第14話 やはり誘惑には勝てない話
「くっ! やっちまった」
俺が涙目で後悔している理由となった物体は、ぬるいお風呂場で泡を立てている。
水辺に作った簡易露天風呂は、焼いた石を投げ込んで温めた苦労の末の逸品だ。
掘ればお湯の出る川辺のある地域が羨ましい。
元気な子供達は湯船には浸からず水路で水浴びをするだけだが、それでは物足りない俺が誘惑に耐えきれず試行錯誤の末に石鹸を作ってしまった。
そもそもね、この掘っ建て小屋村周辺に材料が揃っていたのが悪いんだよ。
と言ってもこの界隈じゃ二番どころか三番、四番煎じも良いところなので製造シーンは全カット。
獣脂を使った石鹸なら安く売られているが、買ってまでして使いたい代物ではないのがいけないのだ。
廃油をたくさん集めたのも石鹸作りを加速させた要因だ。貝殻や骨から作られた石灰だって肥料用として山のように積まれていたし。
それだったら、今作らないでいつ作るの? と怪しい講師に恐喝されてる夢を見たぐらいだ。
石鹸には獣脂を使っているくせ、シャンプーは良質な製品が売られていた。
サトウキビが町の近くで作られており、砂糖の絞りカスは昔から利用方法を研究されていたのでラム酒もあるし、発酵させて作ったアミノ酸を豊富に含んでいそうな怪しいブツなど、色々と開発されている。
随分おかしな発展を遂げた世界があったもんだ。
「ふぅー、生き返るぅー」
俺の入っている風呂から数歩離れた場所に女湯がある。四方を簾で目隠ししていて、声しか聞こえないが、こないだ接待したあの特許担当のサティアお姉様が浸かっている。
今日は村に泊まると言ってお土産をどっさり持ってきたから疲れたのだとか。そんなの知るかよ。普通、働いて疲れるもんだろ?
「普段使ってる石鹸と全然違うわね。油を変えただけでこんなに違うなんて目から鼻水よ」
「いい歳こいたお姉様が汚い例えをするんじゃないの!」
「目からウ○コよりいいじゃないの。セルバンしか聞いてないんだし。
それにしても、湯に出来損ないのボコポンを入れたら凄く良い香り」
ボコポンとはこの世界独自の柑橘類で、中央部分がリンゴのように僅かにヘコんでいるのが特徴である。
贈答用の高級果物だが、傷が付いたり形が悪かったり色付きが悪かったりすると値段が落ちて庶民にも手が届く。味は変わらないのに不思議だね。
年に三回の収穫時期の度に、三日間だけだが身軽なオチビ達が農家さんの引率付きと言う条件で城壁から出て収穫を行う許可が出る。
俺も喜んで参加して、その最後の日にお土産にと規格外の売り物にさえ出来ない不細工なボコポンを渡されたのだ。
勿論そのまま食べても良いが、その前にこうやって香りを楽しむのが今世の俺流だ。
この皮は油汚れを落とすのにも使えるので、廃油を扱う我が村にはなくてはならないものである。
日干しレンガを作る為に粘土を掘って出来た穴は地下倉庫として利用し、食べきれないボコポンを保管しているのだが、その隣で穴掘り大好きな子供が今も拡張を続けているのが心配になる。
彼の前世はオケラかモグラに違いないが、掘りすぎて水が出たら地下倉庫として使い物にはならないので、出来れば下方向ではなく、シールド工法を採用して横方向にお願いしたいものだ。
ちなみに階段と滑車まで備えるこだわり振りに感服し、彼には匠の称号をこっそり与えておいた。
「このスダレと巻き上げ装置も販売しようよ」
「それまでやったら、村の生産能力のキャパオーバーだ」
そこまで需要があるとは思えないが、日除けシェードと違ってサッと巻き取れば風の強い時にバタバタしないから悪くないか。
「もし受けるなら受注生産な。設置する場所に合わせて作るから、一度現地調査に職チビを連れてくよ」
木材加工の得意な子供:職チビが一人で作っているのだから量産体制は取れない。それよりも粘土で適当に作った神棚を本格的なものに作り替えてもらうのが先だし。
ちなみに現地調査に行かせるのは、何かお土産を貰おうなどと浅ましい考えは持って……当然っ!
「セルバンって私よりずっと若いのに立派な村長だよね。
元はどこかの開拓村の出身なの?
依頼主には丁寧な言葉遣いが出来ているし、不思議な感じ」
この子供の体にある一番古い記憶は何かを盗んで逃げるシーンなので、出身なんて分からない。
「気が付いた時にはストリートチルドレンやってたからな。親も知らないし。
上手に生きるために、そう言うのが必要だと気が付いたから努力した」
「そうなんだ。努力したらそんなに変わるんだね。
もっと私と歳が近かったら良かったのに」
勘違いでないのなら……洋風の顔はタイプではないので、歳が近くてもお断りだ。
ガキに何てこと言ってんだよ……あっ、精神年齢は同い年ぐらいだったな。ややこしい。
「恋人を亡くしてから結婚は諦めてたけど、私でもセルバンの相手になるかしら?」
「貴族なら政略結婚で歳の差婚もあるけど、サティアさんは違うんだろ?
