第20話 クリティカルとファンブル
ゲーシルさんが森の入り口に戻り、ローズさんの旦那さん他数名を呼んで救出に来て貰うことに決まった。
ゲーシルさんが怪我人を背中に担いで運ぶ、なんて無茶なことはしない。
「ヒト型の魔物ってのは馬鹿なりに知恵が回る。しかも群れると厄介だ。
家族計画も何も無いから、いくらでも増えてくる」
恐らくゴブリンだと思うけど、魔物に家族計画なんてあったらそれはそれで見てみたい気もする。
「傷は刃物で付いたものだろうな。
魔物の剣でやられると、綺麗に洗わないと化膿して大変だよ、痛くてやだね」
「コロニーが出来ていないかを確認しないといけないか。
仲間も探してやらないとな」
「ボウズ、言ったらなんだがここからはかなりキツイかも知れん。リーダーと一緒に戻れ」
定番のゴブリンが相手なら、この面々が居ればそうそう遅れを取ることは無いとは言われたけど。
キツイって、体力的にではなく精神的にって意味かも。
「いや、付いて行くよ。何があってもこの目で確かめるから」
「そうかい。なら好きにしな。
その代わり、あまり音を立てないようにな」
救援を呼びに行ったゲーシルさんからローズさんにリーダー権が移動し、奥に居る筈の仲間とヒト型の魔物を探して出発する。
それからどれだけ進んだか、俺でも分かるぐらいに足跡が行き来している場所に出る。
「離せっ!」
「やめて!」
「Ω¶∠!」
その先から二人の女性の声と何かの声が聞こえてくる。
「最悪のケースではなかったようね」
「だな。しかし、けしからんな」
ローズさんとロヒッカさんが二人で納得しあっている。
「最悪のケースって?」
「さっきの男が嘘を付いて、私達を罠に嵌めた場合よ。
それも嘘のケースと、誰かに脅されていたケースに分かれるけどね」
「あの二人、この後のことを考えると最悪だな」
敵の背は俺と同じか少し低いぐらい、肌の色は日焼けでは無いと思うが比較的濃い茶色、特徴的なのは不細工な頭と顔のヒト型の魔物。
「あれがゴブリン……か」
「知っていたのね、セルバン」
「いや、何となくそうかなって」
「そうなのね。元々は『ゴブリ』って呼ばれてたのが、いつの間にか『ン』が付いたのよね。でも可愛くないわ」
「……『ン』……のこと?」
「あれ? 違うの?」
『ゴブリ』って、一文字無いだけで凄い違和感だよ。
きっと『ン』を付けて呼び始めたのは転生者に違いない。『ン』のことは現地の人達に話を合わせておこう。不都合も無いし。
「合ってるよ……で、あの二人はここに連れてこられて、やっぱり……」
「ええ、このままだと想像通りになると思うわ」
「妊娠したら大変だ! 急がないと!」
「え? そんなのしないわ。食べられるだけだから」
「そうなの? それならまだ良かったのか」
「良かった? どうも村……セルバン君の言うことと話が噛み合ってないわね」
この世界のゴブリンは食べる為に人を拐っていくのか。
神様っ! 主に俺が混乱するから、そんなところで一般的な設定から変えなくても良いと思いますっ!
「お前ら、馬鹿言ってないで二人を助けるぞ」
「パッと見たところの敵は十一匹。一人四匹には一匹足りないか。マリーさん、俺らは先に二人に近い奴等を片付ける」
コクダイさんとロヒッカさんが、倒れている女性に近いゴブリンから倒していくと宣言して走って行った。
「セルバン君、弓で二人を拘束しているヤツを倒せる?」
「自信は無いけど」
「なら、私が合図を出したら空いてる場所のゴブリンを撃って」
最優先は人質の救出だ。
だが素人レベルの俺の弓の腕前では、その人質か救助に向かった二人に矢を当てるかもしれない。だから人質から離れた位置に居るゴブリンに矢を撃ち込んで動揺させろって指示だね。
くそっ、ウィリアムのテルさんとかロビンのフッドさん並のチートとは言わなくても、そこそこの腕が欲しかった。
普段の狩りで水鳥を撃つ距離は約三十メートルで命中率は半分ってところだ。
女性二人までの距離は普段の狩りの時とそう変わらない。
牽制の為に撃つのであって、体のどこかに当たればラッキーと言うつもりだ。
飛距離ドンピシャだと外れた場合に女性に当たる可能性があるから、最初から狙いを二人より遠くに居るゴブリンにしておけば、矢が左右に逸れても女性に当たることは無いだろう。
そう考えていつもより気持ち上を飛ばすように矢をつがえ、精神を集中する。
早く撃たなければ女性が殺されると焦る気持ちを抑え、的にするゴブリンだけを視界に捉える。
「撃てっ!」
女豹さんの格好いい合図から遅れることコンマ数秒、矢はほんの僅な曲線を描いて飛んで行く。
「二射目は自分で判断して!」
ローズさんは矢が放たれたと同時に飛び出していた。
その矢は予定通りに女性二人を通り越したが、目標にしていたゴブリンをも飛び越えた。だが、それでもまだ地面には達しない。予定外に飛びすぎだ。
なんでこんなに飛ぶんだ?と不思議に思い始めた時、矢が新たに現れた何かの顔面に命中した。
文字にすると、グォォォォ!に近い悲鳴が発せられた。
「キングっ!? いや、ジェネラルか」
とコクダイさんが叫ぶ。
まさかのゴブリンジェネラルが出て来たの?
