その6
よろしくお願いいたします。
貰った高級ハンドクリームのお返しを考えたものの、そもそも貴族のダズルは何でも最高級品を持っているだろうし、こだわりもあるだろう。
それなら、消耗品などはいいかもしれない。
そんなに外から見えないもので、リザリアーネが買えるレベルのもの。
色々検討した結果、ハンカチを贈るのが無難、という結論に達した。
値段としては同程度のもので、シンプルながら作りが丁寧でワンポイントの刺繍が上品なハンカチを選んだ。
箱に入れる程度にしておけば、過剰包装でもなく適度な丁寧さが出る。
その箱を鞄に忍ばせて過ごすこと二日、登城するときにダズルに会った。
「おはようございます、ラズール様」
「おはようございます。朝の清々しさが貴女の清涼感のある雰囲気によく似合いますね、リザリアーネさん」
「あ、ありがとうございます。それで、ラズール様。こちら、受け取ってください」
リザリアーネは、鞄から箱を取り出して手渡した。
「これは?」
「ハンドクリームのお礼です。これなら、お使いいただきやすいと思って」
受け取ったダズルは箱を開けて中のハンカチを見た。そして軽く指で触れ、こくりとうなずいた。
「確かに、使いやすそうなハンカチです。ありがとうございます、リザリアーネさん」
やはり無表情だが、態度は丁寧なのでいらない物ではなかったのだろう。
少し安心したリザリアーネは、ダズルに笑顔を向けてから通門へと足を進めた。
だから、無表情のままダズルが数秒固まっていたのには気付かなかった。
「っと、ん?呼び出し状?」
リザリアーネの研究室への連絡は、都度研究所のロッカーにやってくる。
一応毎日確認しているが、実際に連絡を受けるのは稀だ。
その稀の一つが前回の監査室への呼び出しだったが、今回も同じ監査室からだ。
ダズルからの呼び出しだが、月に一回の収支報告はきちんと出したので、そこではないのだろう。
首を捻りながら、リザリアーネはダズルの監査室へ向かった。
「では、ここの収支は二日に分かれているんですね」
「そうです。別々にしないといけなかったです、すみません」
「いえいえ、わかれば注意書きを入れるだけで済みますので。それと、こちらの用途ですが、研究のためとなっています。宝石ではなく、金属のようですが同じ使い方をするんですか?」
「こちらの金属は、宝石に巻き付けて使ってみようと考えたんです。金属は比較的魔法を通しやすいうえに文字も刻みやすいので、両方使ってもいいかもしれないと思って」
説明すると、なるほどとうなずいたダズルはリザリアーネを見た。夕空色の瞳には、いつものように何の感情も映っていない。
「わかりました。細かくは研究に関わるので書きませんが、僕が監査官として確認したので問題ありません」
「ありがとうございます」
本当に確認だけだったようだ。
ほっとしたリザリアーネは笑顔になった。
「結果の出る研究に没頭している貴女を呼び出すのは心苦しいですが、ちょっとした確認が後から効いてくる場合がありますので。何度もやり取りするのは手間ですし、可能であれば直接提出に来ていただけませんか?」
なるほど、毎回細かい質問があるならリザリアーネが持ってきてその都度聞いた方が手間は少ないだろう。
「はい、それは構いません。そうですね、今日は12日なので、12日の午前10時ごろに大体来ることにします。予定が変わる場合は、別途ご連絡します」
「わかりました。僕も予定は自分で決められることが多いので、問題ありません。もし何か予定が入った場合は、別の日を提案しますね」
「はい、かしこまりました」
「美しい貴女を一人で歩かせることには不安がありますので、できればウォーリーに迎えに行かせたいところです」
「いえ、それは問題ありませんよ。監査室に向かうと言えば、重要なことだとみんなわかりますし」
また始まった、とも思ったが、最近どういうわけか少しばかり慣れてきたような気がする。
「だといいのですが……。もし、何かあればすぐに報告してください。対策を考えます。貴女の麗しさに惑わされた人が暴走する可能性もあります」
「ないと思います」
即否定したリザリアーネを、ダズルは温度のない目線で見つめた。
「まだご自覚が薄いんですね。仕方ありませんが、帰りは必ず送りますよ。監査室へ行くという言い訳は通用しないのですから」
多分、断っても勝手に付き添わせるだろう。
苦笑したリザリアーネは、そこは甘んじて受け入れることにした。
「はい、何も用事がないようであればお願いします」
うんうんとうなずいたダズルは、席を立ってソファに座るリザリアーネの前までやってきた。
ウォーリーは、別の机で書類に向き合っている。先ほどはこちらを見ることこそなかったが頷いていたので、送るつもりでいてくれるのだろう。
「これを、貴女に」
「えっ」
差し出されたのは、手のひらに乗るサイズより一回り大きな長方形の箱だ。
この間プレゼントをやり取りしたばかりなので、リザリアーネは面食らった。
「開けてみてください。趣味に合うと良いんですが」
恐る恐る開けてみると、中に入っていたのはシンプルな万年筆だった。
最近流行っている太めのものではなく、リザリアーネの手でも握りやすそうなすらっとしたシルエットだ。
「ラズール様、これは」
「これは軽いので、書類を書くときにも手が疲れにくいです。つけペンよりも手軽ですが、正式な書類にも使えるので僕も使っているんですよ」
少しデザインは違うが、色違いのお揃いともいえる万年筆がダズルの胸ポケットにあった。
実用品なのだろう、装飾は一切なく、素材も素朴な木材なので高いものではないはずだ。
ダズルは箱の中の万年筆を手に取り、くるくると回して中を取り出した。
「ここに、インクを入れます。ペン先をインク壺に漬けて、ここを押したら中にインクが入る仕様です。手入れも比較的簡単なので、手間が減りますよ」
「そうなんですね。スポイトで補充する万年筆は知っていましたが、このタイプは初めて見ました」
インクを入れる部分を取り外すことなく補充できるのは画期的だ。ダズルは分解した万年筆をリザリアーネに渡しながらうなずいた。
「手が汚れないので煩わしさがかなり減りました。ウォーリーにはこの中身部分をこれに入れ替えさせましたが、本当におすすめです」
なるほど、スポイトだと手にインクがつくことがあるが、これならつかないだろう。
思わずウォーリーを見ると、こちらを見た彼は手にした万年筆を見てからうなずいた。なるほど、インクを入れる部分だけを入れ替えることもできるらしい。
こちらを使ってみて、便利だったら手持ちの万年筆の中身をこちらの吸い上げ式に変えてもいいかもしれない。
もう貰うつもりになっている自分に内心苦笑して、リザリアーネはお礼を言った。
「ありがとうございます、ラズール様」
「貴女の美しい手を彩る万年筆を見つけられて僥倖でした」
リザリアーネは彼からの誉め言葉を受け流しながら、次のお返しは何にすればいいだろうかと考えていた。
上司の口説き文句をバックミュージックに仕事に集中しようとしていたウォーリーは、思わず目を閉じて息を吸い込み、ため息を耐えた。
読了ありがとうございました。
続きます。