第11話 転機は突然やって来る
ガリアンの八つ当たりは難なく回避したものの、俺のことを良く思っていない連中はまだまだたくさん居るんだろう。
そんな連中が大挙して掘っ立て小屋に押し掛けて来て、チビッ子達に危害を加えられるんじゃないかと不安を覚える。
だってストリートチルドレンって基本的に町の中で暮らす人間としては最底辺に属する筈なのに、ギルド職員に賄賂を送ったり、小銭を稼ぐようになって最底辺の冒険者より少しばかりマシな暮らしを送るようになったんだから。
普通なら所属する冒険者ギルドに庇護を求めるところなんだろうけど。
でもこのギルドは俺を便利な駒にしか思っていない奴に実質的に支配されているから、守ってもらおうと思っても期待は出来ない。
それならば、と俺はそれから仕事の合間を見付けては足繁く商業ギルドへ通い始めた。
と言っても、前を通る時に中に入って三人娘の話を聞くぐらいだけどね。だって大した用もないのに、仕事の邪魔しちゃダメでしょ。
そんなある日のこと、いつものように商業ギルドのドアを開けて受付のお姉さんに会釈していると、ギルド職員の制服ではない老人が声を掛けてきた。
派手ではないが、かなり上質な品で装っているのが一目で判別出来るくらいの知識は俺にもある。
お使いクエストで生地やアクセサリー作りのお手伝いをしたことがあるからね。
「君があの三人の保護者だね? まだ若いのに感心じゃよ」
迷わず俺のところに来たってことは、事前に俺の情報を調べているわけだ。あの三人って、間違いなく同居しているあの三人娘のことだよね。
「あ、初めまして。冒険者見習いをしているセルバンと申します」
名刺代わりに鉄製のギルドカードを見せる。毎日触っているので錆びはなくピカピカだけど、塗料で書かれた文字が少し薄くなっている。
これが見習いの文字が取れて冒険者になると素材がワンランク上の鋼になり、文字は彫り込んでから塗料を流すので薄れることはない。
ちなみにカードの発行時には、材料費とその文字を彫る作業費用がギルドカードの発行料名目で徴収される。
「ほぉほぉ、これはご丁寧に済まぬな」
短い会社員時代に身に付けていた名刺を渡す仕草でギルドカードを見せると、初対面の人は大体驚くか感心してくれる。
冒険者ギルドでは教えていない商人スタイルを、親も居ないし、商人でもない子供が完璧にやって見せるのだから当然だろう。
しかし俺の名前がセルバンなんて、名乗る度にあのジロー神の悪意を感じる。
Servant、つまり召し使いとか使用人って意味の単語の発音を変えただけだからな。
きっとスレーブ(Slave=奴隷)じゃないだけマシだろうと思っているに違いない。
俺の名前のことなんてどうでも良くて、問題はこのお爺さんだよ。
商業ギルドに用があって来ていたと思うのだけど、俺に一体何の用だろう?
まさか三人組が欲しいとか言い出すのかな?
つい警戒心が顔に出てしまう。
「あぁ、済まない。儂はこの町で商売をしていたジョブソン・シェルドと言う者じゃ。
店は若いもんに譲って楽隠居を決め込んでおる」
そう言って出されたカードを見た瞬間、何この光り輝く綺麗な材質は? と固まってしまった。
確かカードは鉄、鋼、銀、金、白金の順に得るのが難しくなっていく。
王族は更に価値がある黒い鉱石から作られるカードを持つらしいが、実際に使うことは無いらしい。
そりゃ誰かが勝手に儂が王だ、王子だと名乗れば、問答無用で牢獄にいらっしゃいませ~となるからね。
と言う知識を引っ張り出して、
「白金のカード……鉄鋼王と呼ばれるシェルド様ですね?」
と声が震える。このカードを持てるのは商人の頂点に立てるようなお方だけであるのだ。
そしてカードの隅のトロッコとツルハシのデザインのロゴマークを使えるのは、この国の鉄鋼王一族と呼んでも過言ではない『シェルド家』だけである、と文字のテキストにもあったのを思い出す。
あのテキストはこの国の社会科のテキストでもあったわけか。
「たまたま運が良くて儲けただけじゃ、とは言わぬよ。そこそこの運と知恵と才覚があって得られた地位じゃ」
当たり前だ、運だけで超大金持ちになんてなれる訳が無い。このお爺さんはそれを自慢する気も、幸運やら何やらが無いものとする気も無いようだが。
しかし、こんな偉い人に生で会うなんて今日は厄日か?