遠近法が少しおかしく感じるぐらい、ジェネラルの体は他のゴブリンより大きい。
だが俺の矢は当初の予定をかなり超えて飛んだ結果が幸いしたようで、そのゴブリンジェネラルの左目に刺さっていた。
これってファンブルでもガターでもなくクリティカルヒットだよね!
「さすが村長!」
……緊張して、弓を新しいのに変えていたのをすっかり忘れてたっ!
威力が増しているだけあって、前の廃棄寸前の弓より距離が伸びてしまうのは当然だ。
でも恥ずかしくて本当のことは言えないよっ!
「もう一発頼むわ! どこでもいいからジェネラルを牽制して!」
どこでも良いと言われても、人質と味方は避けなきゃいけないし。
でもさっきと同じ狙いなら距離は同じ! 当てなくても続けて撃ち込むだけで三人の援護になるんだよね!
ローズさんは俺の射線を確保するように大きく左に避けてくれたので、それならまっすぐ撃つっ……馬鹿っ! そこの女二人! 今は立つなよっ!
一瞬立ち上がろうとして直ぐにしゃがみこんだ二人だが、そのせいで発射の瞬間に僅かに手元が狂って……
グォォォォ!
なっ!? 今度は右目っ!?
狙いが狂ったのに、二発連続でクリティカルヒットって……これって絶体あの神様が俺を使って遊んでるだろっ!
なら、これで留めだっ!
気合いを入れて放った三射目は……スカッとジェネラルの右を飛んで行った。
神様、俺に喧嘩売ってるの?
でも敵の最大戦力の視界を奪えたのは有難い。
ゴブリンジェネラルが激痛でのたうち回っている内に、二人をこの場から引きずり出して救出させてもらおうか。
ゴブリンの数は片手の指でお釣りがくるまでに減っているし、コクダイさん、ロヒッカさん、ローズさんが抑えてくれているから、これなら俺でも助けに行けるだろう。
しかし、あの三人はかなり強いのに、それに対抗出来ているあのゴブリン達ってかなり強いんだな。
既に倒れてるゴブリンと違って装備品もしっかりしているみたいだし。
ジェネラルはまだ少し離れた位置にいるけど、顔を押さえて目茶苦茶暴れている。
下手したら女性二人の元に移動する可能性もあるので、あの場所から動かしておくべきだ。
さっき立ち上がろうとしたけど、やはり動かないのは怪我をしているからだろうか?
弓を置き、警戒の為に貰ったばかりの剣の柄に手を添えながら女性の元へ走って行く。
「なんで子供が! 危ないわ!」
「ここは危険だから逃げなさい!」
そりゃ確かに子供だけど、助けようとしているのに二人からその言われようは傷つくよ!
「助けに来たんだよ! 怪我は?」
「脚を痛めてて」
「私は腰をやられたわ」
ズボンの裾を捲ってみると、脚は少し見ただけでもアザが出来ていてとても痛そう。
もう一人、残念ながら腰は簡単には確認させてくれなかった。非常時でもセクハラは駄目か。
「あっ!危ない!」
目が潰れて見えなくても闇雲に敵を探そうとしていたジェネラルが、セクハラまがいな確認をしようとしている間に近寄っていたらしい。
ブンッと振った手が音を立てて向かってくる。
まさか声を頼りに動いてきたのか?
