その7
よろしくお願いいたします。
当たり障りないプレゼントといえば、消えもの。
焼き菓子であればそれなりに長持ちするし、ある程度好みに合わせて選べる。最近は甘くない菓子もあり、男性にも人気があるらしい。
色々考えたリザリアーネは、昼食のときにダズルがよく食べていたメニューを思い出して、チーズクラッカーを選んだ。チーズの種類が3種類あり、割と人気がある商品だという。
チーズが好きらしいダズルも気に入るだろう。
焼き菓子なのでそれなりに日持ちはするが、常に持ち歩くには少々かさばるので、リザリアーネは購入した次の日に監査室を訪れた。
ノックをして返事を聞いてから、ドアを開けた。
「リザリアーネです、失礼します」
中に入ると、ウォーリーはおらずダズルだけが執務机に向かっていた。
「おや、貴女が自ら来られるとは。どうぞ、ソファにおかけください」
「万年筆のお礼をお渡ししたいだけですので、ラズール様こそそのままで」
そう言って、リザリアーネは執務机の前まで歩いて行った。
クラッカーは軽いが少しかさばるので、思ったよりも箱が大きいのだ。
「こちら、よければ休憩のときにお召し上がりください。甘くないので、無糖の紅茶にも合うと思います」
机の端の空いたところに箱を置くと、リザリアーネはにこりと微笑んだ。
それを見たダズルは、席を立った。
「わざわざありがとうございます。少しずついただきます。良ければ、お茶をいかがですか?僕もちょうと休憩にするつもりだったんです」
「いえ、すぐに戻りますので」
「僕の休憩に付き合っていただければ嬉しいのですが」
そういう言い方をされて、断るのはなかなか難しい。
仕方なく、リザリアーネは皿を借りてクラッカーを少しずつ取り出した。
「これは、チーズですか」
「はい。三種類ありますので、お好みのものもあるかと思います」
一つ食べてうんうんとうなずいたダズルは、先ほどとは違う味のクラッカーを手に取った。
「僕はチーズに目がないんですよ。とても美味しいです」
パクリと一枚口に放り込んだダズルは、咀嚼してから紅茶を含んだ。
「それは良かったです」
微笑んだリザリアーネも、是非にとすすめられてクラッカーを一枚食べてみた。
チーズ特有の香りが広がって、基本的には塩系の味なのに小麦の甘さもほんのりある。ザクザクした触感は軽いクラッカーならではで、紅茶にもよく合う風味だ。
「僕がチーズ好きだとご存じだったんですか?」
「そうですね、お昼を何度かご一緒したときに、チーズを添えたものをよく選ばれていたのでそうかなと。間違っていなくてよかったです」
「ありがとうございます。どれも美味しいです。貴女は、麗しく美しいだけではなく、細かいところにまで目に止める繊細さとそのために動ける心遣いまで持っているんですね」
そんな風に褒められると、なんとなく恥ずかしい。
見た目なら違和感を抱くだけだが、心根を褒められると面映ゆいのだ。
「そんなことは、普通だと思いますよ」
ほんのり頬を染めたリザリアーネは、きゅっと口角を上げて照れをごまかした。
それをどう受け取ったのか、ダズルは表情を変えることなくリザリアーネをガン見しながら言った。
「貴女は、美しさと可愛らしさを両立させているのですね。魅力的に過ぎますので、その表情を見せる場所は選んだ方がいいですよ」
さらに頬が熱くなった自覚はあるものの、リザリアーネは首を左右に振った。
「今のところ、ラズール様の前以外でする予定はありません。そんな風に褒めてくる方は他にいらっしゃいませんので」
「それならいいんですが」
あまりよくない気はするが、リザリアーネがきちんと理解していればいいだけだ。
ダズルには、やましい感情などはない。
だってあの表情を見ればすぐにわかる。
他意はないので、特別な言葉ではない。
言い聞かせなければいけない時点でもうアウトな気がするものの、認めなければそれは無いのと同じだ。
自分が無いと言ったら無いのだ。
数日後、今度は食堂の前でダズルと遭遇した。
いつものように誘われて二人で昼食をとる。
最近少し研究が進み、試作品を作っているとうきうきで話し、ダズルはそれを興味深そうに聞いてくれた。
「素晴らしいですね。試作品を作ったら論文ですか?」
「いえ、今回は試作品を使って少しデータを集めてからにする予定です」
「なるほど、確実性を高めるわけですね。貴女が生活を向上させる魔道具を作ると思うととても誇らしいですよ」
「まだこれからですけどね」
「しかし、試作品を作れるところまできているのですから」
そう言ったダズルは、照れるリザリアーネをじっと見ていた。
食べ終わると、ダズルはリザリアーネの前に小箱を一つ置いた。
「これを貴女に。髪を下ろしているのもとても魅力的ですが、少しまとめておけば、研究の邪魔にもならないでしょう」
「え?えと、見せていただきますね」
「気に入っていただけるといいのですが」
ぱかりと開けた中身は、比較的シンプルながら色ガラスのような飾りのついたバレッタだった。ダズルの夕空色とはまた違う青いガラスは、しかしガラスというには輝きが深い。
「あの、この宝石のようなものは」
「これですか?宝石商によるとくず扱いされるサファイアらしいですよ。大きな宝石をカットしたときに出る端材を有効活用したそうです」
まさかの宝石だった。
「ラズール様、さすがにそんな高価なものはいただけません」
「いえいえ、そこまで高価ではないんです。大体銀貨五枚くらいですね」
「え?そんな値段なんですか」
「はい。地金はメッキだそうで、色々とコストを抑えているとか」
銀貨五枚といえば、ちょっといい夕食くらいだ。
普通の宝石を使ったアクセサリーといったら金貨五枚以上(銀貨十枚=金貨一枚)なので、かなり安い。
そして小さいながら本物の宝石だというのだから、これは流行りそうである。
「あの、それでもいただくには高価すぎます。誕生日でもありませんし」
友人からもらうにしても、少しばかり高い。
誕生日や何かのお祝いならなくはないが、それでも銀貨三枚がいいところだ。
何もないのに銀貨五枚は重い。
「僕は貴族なので、むしろこれを差し上げるのは失礼なくらいです。どうか受け取っていただけませんか?貴女の美しい髪を彩ることを願って手に入れたんです」
こてんと首をかしげるダズルの顔には、感情がうかんでいない。
それでも引く様子がなく、返そうとするリザリアーネの手を止めて箱をこちらに押してくる。
根負けしたリザリアーネは、お返しを考えればいいかと考え直した。
「……ありがとうございます。とても素敵なデザインなので、実のところ一目惚れしてしまったんです。これは、勿忘草ですか?」
「ええ。彫刻された小さな花が可愛らしいですよね」
プレートに彫刻された花のうちのいくつかだけ、花びらの部分に小さなサファイアが埋め込まれていた。
そのバランスが絶妙で、派手過ぎず上品だ。
もし自分で見つけていたら、ご褒美に買ってしまってもいいくらいである。
「着けてみますね」
ふわふわと広がる髪に着けてみれば、確かに顔の横に落ちる髪がなくなって快適である。
「とてもよく似合います。やはり、いいものは貴女の魅力を引き上げてくれますね」
リザリアーネをじっと見るダズルの目には、嘘もなければ賞賛もない。
ただ、ほんの一瞬熱が揺れたように見えた。
読了ありがとうございました。
続きます。