第10話 雑魚の八つ当たり
水路での養殖の成功と三人娘のお陰で俺の生活環境が少しずつ改善されていった。
だが、そうなると俺のことを面白く思わない冒険者見習い達が出てくることは予想していた。
バウンサーがトカゲの尻尾要員だと知らず、バウンサー候補の俺を目障りだと思う大人も居なくもないが、それ以上に問題なのは俺より年上で体も大きな子供達の方だ。
親が居て、小さいながらも普通の家に住んでいる彼らは、以前から何かとことあるごとに路上生活を送っていた俺を馬鹿にしていたしな。
人間は大人も子供も関係なく、自分より立場の弱い者を作りたい、虐めたいと本能的に思うものなのだろうか?
もしそうであったとしても、それを社会性と理性と知性によってブレーキを掛けられるのが人間の人間たる所以であると思う。
だが、まだ幼い子供にはそれらのブレーキが充分に備わっていない為、本能の赴くままに暴力に出ることはよくあるし、心無い悪口を悪いと思わず平気で吐く。
それでも普通に育てば社会性も人間性もある程度は身に付き、普通に社会生活をつつがなく送るようになる。
それでも大人になってもそのブレーキを持たない馬鹿は少なくないことは残念である。本人の資質だけでなく、環影や人間関係が子供の成長には大きな影響を与えるのだから致し方ない。
そんな子供の中でも俺に一番突っ掛かってくるのが、ガリアンと言う名前の痩せているのか大きいのかと聞きたくなるボス猿だ。
自己紹介の度に恋人募集中と付け足すウザさを標準装備している十五歳である。
もうすぐ冒険者ギルドに登録していることを示すタトゥーを入れるそうなので、さっさと盗んだ馬車で事故死してくれと願うばかりだ。
そのガリアンは猿らしく脳ミソはどこかの山中に置き忘れてきたようで、
「おい、お前っ! 最近調子に乗ってるよな!」
と、掲示板から依頼票を剥ぎ取ろうとしていた俺にいきなり殴りかかってきたのだ。
これには何の脈絡も無い訳ではなく、ガリアンはほんの少し前に貴族の子供に同じようなイチャモンを付けられて殴られたばかり。
だからイライラして俺に八つ当たりしてきた訳だ。何ともまぁ可愛いじゃないか。勿論反語だょ。
弱いもの虐めの経験しかないのか、グッと大きく後ろに拳を引いては威嚇するかのようにそこでわざとらしく溜める。
そして放たれたのは、無駄に力んでいるせいで予想以上にノロノロなパンチだった。
違うかも知れないがテレフォンパンチってこう言うやつなんだ、と下らない感想を持ちながら、後ろに飛んでダメージ軽減……するのではなく、足一つ分程後ろに下がって少し痛い程度のダメージを敢えて受けておく。
こう言う馬鹿は自分の攻撃が回避されると決まってムキになる。ムキムキになったボス猿の姿は怖いから想像するのはやめておこう。
以前の栄養不足で貧弱な体だったらこんなへなちょこパンチでも受けたら骨折したかも知れないが、今ならカルシウムも足りていてそんな心配をしなくても良い。
俺が予想外に平気な顔なのが気に入らないのか、右ストレートがダメなら左フックだとばかりに撃ってくるが、俺だって伊達にこんな場面の脳内シミュレートを繰り返してきた訳じゃない。
実体験は無いけど、乱闘の場面なら何度か小説に書いた似非経験者だぜ!
ろくにトレーニングを積んでもいない素人のフックなんて軽く……ギリギリどころか紙一重で躱し……損ねた。イテッ!