とっさに鞘から抜き放ち、ジェネラルの手を受け止めようとした俺の短剣がヒュッと風を切る音を立てて飛んで行った……嘘ッ! 俺の馬鹿っ!
いくら焦ったからって、こんな時にファンブル出すなよ! 力加減は忘れるなって!
グォッ……ォォ……
あれ? 飛んで行った短剣がジェネラルの喉に命中しちゃったよ。ドサッて……凄い音がして砂埃が周りに舞い上がる。
それにしても、貰った短剣だけど想像以上に良い切れ味してますねぇ……倒れたゴブリンジェネラルが血の涙を流しているのは、あまりにも酷い倒され方をしたせいだろうか。
◇
「しばらく自分探しの旅に出る気分になるので俺を探すな?
くそ次長……」
敢えて言葉で表現するなら白い空間に、一人の職員が光る長方形の画面を見ながら愕然と立っていた。
「まっ、どうせトイレでゲームですよね?
ちょうどワールドボスの出る時間だし、ダイブするつもりなんでしょ」
次長が居ないのを良いことに、ケント神は右手に缶を取り出しゴクゴク……
「プハーっ! 次長室で飲むビールは一味違うっ!」
クチの回りを左手の甲で拭うと、飲み終わった缶をポイっと投げ捨てる……床は無いので何処までも落ち続ける空き缶はこの白い空間から消えていった。
「神サーチ……指定はマジカルミニチュアガーデンのジロー次長……あ、居た居た、やってる」
ケント神が右の掌の上に出した光る長方形には、ゴブリンジェネラルと対峙する一人の子供が弓を引き絞っているシーンが写し出された。
「直接の干渉は不可能だからって、ダイブチケット使って憑依する楽しみ方って役職持ちとしてどうなのでしょうか?
ポイ捨てを容認してくれるので、チクリませんけどね」
セルバンの放った矢は本来有り得ない軌道と速度で出現した直後のゴブリンジェネラルの右目に命中した。
そして二十秒後に発射した矢が続けて左目を見事に射貫く。
幾ら神と言えど、下僕を操り必殺技を発動するには一定時間のクールタイムが発生するのだ。
「ここはさっき当たったばかりの『分かるんです∑』の出番ですね。ポチっとな」
(……これって絶体あの神様が俺を使って遊んでるだろっ!)
「確信は無いでしょうけど、ビンゴってます。
本当に他のプレーヤーの下僕の内心が分かるとは、とんでもないチートアイテムですよ。
使う場面はそう無いんですけど」
画面に写るセルバンが心の中で呟いた真実を言い当てたことにケント神が驚くが、セルバンの体が次長によって操られているとは気が付いていないようだ。
まだ必殺技のクールタイムを二秒残してセルバンが放った三射目は当然ながらスカッと外れる。
その後に次長の操るセルバンが何を狂ったのか、ゴブリンジェネラルの前に居た女性二人のもとへ走りよる。
「それはちょっとマズイって!
次長、そのキャラのジョブはアーチャーですよ!
アーチャーだけに、殺られてアチャーっ!て言わせるつもりですねっ!」
その駄洒落が発せられたとほぼ時を同じくして、セルバンが身震いしたのは偶然だろうか?
「はぁっ!?
子供に何で課金アイテム持たせてんです?
しかも投げ……まさかの急所攻撃っ!?
なんてムチャなプレーを!」
ゴブリンジェネラルが倒れて数秒後、ヒュンと音を立てて次長が現れた。
「あれはログインボーナスのノーマル武器ガチャで引き当てたSSRの『必中の短剣』だ。
アーチャーが扱える近接武器としては最強の部類だが……如何せん使い捨てでな……何かビールの匂いがするが……向こうで楽しんできたので今は機嫌が良い。
だが空き缶は持って帰って適切に処理するように」
「はっ! 勿論であります!
……あの、次長。次長の下僕、初めて森に入って初めて倒した魔物がゴブリンジェネラルってことになるんですけど」
「ん? それがどうした?」
「……いえ、何でもないです、では失礼します!」
空き缶のポイ捨てがバレていなくてホッとしつつ、次長のせいで下僕に今後厄介事が降りかかることになっても知らないぞ、と内心ほくそ笑みながらケント神が部屋を出る。
「ゲームはやはり憑依に限る……問題はチケットの入手か……ケチ運営め」




