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その9

よろしくお願いいたします。



「――というわけなので、現状は王都でしか使えそうにありません。逆に言えば、王都でならかなり正確に天気を予測できます。今回の魔道具では二時間後という固定にしていますが、もう少し大きな宝石を使って大きめの魔道具にすれば、次の日まで伸ばせると思います。とりあえずは、しばらく使ってみていただきたいんです」

リザリアーネの説明を、ダズルはしっかり聞いてくれた。

毎日着けて確認してほしいことは、天気を正しく予測できているかと、使う魔力が少ないか、天気の予測がわかりやすいかなどだ。

リザリアーネは作り手なので、知らぬ間に自分で使い勝手や情報を補完してしまっている可能性がある。


そのあたりを説明したもが、実際にやってほしいことは一つだ。

「朝いちばんやご帰宅前など、五分程度お時間をいただいて、予測が当たっていたか・見たときに分かったか・普通に使っていて壊れないかなどを伺いたいんです」

ダズルは、そのタックピンを無表情ながらじっと見下ろしていた。どうやら、興味を持ってもらえたらしい。

「わかりました。五分程度なら終業前に来ていただければいいでしょう。もしも会議などでいない場合は、こちらから連絡いたします」

「とても助かります!あ、このタックピンの材料は私が個人で買い上げたので、実験が終わっても良ければお使いください」

そう言うと、ダズルはうなずいてタックピンを箱から取り出し、丁寧にクラバットに着けた。

彼の様子を見る限り、つけ外しには問題なさそうだ。


「……ほお。これは不思議ですね」

表情こそ動かないダズルだが、その声は驚いていた。

リザリアーネは、思い通りの反応に頬をもち上げた。


今のダズルの視界には、二時間後の天気の予測結果が見えていることだろう。

目の前に立てたガラスに書いたように、空中に絵と文字が浮かぶのだ。

「その文字は、着けている本人にしか見えません。また、手で触れて魔力を通してから二十秒だけ映ります。手で触れるだけで自動的に魔力を供給しますので、必要なことは宝石を触ることだけです。王都近辺と言いましたが、これを使う人を中心として二キロメートルほどの範囲を認識して予測しています。ですから、もし領地に帰る場合には、一定期間以上の情報収集さえ行えば、その後は領地の天気を予測できますね」

「なるほど。……ほかの人に見えないというのは不思議な感じですね。本当に見えていないんでしょうか」

「はい。試してみますか?もう一つ持っていますので、私が使ってみます」

「お願いできますか?」

「もちろんです」

ポケットから少し失敗した方のタックピンを取り出したリザリアーネは、そのままそっと宝石に触れた。失敗といっても、意匠の問題であって魔道具としては問題ない。

リザリアーネの目の前には、『晴れ、雲が少し、雨は降らず』という文字とともに、雲と太陽が見えている。

「いかがですか?見えていますか?

「いや。……そちらも少しお借りしても?」

「はい、どうぞ」

失敗作を手渡すと、ダズルはそっと宝石に指をつけた。


「なるほど。確かに、自分には見えて他人には見えませんね。しかし、ほかの場所を見ようとすると目の前をついてくるのは面白いですね」

「あぁ、それは、映している方法の問題です。目の前に出しているのではなくて、目の中に映しているので自分にだけ見えるんですよ。これ自体も、メッセージを映す機能として画期的だと思ったんですが、学生さんなんかだとカンニングに使えそうだなと思って……。少し、公開する方法を考えた方が良さそうだなと」

リザリアーネが困ったように言った。どんな道具も使いようなのだが、それでも考え得るリスクはできるだけ取り除いておきたい。

「仕事では役立ちそうですよ。情報をメモしておいて常に触れられるように耳にでも着けておけば、両手がふさがる業種の人が確認しやすくなりそうです」

「なるほど。常時魔力を消費するのでそのあたりは考えないといけませんが、手に持たなくていいメモ代わりにも使えそうですね。なんにせよ、悪用対策だけは必要になりそうです」

「素晴らしい魔道具ですよ。一つの魔道具を作るために二つの画期的な魔法を作ってしまうとは、本当に貴女は美しいうえに多才で実現力がありますね」

そっとクラバットのタックピンを撫でながら、ダズルが無表情にそう言った。

「いえ、あの、ありがとうございます」

魔道具を褒められるのは純粋に嬉しい。リザリアーネは、思わずにへらと笑顔になった。




次の日から、リザリアーネは毎日ダズルの監査室に通うことになった。

監査官は基本的に個人で仕事を行うため、横の連携は情報共有や配置換えの場合くらいなのだそうだ。だからほとんど毎日ダズルは監査室にいたし、リザリアーネは毎日今日の天気予測の使い勝手について聞くことができた。

途中でふと気がついた。


―― 毎日、通いすぎじゃないかしら。しかも、帰りは同じ時間になるからと送ってもらって。


そうなのだ。

諸々の確認を終えるとちょうど終業の時間。

リザリアーネは時間などほとんど気にしていないのだが、ダズルは基本的に残業などしないという。真面目そうなダズルらしいと思う。

そんな彼が、自分はもう帰るからアパートの前まで馬車で送っていこうと提案してくれたのだ。

いたって親切で言ってくれているし、初日は本当にきちんと一区切りついていたので、それならと送ってもらってしまった。

がたがたいわず、座面のクッションがふかふかで、とても快適な馬車だった。

次の日も当たり前のように送ってもらい、気がつけばリザリアーネは研究を一区切りつけてからダズルのところへ行くようになった。

女性の一人歩きは、治安の良い王都とはいえ不安だと言われた。美しさを隠さず歩いているリザリアーネに何かあってからでは遅い、帰りに寄れるから家の前まで連れて行くだけ、と親切に言われて断れなくなった。

実際、ダズルは礼儀正しく送ってくれるだけだった。

馬車の中でも斜め前に座る徹底ぶりで、無表情もいつも通り。甘い誉め言葉もいつも通り。


だけど、断じて油断はしていなかった。

きちんとした距離で、友人として話していたし、監査官と研究者としてもきちんと一歩引くようにしていた。


しかしリザリアーネは、テーブルに乗せられた小さな箱を前にして頭を抱えていた。


そもそも、リザリアーネは普段からのプレゼントをやめようと提案したのだ。

「すみません、いただけるのは嬉しいですが、お返しするのも実は少し財布を圧迫していて……。その、誕生日とかそういう、特別なとき以外はプレゼントを無しにしませんか?それに、こうも頻繁だと、ラズール様の監査官としての仕事に影響するかもしれません」

リザリアーネの言葉に、ダズルは確かにうなずいた。

そして言った。

「それは、心労をおかけして申し訳ない。では、今後は特別なときだけにしましょう。ですが、こちらはもう買ってしまったので、どうか受け取ってもらえませんか?」


そうして出されたのが小箱。

手のひらに乗るサイズで、細いリボンまで巻かれている。

ぱかっと開くタイプだ。


現実逃避しても仕方ないので、リザリアーネは思い切って小箱を開けた。



読了ありがとうございました。

続きます。

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