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第15話 セルバンが偉い人達の話のネタになる

 ここバリシア領はプライゾン王国でも王都ラアルズカードに次ぐ規模を誇る大都市である。

 バリシアの誇る巨大城壁は元々田畑を食い荒らす鹿の侵入を食い止める為に建設が始まったことから、バンビの長城と渾名される程の名物である。

 この辺りにもあの下手くそな神の介入が感じ取れるが、それは置いておこう。


 ある建物から城下を見下ろす二人組の姿がある。


「最近、東側の治安がかなり改善されたと報告があるが、何かあったのか?

 ゴロツキを処刑したと言う話は聞いておらぬが」

「はい、その件に関係ある事案で今回相談したいことがあると、商業ギルドから打診が来ております」

「商業ギルドだと?

 治安維持に関してなら衛兵隊か冒険者ギルドから上がってくる筈だが」

「普通ならそうですが、どうも一人の少年が大きく関わっておりまして」

「少年だと?」

「詳しくはこの後の会議で」


 何やら知っているが敢えて隠し事をしている様子に僅かな苛立ちを覚えたものの、不都合な事案であればこのような態度は取る筈も無いと、この家令を信用している彼である。


 丘の上に建てられた城は見晴らしも良く、遠眼鏡を使えば広大な領内の大部分を望むことも可能である。


「間違えても太陽を見ないようにお願いしますよ」

「お主は我に、目がっ!目がっ!と言わせたいのか?」

「いえ、年に何件かはそのような報告があるものでして念の為」


 いたって真面目に答える家令に、馬鹿なことを言って笑わせる気はないのかとガッカリしながらもゴホンと咳払い。

 気を取り直して、バリシア領主が遠眼鏡を当てて家令に指示された方向に向けて地面を探してみる。


「父上にも困ったものだ。何度見ても溜め息しか出んよ、これ程広大な範囲を城壁で囲む必要が……ん?

 あの土で出来たような建物群は?」

「それが件の少年が建てた小屋にございます。

 粘土と藁で作った日干しレンガで壁と屋根を作るので、あのような見た目になるのですが」


 確かに外見はみすぼらしいが、なるほど、これなら戦地での材料調達も建造も容易ではないかと閃き、忘れぬようにと心のメモ帳に書き留める。


「その日干しレンガの製造と、レンガを使った建築には何か特殊な技術は必要か?」

「子供達から聞いた話では、木型さえ」

「ちょっと待てっ! 子供達から聞いたとはどう言うことだ?」


 建築したのは大人である筈。それなのに、本質を知らずにただ手伝うだけの子供から話を聞いて一体どうするのだ?