三発目の雑な右ストレートをひょいっと軽く……じゃなくてバチ-ンっと音を立てて掌で受け止め、涙目になりそうなのを必死で誤魔化す。
……ホッ……本当に怪我しなくて良かったぁ。
この後に妄想とリアルを一緒にするなとクレーム出ないか心配だな。
いや、ブクマ一桁台ならそんな心配は不要だな。転生して更新停止が一年間……目標としていたブクマ二桁が達成出来ているか、今更ながら気になってきた。
「ギルドメンバー同士の喧嘩はご法度だからな。それと一つ忠告だ。
殴っていいのは殴られる覚悟のある奴だけだ。そう言うことで……」
ジンジンと痛む右手を痩せ我慢して軽く拳を握ると、無防備を曝すボス猿ガリアンの肋骨の下辺りにボシュッと斜め下から抉るように拳を入れる。
「おっと、悪い、手が滑った」
ボクシングで言うところのレバーを打たれたガリアンは、脂汗を滲ませながら両手で傷む胸を押さえる。
心配そうに見ているだけの二人の取り巻きは俺を恐れて攻撃には出てこない。俺の拳も痛いのは内緒だ。
「先に殴ったのはガリアン、殴られたのは俺だ。
ほれ、ここ少し腫れてるだろ?」
ガリアンにアピールしても痛みを堪えるのに必死なので意味は無い。
取り巻きの二人と、ニヤニヤしながら俺達を眺めていた役立たずの冒険者達、そして見て見ぬ振りの受付共に対するアピールだ。
わざと拳を受けた……ことにしたのは正当防衛を主張するためだ。与えたダメージは倍返しどころじゃないと思うが、そんなのは知ったことか。
やはり脳筋の馬鹿なガキ相手には力の差を見せ付けてマウント取るのが一番だ。過剰防衛だって? 大いに結構だろ。
字面で見るととんでもないゲスな発想だけど、相手が言っても聞く耳を持たないんだからこれで良い……会話した記憶は無いけどスルーしてくれ。
まだ見習いだけど、冒険者は舐められたらダメなのだ。
気の利くギルド職員や受付嬢が居れば止めに入ったかも知れないけど、ガリアンにとってはタイミング悪くモブ顔の人達しか居なかったので……と言うか、先に殴ってきたお前の自己責任だし。
まぁね、最近は水鳥をギルド職員への賄賂に使っているので、お目こぼしをもらうのは間違いなく買収している俺の方だろう。
賄賂も何も送っていない、ごく普通の家庭のガリアンでは職員からの援護射撃は期待薄だ。
俺だって喧嘩を売るなら相手を見てからするに決まっている。
子供の癖に少しばかりでも金回りが良くなってくると、嫉妬を受けるのは最初から想定していた。
ギルドの馬鹿なお偉いさんや、胡麻すり共は当てには出来ないが、そこそこまともな職員なら懇意にしておけばいざと言う時に味方に付けられる。
ふっ、ただの見習いとは頭の出来が違うのだよ。
そう心の中で渋い声で言ってみて、どう見ても俺って悪役コースを辿っているみたいだ、と思ってしまう。
俺は大人も子供も関係なく、他人を利用しているのだ。そうしなければ、身の安全も食料も手に入らない身分なのだから仕方がない。
自分の為に他者を蹴落とすのが弱肉強食。これは善人だろうが悪人だろうが関係無い。
だってこの原理は職場でも適用されているのだ。
その最たるものが、成果主義による評価だろうな。まぁ、アレは胡麻擦りと口が立って事実を誤魔化すのがうまいヤツが評価されやすいと思うけどね。企業に導入するなら能力主義だね。
年功序列? 知るか、そんなもん。何の役にも立たない年上にペコペコするなんてゴメンだよ。ペコペコする相手はちゃんと考えような。
不○家のキャラクターだって名前からしてペコペコちゃんとしてるだろ。
うむ、そうか。それなら別に俺は悪役って言う程ではないな……強引過ぎる?
よしよし、今度誰かに殴られそうになった時の為に急所攻撃の練習を増やしておこうかな。
冗談は置いといて、拳レベルじゃない本物の暴力に訴えてこられると、今の掘っ立て小屋レベルの住居じゃ俺だけでなく俺の手駒であるチビッ子達の身も危ないかも。
家を借りるのは金銭的にも身分的にも無理だろうし、そろそろ本格的にどうにかしないとマズイかな。さて困った。
◇
「プフッ! 次長~! 目茶苦茶オトナゲ無いですよ」
ジロー次長がチュートリアルで初めてダイブチケットを使っての戦闘がコレですよ!
これは戦闘ではなく、どう見てもイジメです!
スカッとしました!
あのセルバンってキャラの地力では、ガリアンの不意討ちを避けることは出来なかったでしょう。
マジチュアはダイブチケットを使うと下僕の体を自分の意思で操ることが出来るのです。しかも下僕にはそのことを気付かれない神仕様なのだからビックリ。
人間の世界に神が降りて戦うと、文字通りの天変地異が起きてしまいます。それでは後が困るので、基本的に神は人間の世界には干渉しないのがルールなのです。
しかし見ているだけでは物足りません。
そこで今までは人間の体に直接憑依していたのですが、往々にして憑依先の肉体の限界を超えてしまいます。
そうなると筋肉はズタズタ、骨格、間節はガタガタボロボロの廃人になってしまうのです。
このマジチュアのダイブシステムはそんな不具合対応もバッチリ。
憑依する下僕は生身の人間ですが、同時にゲームのキャラでもあります。ゲームのキャラなら、一撃でロストさえしなければどんな怪我をしようと治療をすれば完治するのは常識ですよね?
怪我をすると痛いのは我慢してもらうし、痛くなかったら逆におかしいでしょ。
ちなみに治癒スキルや治癒魔法の使い手はかなり少ないと言う世界設定なので、下僕から抜ける時に自動的に治癒が掛かる親切設計なのです。ただし、怪我の程度によって完治する時間が変わりますよ。
そんな訳で、マジチュアは地味なゲームですぐサ終だと思っていたのに、蓋を開けてみれば予想以上に楽しめるじゃないですかってことでヒット作となったのですよ。
あっ、そう言えば、次長の名前って何でしたっけ? いつも次長としか呼んでないから忘れてしまいました。
ジロー神と呼ぶと怒られるので、本神が目の前に居る時には今後も次長と呼びますけど。
ガリアンを一撃で熨してご機嫌の次長が戻って来ました。いつものように胡麻を擂って出迎えますね。