「才能をお持ちだったことを羨ましいと思えば良いのか、それとも妬めば良いのか判断できかねますね」
「ほぉ、媚びへつらいお世辞だけ言う小賢しい若僧とは違うようじゃな。
なるほど、なかなか興味をそそられるわい」
相手が普通の人ならここで更に嫌みの一つでも返すところだが、さすがにこの国の鉄鉱石を牛耳る超巨大企業グループの元会頭を相手に下手は打てない。
「シェルド様とお呼びさせて頂きますが、どのようなお話でしょうか?」
「最近商業ギルドで可愛いがられている三人娘が気になっての、我が家のメイドとして雇わせて貰おうと考えたと言う訳での。聞けば君が保護者と聞かされてな」
くそっ! それじゃ俺の計画が台無しになるじゃないか。
三人娘には商業ギルドの中でスパイとして情報収集をさせるつもりでいたのに。ついでに、あわよくばギルド職員の嫁か養女になってくれれば最高だとも思っていた。
それを何を考えているのかさっぱり読めない金持ちに拐われては堪ったもんじゃない。
「三人をそこまで評価して戴けたのは大変嬉しく思いますが、あの……路上生活者をあなた様のお屋敷にと言うのは少々世間体が」
「よいよい、そのようなことは気にはせんよ。儂の道楽のようなものじゃ」
この爺さん、俺が断るのは端から織り込み済みに違いないし、断らせるつもりも無いのだろう。
仕方ない、ここでごねて印象を悪くすることだけ回避するしか手は無いか。
「俺は確かに彼女達に住む場所を与えて教育もしました。それが今後彼女達の為になるからと思ってです。
ですが親兄弟ではないので、本人の気持ちを優先していただければ有り難く存じます」
お前にうちの娘はやらん!と断るオヤジの気持ちがほんの少し理解できたかも。間違いなく勘違いだと思うけど。
しかし、こんな丁寧な言葉遣いなんてこちらのリアルで使うのは初めてだ。おかしくないか心配だ……逆に丁寧過ぎると嫌みになるかな?
「それなら先に確認しておる。三人とも少しだけ考えてから、セルバンに任せると申しておったわい。
お主と暮らしたいと言う気持ちと、迷惑を掛けておるから出ていく方が良いと言う気持ちがあるのじゃろう。
お主が惚れておると言うなら、儂も考えんでも無いがの」
……このジジィ、何を勘違いしてんだよ。さすがに最後のはイラッと来たので、
「それはないです、ロリコンじゃないので」
と手を左右に振って拒否。
中身はアラサーな俺があの娘達に惚れるなんて有り得ないし、あったら犯罪だ。
「……ロリコンとはなんじゃ?」
「えっと……気にしないでください」
真剣に悩む爺さんに、冗談でも通じないかと溜め息が出てしまう。
「三人が嫌がっていないのなら、メイドとしてお役立てして欲しいと思います。
でも、もしシェルド様がぞんざいな扱いをするようなら、お宅に乗り込んで行きますからね」
とウィンクする。
この程度なら冗談として受け取るだろうし、本気にするならこちらが人権を優先すると思わせられるので損はない。
「ほぉ、これは何とも気概があることよ。
三人だけではなく、お主も欲しくなったのぉ」
「えっ?」
全く予想外の返事に俺は鳩が豆ガトリングを食らったような顔をしたと思う。
爺さんが本気なら俺は労せず安心出来る住居を得ることが出来る。これは今の俺の最重要案件に合致する。しかし、こんなうまい話に裏が無い訳は無いだろう……と勝手に思う。
さて、どう答えるのが正解だろう。少しだけ悩み、出した答えは、
「それはご勘弁を。我が家には他に男児が三人居ります。彼らを残してお世話になることは出来ません」
だ。
実際にはチビッ子三人組のことより、俺の自由が無くなることが問題だよ。
それにこの爺さんと冒険者ギルドの関係も良く分からない状況で、安易に了承するのは早計だろう。
「そうであるか。
ふむ、ならばその三人も面倒を見ようではないか。その方が三人娘も安心出来るであろう」
そう来たか。確かに金銭的にも安全面でも悪い話ではないので心が揺らぐ。
だが、考えてみれば今の話は老い先の短いこのお爺さんの考えだけである。
こう言うのは後々、他の家族に横槍を入れられ大変なことになるかも知れないから、目先の利益だけにとらわれず……今は血の涙を流す選択がベストだろう。
「いえ、やはり俺は自由が欲しいので、俺のことに関しては今回お話を聞かなかったことにさせていただきます。
男児三人も俺の右腕として働かせているのでご勘弁を」
その返事を聞いて納得したように頷く。
「そうか、分かったのじゃ。急に困らせて済まんかったの。
それでも気が変われば儂の家を訪ねて来てくれんか。話は通しておく」
優しく肩を叩かれ、安堵して良いのかどうすれば良いのか、暫く悩むこととなる。
しかし三人娘を盗られたのは実に悔しい。スパイに仕立てようと教育を始めたところなのだから。
この三人の替わりが勤まるような子供を見付けることが出来るだろうか?
◇
「シェルド爺か。コイツはひょっとしてPCか?
おい、ケント神。PCとNPCの見分け方を知らんか?」
「あー、それね、無課金プレーヤーには判断出来ない仕様みたいですよ。
ですが、シェルド一族は主要なNPCでサイドストーリーの中に名を連ねてますね」
「そうだったのか。セルバンの部下の六人はNPCだよな?」
「ま、大金積めばPCに出来ると思いますよ。
珍しい物、新しい物好きな性格の設定みたいでけど、そうですね、どう見ても今のところはモブの動きしかしていませんから。
PCならもっと積極的に無駄な行動を取る筈です。
無闇に壺を割ったり、他人の家のタンスを勝手に開けたり」
「それが許されるのは勇者だけだっ!」
何か違うゲームと混同しているらしい。