 部下も随分無能になったものだとバリシア領主が混乱し、家令の言葉を途中で遮った。


 赤っぽい色のレンガ作りは古くから行われており、バリシアでも赤レンガ通りと呼ばれる市場がある。

 しかし製造には手間暇が掛かるだけでなく、焼成するための燃料も必要であり、次第と木造建築が主流となってきている。


 強度に問題がないのであれば、石で組まずに日干しレンガで城壁を組めばどれだけ低コスト化が図れたものか。

 ただし、その見た目が町の中の景観にマッチするかと言われれば答えはノーである。もし利用することがあるとすれば、戦地での仮の拠点や防壁であろうか。


「ですから、全てが少年の指示によるものでして。

 詳細については商業ギルドの職員によって現地調査は済んでおり、詳しい話を領主様に伝えた後に今後の方針を定めてまいりたいと申し出ております」

「にわかには信じられぬ話であるが、話を聞いてからであるな」


 この後の会議に商業ギルドのトップも参加予定である。

 話を聞き、可能であればその少年を建築部隊員として招聘するのもありだな、と会議室に足を運びつつ領主は考える。


「確か、あの辺りはかなり前に焼き払って以来、何にも利用されず放置しておったな。

 てっきりトウモロコシ畑にでもするのかと思っておったが」


 バリシア領主が十年程前の出来事を思い出し、少しだけ顔をしかめる。


「畑は大して広くはないな。川岸の方に何か建設するつもりか?」

「細い排水路で捕まえたドジョウや川海老や沢蟹を養殖する施設らしいです。

 水路で捕まえたものは採卵にのみ使用し、育てたドジョウなどは味も大変良く、健康被害も出ていないと実際に食べた者から報告がありますね」


 ドジョウと言う生き物は知らぬが、排水路で採集した物を食べずに繁殖させてから食すとは、中々頭のキレる者が計画を練ったに違いない。


「この後の報告が楽しみであるな。

 しかし、その少年はどこでそのような知識を得たのであるか?」

「産まれは不明で、物心ついた時にはこの町で路上生活を送っていたそうです」

「それが今になって活動を始めたと言うことか。

 気になることはあるが、まずは話を聞いてみてからだな」


 二人が会議室に入ると、既に予定の席は埋まっていた。


「先程、遠眼鏡を使い、噂の掘っ建て小屋村をバリシア領主ラトリーシェ・ション・バリシア様にご覧頂きました。

 また、村の施設についても少しだけ私から話しております」

「我も多忙とは言え、一人の少年があのような村のような物を作り上げたことを知らずにおったのだが、その件に関して商業ギルドから報告と相談があるとのことで相違ないな?」


 ここで商業ギルドから来ていた三人が軽く頭を下げる。


「左様にございます。

 議題が多いので、調査を行った特許担当のサティア・ルガーノと、危機管理担当のジェルダ・ション・シェルドから報告させます」

「あ、イモンさんズルいです!」


 商業ギルドのギルドマスターであるイモンは初めからサティアに説明させる気満々であったが事前に彼女には話していない。断られるのが分かっていたからだ。

 しかし、領主の前で何てことをと思いつつも、テーブルの下でイモンの足を蹴飛ばすぐらいの図太さを備えるサティアである。

 一方のジェルダは年に二回の会合で領主と面談しているのでサティアのように慌てることは無い。


 テーブルの下の攻防に気が付いた家令のカルノーは、お前ら何やっとんじゃ? と呆れたものの敢えて放置する。


 しどろもどろになりつつも、サティアはセルバンが炭を使った廃油の濾過フィルターをギルドに持ち込んだ辺りからの話を始める。


「……で、その濾過が出来なくなった使用済みフィルターは焼却して肥料にする他、着火すると長時間燃焼することから、火炎弾の材料として再利用も可能と思われます。

 問題は少々食欲をそそる匂いがすることですね」


 サティアは何も持ち込まれた新商品に特許権を与えるだけのポンコツではない。

 別の角度からも観察し、持ち込んだ者が思いもよらない用途を発見することも……ごく稀にある。

 そもそも特許案件が持ち込まれること自体が少ないのだが。


「戦闘中に食欲を刺激するのは良くないか」

「敵軍にだけ匂いが向かえば効果はありそうですが、風向き次第ですね」

「うむ、火炎弾への利用は保留とする」


 残念ながらサティアのアイデアはボツとなった。

 それでも日干しレンガを使用したカマボコハウスの作り方はセルバンから聞いていたのでスラスラと領主に伝える。


「レンガと木型と繋ぎの粘土があれば数日で建築可能か。

 屋根の上に乗っても壊れることはないのか?」

「荷重が壁に向かって分散されるので問題ありません。

 そこは私も気になって屋根の上でジャンプして確認しました。セルバンが屋根に潰されては大損害ですから」

「そうか。工兵として村の者を一人雇いたいものだな」

「チビッ子達を引き抜くと他の生産に支障が出るので、ハイとは答えないと思います。

 ジョブソンさんに三人娘をメイドに取られたことをかなり悔しがっていましたからね」

「ジョブソン? 父のことか?

 あぁ、それでか。合点が行った」


 ジェルダは城壁の中に新たに子供達だけが暮らす掘っ建て小屋村が出来たことを危惧して周辺調査を行った結果、近隣住民と村の住民が良い関係を築いていたことを知ってからは、周辺の監視を増やすよう衛兵隊に働き掛ける等、村に何かと便宜を図るようになっていた。


