カレーVS.ゾンビ~ゾンビたちにカレーを食わせろ!!~
「まだか高木君! もう鍋の中身がなくなってきたぞ、次のカレーはできていないのか!?」
「店長! もう牛肉がありません! ここから先はチキンカレーで、この場を凌ぐしかないです!」
「店長~! 高木さ~ん! もうお皿がありませ~ん!」
店に押し寄せるゾンビたちを前に店長と僕、バイトのかなちゃんは必死にカレーの提供を続ける。
カレーを受け取ったゾンビたちは席についたり、座れるようなところを探して大人しくカレーを食べ始めた。だが、ゾンビの量が多く……調理場に残された食材と、目の回るような忙しさに翻弄されながら僕たちは必死にカレーを振る舞う。
この店に来るゾンビたちの目的は一つ。彼らはとにかく、カレーが食べたいのだ。
◇
遡ること数時間前。
「速報です! 街にゾンビが溢れています! 視聴者の皆様は速やかに屋内へ避難し、戸締りをして絶対に外に出ないでください!!」
ニュースキャスターの焦った声と共に、かなちゃんの悲鳴が響く。外を見ると果たして、ニュースで言われた通りゾンビが店に向かって手を伸ばしていた。仕事をサボってヨガをしようとしていた僕は慌てて立ち上がり、かなちゃんと共に店の入り口を塞ごうとする。
だが、ゾンビたちは思ったより早く――扉がバーンと開け放たれたと思うと、店内に大量のゾンビが流れ込んでくる。パニック映画かアクションホラーゲームの世界でしかお目にかかれない光景だ。とはいえ感動している暇などなく、僕とかなちゃんは壁際へと追い詰められることとなる。
絶対絶命の大ピンチ、これで俺たちはDiedなのか……! そんな時、何も知らない店長が厨房から「おーい!」と声をかける。
「新しいカレーができたぞ! 高木君とかなちゃんもどうだ?」
純日本人なのにやたら彫りが深い店長がそう言った瞬間、ゾンビたちが一斉に店長の方を向く。
人の良さそうな笑みを浮かべていた店長は「はいぃっ!?」と素っ頓狂な声を上げて、その場で腰を抜かした。群がるゾンビたちの背を見ながら、「ヤバい、このままじゃ店長がゾンビに食われる!」と「あ、でもその隙に逃げられるかも!」という二つの気持ちが僕の頭を交錯した。
だが、それまでただ言葉にならない呻きを口にしていたゾンビたちが急に同じことを呟き始める。
「カレー……カレー……!」
「カレー……食ワセロォ……!」
「へっ、あっ、カレー? あぁ、カレーですね。はい、少々お待ちください」
どこまでもお人よしで礼儀正しい店長は、すぐさま立ち上がり厨房の方へと消えていく。かと思うと瞬間移動かというレベルで戻ってきて、大量のカレーをゾンビたちの前に並べ始めた。
ゾンビはスプーンを持ったかと思うと、一気にカレーを食らい始める。
「カレー……カレー……!」
「辛イ……! ウマァイ……!」
店長特製のカレーを、美味しそうに頬張るゾンビたち。しかしまだまだ空腹のゾンビはいる、呆然と突っ立っていれば店長が「ちょっと! 配るの手伝って!」と僕とかなちゃんを呼びつける。かなちゃんは「すぐお持ちします!」と一瞬で接客モードに入り、店長と共に次々とカレーを配り始めるが僕はまだ混乱していた。
「いや、あの、店長……どういうことですか!? なんでゾンビがみんな、カレーを食ってるんです!?」
「うむ、これはおそらく……ゾンビは本能のままに人を襲う存在。だが、カレーはノスタルジアを感じさせる力がある食べ物だ。つまり……カレーはゾンビの凶暴性を抑えることができる!」
となれば、この場はなんとかカレーでゾンビを食い止める……いや、「食わせ止める」しかない!
勇ましくお玉を掲げる店長に、「どういう理屈!?」とツッコむ僕だが……とにかくカレーを食わせろと求めるゾンビたちを前に、考える暇はなかった。
既に残り少なくなったカレーを追加すべく、店長のレシピを見ながら僕は一生懸命にカレーを作り始める。
――こうして僕とかなちゃん、そして店長によるカレーVS.ゾンビの攻防が始まったのだった。
◇
「カレーヲ……食ワセロォ……!」
「オレニカレーヲ……食ワセロォ……!」
「店長、高木さん! ヤバいです! あのゾンビたち、どこかのロックバンドみたいなこと言ってます!」
追加のカレーをせっせと作る僕と店長に、かなちゃんがそう報告してくる。
その後ろからは「ナチュラルハァイ……!」というゾンビの声が聞こえてきた。心のままに「カレーを食わせろ」というゾンビたちに、かなちゃんは怯えきっているようだ。出来上がったカレーをすぐライスと共に器に盛りつけ、僕はゾンビたちの前に躍り出る。
店長の予測は当たっているらしく、カレーで満腹になったゾンビは満足して店を出ていくようだ。だがゾンビたちはカレーの美味しい匂いにつられて、次々と店にやってくる。
くそっ、千客万来とはいえとてもじゃないが捌き切れないぞ……!
内心で悪態をついていれば、ゾンビの一人が「ウウ……ウ……!」と唸り始める。
「!? 何ですか高木さん、一体どうしたんですか!?」
「っわからない、ゾンビがいきなりうんうん言い始めて……!」
困惑する僕とかなちゃんの前で、ゾンビが叫びだす。
「ウ……ウ……ウスターァァァソースゥゥゥッ!!!」
「こ、このゾンビ……カレーにウスターソースかけるタイプです! 早く、ウスターソースを!」
韋駄天のような速さで冷蔵庫へ向かうかなちゃん、すると他のゾンビたちは一斉に喚き始める。
「ケチャップゥゥゥッッ!」
「チーズゥゥゥッッ!」
「リンゴノスリオロシィィィッッ!」
「いや、どいつもこいつも味変してんじゃねーよ!」
つーか店で出されたカレーに調味料足そうとするなよ!!
大声でツッコむが、ゾンビたちは止まらない。
「福神漬ケェェェッ!」
「ラッキョウゥゥゥッッッ!」
「あぁっ、今度は薬味まで注文しようとし始めました!」
「ユデタマゴォォォッッッ!」
「フライドオニオンンンンッッッ!」
「っもうお前ら普通にカレー食えやぁぁぁっ!!!」
僕の絶叫は、カレーの匂いと共に店内でこだました。
「SNSで見ました! 『ゾンビを撃退したカレー屋さん』って、ここですよね!?」
なんとかゾンビを退けたこの店は、その様子がSNSで話題になったらしくその後「ゾンビに勝ったカレー屋」として大繁盛することとなった。ゾンビに食い逃げされた分を余裕で上回る売り上げが出て店長はご満悦だが、その分かなちゃんと僕は忙しくなる。
「まさか、ゾンビで大バズりしてこんなことになるなんて……」
「カレー食べるゾンビの姿がたくさんのアカウントで投稿されて、『#ゾンビ』『#カレー』で次々拡散されていきましたからね……あ、つまり」
かなちゃんがぽんと膝を打つ。
「これが本当の『インプレゾンビ』ってことですか?」
「うまくねーよ」
……結局、うまいのは店長のカレーだけだった。
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