職員二人、セプトとウィット、護衛役の冒険者二人、ネフとジスを連れてドルチェの三人、ローズ・マリー夫妻と離れたルートを通り森へと踏み入った。
デボラの装備品は森の中でも良く目立つ赤とオレンジ色で塗り分けられていて、じっと見ていると目がチカチカしてきそうだ。
指揮官が目立たなくてどうする?と言う考えを冒険者が持ってどうする?
森の中で目立つメリットは確かにある……のかも知れないが、それは同時にデメリットでもある。
ただ、今は平時の活動とは違うので、目立つと言うデメリットは敵に発見されやすく、敵を自らのもとに誘導出来るメリットとなる……と良い方向に考える同行者の四人である。
その毒々しいカラーリングの鎧が進むにつれてヨロヨロと緩慢な動きに変わっていく。
「デボラ隊長、大丈夫ですか?」
「ちっ! どうして私の周りだけ敵が多いんだよ!」
「はぁ……? 人気者ですね」
普段の鍛練不足をばらすまいと、いかにも何か敵が飛んで来るのを追い払うように剣を振って見せる。
実際に虫型魔物達の目には美味しそうな獲物に映った可能性はある。
何度も休憩を入れ、水をガブ飲みするのだから腹も重たくなってくる。
汗となって水分が飛んでいくのか、尿意を催すことがないのは幸いであろう。
彼女達が森の中を進める時間はどんなに長くても片道三時間。徒歩での時速が平坦地では五キロ程度であるが、トレッキングコースでもない森を歩くとその半分にも満たない。
デボラが捜索可能な範囲など僅か四キロの半径に収まりきるだろう。
とは言え、セルバンがゴブリンジェネラルと遭遇した場所も森から入って三キロ弱の地点なので、浅い場所をシラミ潰すに歩く、と言う意味はあるかも知れない。
しかし二時間も歩くと、遂に大雑把な性格のデボラ本人の体力と我慢の限界が達し、キィーっと絶叫する。
「何で私がこんな森の中を歩かないといけないのっ!」
「そりゃ、デボラさんが自分でゴブリンジェネラルを倒すと言ったからですよね?」
それは真実であるが、この場合の回答としては不正解である。
人には真実を素直に受け止めることが出来ない時があるのだから。
「あのガキ大将が余計なことをしやがったせいでしょうがっ!」
とんでもない冤罪だ……さすがいつも通りのデボラクオリティだと職員二人は納得し、そうですよね、子供に余計な真似をされたら困りますよ、と軽く受け流した。
これぞ冒険者ギルドで生き抜く世渡り上手の見本である。
「セルバンは別に悪くはないっしょ?
デボラさん、何言ってんすかね?」
「さぁ、誰かのせいにしたくなる年頃なんだろ。更年期じゃね?」
デボラのことを良く知らないが、おばさんの森歩きの護衛程度ならラクが出来そうだ、と深く考えずに護衛依頼を受けた冒険者の二人は、なんだ? このおかしな生き物は? と言った顔をする。
「キィッ! そこの二人っ! クビよっ!」
聞こえないように言ったつもりの二人だが、地獄耳スキルのレベルだけは高いデボラの耳にしっかり聞こえたらしい。
「クビとか言われても、俺ら居なくてどうすんです?」
「迷子になっても知りませんよ、キャンプ地への帰り道も分からないでしょ?」
森歩きで本当に怖いのが道に迷うことである。
デボラは子供ではないので迷子と言うのはおかしな話だが。
外国語で迷子になるってのは道を失うって意味の表現になるから大人も子供も関係ないけど。
「なら、キャンプに戻ったらクビにするわ!」
「ヘイヘイ、ご自由にどうぞ。
俺らをクビにしたら、次から護衛を受けてくれる銀級は居ないでしょうね」
「だな、俺らは知らずに旨い依頼だと思って受けたけど、他のやつらが先に動かなかったのも納得だ」
「キィィーッ!
何がそんなに気に入らないってのよ!」
ホントにキィーなんて喚く生き物が居たのか、と苦笑するのは護衛の二人だけではないが、世渡り上手な職員は笑う顔をデボラには見せなかった。
「そりゃ、勘違い、喚く、派手、太い、性格悪い、頭おかしい、よし、六本で跳ねたな」
デボラの気に入らないところを指折り数えて口に出す、素直な冒険者ネフにデボラの鞭が飛んだ。
「キィーッ! もう許さないわ!」
「いてえっっ!」
何とも森の中で騒がしいこと。
ゴブリンジェネラル退治にお仕置きに使っている愛用の鞭が必要かどうかはこの際置いておこう。
「くそ、手を出されて黙ってちゃ冒険者の名折れ」
「そうだな、三人ともヤレば大丈夫。どうせ お前ら二人もデボラの糞だし」
鞭が当たったネフがシャキっと剣を抜くと、相方のジスも同調して剣を抜き、職員に向けて牽制する。
「じょっ、冗談じゃないですよ!
私らだってこんなのと一緒に居たくはないんですよっ!
でもね! こっちにも生活ってもんがあるんです!」
「ホントですよ!
あのね、こんな変態でも上司なんだから従うしかないんですょっ!
私らがどんだけ嫌な思いしてるか知ってます?」
職員二人の思いがけないカミングアウトにたじろぐと、
「ぉ………それはスマン……じゃあ、デボラ殺っても黙っとけよ」
「上司ガチャの失敗組か、大変だったな」
と矛先をデボラに絞る。
「ちょっと二人とも! 今なんてった?
私のこと目茶苦茶言ってなかった?!
もう一回言ってみな!」
「何度でも言いますよ!
私らだってこんなのと一緒に居たくはないんですよっ!」
「ホントに言うなっ!」