 父とは家の中でもそう顔を合わせることは無く、女子三人組もジェルダの世話のローテーションには入らないので父の雇った三人がセルバンの元部下とは知らなかったのだ。


「十歳の平民なのに、読み書きも出来てマナーもしっかりしている拾い物だと自慢していた子供達のことだな」

「それが元は路上生活をしていた子供とは。

 セルバンとは大した人物である。どこかの貴族の落胤かも知れぬな。

 見た目の特徴から何か繋がりが分からぬか?」

「いえ、残念ながら外見からでは何の手掛かりも無く」


 セルバンが危惧していた通り、サティアは単に人の良い特許担当のお姉様ではなかった。

 商業ギルドに出入りする者とその友好関係にある者の素性を調査する任務を兼務している。それが出来るぐらい現在の特許担当部門は暇であるとも言えるのだ……。


「我々は外国の商隊からはぐれてしまったのだと考えることにしております。

 あのレンガ作りの家は南方の気温の高い地域でよく見られるものに似ておりますので」


 商業ギルドとしても、本来であれば身元不明の路上生活者との接触は好ましくない事案である。

 差別的な意図からではなく、他領または他国からのスパイの可能性も僅かに考えられるからだ。

 だがスパイが城壁の中に堂々と小さな集落を作るなど、考えられる訳がない。目立つこと無く陰に潜んで活動するのが普通のスパイである。

 中には有名人が実はスパイだったと言うケースもあるが、それが十代前半の子供に勤まるなどと誰が考えようものか。


 何故セルバンが何年も普通の路上生活者と変わらぬ暮らしを送っていたかなど、不明な点はある。

 それでもセルバンに関してはスパイ容疑もなく、純粋に優れた才覚を持った少年であり、保護するに十分の価値有りと商業ギルドは判断している。


 サティアからはその後に養殖池と出された食事に関する報告があり、微妙な雰囲気となる。

 トウモロコシのひげや琵琶の葉を飲み物として利用していると聞かされると、知らない者は何だそりゃ?と疑問に思うだろう。

 これが熊笹やタンポポの根であったら、どんな面白い反応が示されたことか。


 そんなこんなの報告があり、セルバンの村は非公式に陰から見守られることが決定した。

 土地は余っているし、子供達も真面目に働き治安が良くなったとあっては、セルバンのやることに釘を指すよりそれとなく手助けする方が総合的にバリシアの為になると判断されたからである。


 その会議の後、領主の筆頭家令であるカルノーが買い物と称して町を訪れた。

 以前は少し歩けばみすぼらしい身形をした子供が視界に入ったものだが、今では親の居ない一人ぼっちの子供を見付けてもそれなりの古着を着用しているし、靴も履いていた。何より不潔な感じがしないのだ。


「こっちの籠のボコポンを三つ」

「はいよ、お目が高いね、形は悪いけど、味はとても良い品だよ」


 カルノーが革袋に手を入れ、銀貨数枚を掴んでゆっくり引き抜いた際に、うっかり三枚の銀貨を地面に落としてしまった。


「そこのおじさん、銀貨拾ってあげて!」


 自らも一枚の銀貨を拾いながら、側に立っていた市民に扮した衛兵に銀貨を拾うよう指示を出す一人の女の子。

 拾った銀貨をトコトコと歩いてカルノーに渡し、

「お金はしっかり持たないとメッだよ!」

と、にこやかに笑うのだ。


「以前の路上の子供なら、お金を拾ったらすぐに走って逃げていましたよね?」

「そうですよ。セルバン君が子供達を纏めて養ってあげるようになってからは、ほんとこの辺りは暮らしやすくなりましたよ」


 店主がカルノーの質問に笑顔で答える。


「セルバンも一年程前まではその辺の悪タレとそんなに変わらなかったんですけどね、随分丸くなりましたよ」

「ほぉ、何か心境の変化があったんですかね?」

「いやね、儂も気になって聞いてみたんですよ。

 そうしたらね、上手に生きて行くには自分がされて嬉しいことを人にしてあげる方が良いって気付いた、みたいなこと言ってましたね」


 サティアからの話では、濾過フィルターを持ち込んだ以前のセルバンについては触れられていない。

 彼が元々は普通のストリートチルドレンだったことがこれで裏が取れ、スパイ容疑はカルノーの頭からも消えることになった。


「ほぉ、それまた立派なことを」

「それに、人は城、人は石垣、情けは味方で人の為ならずとか、どこで聞いたのか小難しいことを言ってね。

 自分を守るには、人が自分を守ってくれるようになるのが理想だとか。

 きっと流れの武芸者にでも聞いて覚えたんでしょう」


 それを聞いて、セルバンはどこかの偉大な将軍の生まれ変わりではないか? と少しだけ考えたカルノーは、ボコポンをさっきの子供に渡すと機嫌良く城へと帰ったのだった。

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