結婚するなら絶対に歳が近い人が良いよ」
実年齢が一回り以上離れた人と結婚なんて無理無理。それだけ離れていたら、オリンピックでの思い出のシーンとかの話もまともに出来ないって。
「やっぱりセルバンは頭が良いね」
ひょっとして、俺の好みの女性のタイプとかの探りを入れてるのかな?
俺の好きそうな女の子を俺に紹介して恩を売ろうとか考えられてたらイヤだな。
それに深く考えず村に招き入れたいけど、彼女は商業ギルドの産業スパイって位置付けで接しないと、取り返しの付かないボロを出しそうだ。
今更遅いかも知れないけど気を付けよう。と言っても今のところギルドに知られてマズイ物は無いから心配いらないけど、今後のことは分からないからなぁ。
「そう言う言われ方は嫌いだよ。
マジで生きてくのに必死で、気が付いたらこうなってただけだから」
普通の子供を演じるのは無理だと早々に諦め、その辺の子達より頭の良い子供として商業ギルドへの接触を取ったのは俺の判断。
ただ、商業ギルドが一枚岩でも正義の味方でもない可能性を考えていなかったのは完全なミスだ。
どんな組織も一枚岩ではなく、どこに見えない敵が潜んで居るか分かったもんじゃない。
冒険者ギルドが腐っているから、商業ギルドだったら大丈夫だと無意識に思い込んでいたあの時の俺を一渇したい。
サティアさんが敵対勢力だと言う訳では無いが、無条件に信用するのはやめておこうと言う話だ。
彼女がいつ悪い奴に買収されたりして情報をリークするか分からないのだから、適度に距離は取らなきゃマズイだろう。
と思っていたのだが時既に遅し。
残念ながらフィルターガールズが既に食べ物で買収されたようで、サティアさんにベッタリ懐いていた。
狭い我が家で寝ることになったサティアさんが、まさかイビキ女子とは……お陰でなかなか寝付けなかった。
女の子二人は彼女が母親の替わりに思えているのか、抱き付き安心して眠っていたけど。
翌朝はとうもろこしのひげ茶とトルティーヤで腹を満たす。
ソースや挟む食材はフィルターガールズに任せてある。包丁捌きは俺とどっこいどっこいだが竈の扱いが俺より上手いからね。さすが現地人の面目躍如か。
見慣れない食事に驚くお姉様だが、意を決して口にしてからはパクパクと平らげていく。
なんたって俺が旨いと思えるようになるまで試行錯誤を繰り返して仕上げたトルティーヤだ。まずいとは言わせない。
トウモロコシは単に粉にしただけでは生地には出来なくて、石鹸を作る時にも使った灰でアルカリ性の水溶液を作って少し煮る必要がある。
試行錯誤にどれだけのトウモロコシを無駄にしたことか……。
「この甘酸っぱいソース、とても美味しいわ」
……そっちかよ。フィルターガールズがチャチャっと作ったお手軽ソースだぞ。中身は知らん。
簡単でも確かに甘味と酸味のバランスが良くて旨いけどね。
鳥胸肉の自家製ハムとアボカドみたいな果物を挟んだものが俺は一番好きかな。
鳥獣保護法が無いから鳩も駆除可能、と言うか目の敵かと思うくらいに駆除しなければ、畑が全滅するだろう。
しかも俺の知っている可愛らしい鳩よりでかい。初めて見た時はトンビに襲われたのかと思ったぐらいだ。
試しに檻を作って飼育してみたが、思ったより産んだ卵が小さくてガッカリ。鶏って優秀だよなぁと遠い目になった。勿論肉も卵を美味しく食べたけど。
さすがに養鶏をやるような人的余裕はこの村にはない。
それに出来たとしても、悪い大人に目を付けられるので自衛出来ない今はやるべきではない。
朝食に満足したサティアさんは、また来るねと言い残して職場である商業ギルドへ向かう。
まさか彼女の頭の中は通い妻モードになっていたりしないよね? 出来れば今後も必要最低限の接触でお願いしたいのだが。
◇
「ブフッ! ついにお色気シーン解禁です!
次長、グッジョブ!」
「アホかっ! ちゃんと湯煙で大事な部分は隠しておるだろうが! 運営のR15対策はバッチリだ」
「あ、次長は知らないんですか?
それ、課金で解放できますよ。次長もやります?」
「………………やらんっ!」




