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その5

よろしくお願いいたします。



もう、これでしばらくはダズルと会うことはなく、いつも通りの研究者生活。


そう思っていた時期もありました。


「リザリアーネさん、資料を探しに来たんですか?」

「はい、そうです」

今日は王城の図書館で遭遇した。

昨日は登城したときに通門のあたりで会った。もしかすると、これまでにも何度かすれ違っていたのかもしれない。

顔と名前を一致させて記憶したので、話しかけられれば応えないわけにもいかない。

ダズルは一人で図書館に来たらしく、補佐官のウォーリーの姿は見えなかった。


「熱心で素晴らしいですね。そういえば、論文の発表お疲れ様でした」

そう、先日は石を磨くと魔力の通りがよくなることについての論文を発表したのだ。これは魔石でも同じで、磨くとより魔力がより抵抗なく通る。抵抗がなければ、魔石が長持ちする。

自分のことながら、なかなか有用な内容だったと思う。


発表は研究所内だけで行うのだが、どういった発表があったのかは情報誌としてまとめて発表しているので、一般の人も知ることができる。

意外とその情報誌を見ている人は多く、場合によると商売のタネになりそうだと考える商人が、商品の共同開発を打診しにくることもあるようだ。細かい契約関連は研究所がまとめるそうで、事務方の中には商品開発契約関連を熟知した専門家もいるんだとか。

研究者の中には、そういった発明品で一発あてることを夢見る者もいる。


「ありがとうございます。どうにか無事審議に通りました。ラズール様も、資料をお探しに?」

世話になっている監査官相手に冷たくするわけにもいかない。

それに、表情こそ無のままだが基本的には親切で穏やかなダズルと話すのは苦ではない。唐突に挿し込まれる口説き言葉さえなければ。

「ええ、過去の資料はこちらに保管してあるので。聡明なあなたなら今の研究もすぐに形になさるのでしょうが、根を詰めすぎてはいけませんよ。目の下のクマ程度では貴女の美貌はくもりませんが、やはり健康は大切です」

いつも通りの無表情だとわかっているのだが、何となくその真意が知りたくて夕空色の目を見上げてしまう。そして今日もやはり、冷たくも温かくもない。

「……はい。お気づかいありがとうございます。適度に休憩も取りますね。ラズール様も、ご無理はなさらずに」

「ありがとう。貴女に気づかってもらえるだけで疲れが吹き飛ぶようです。……あまり引き留めても良くないな。ではまた」

「はい、失礼いたします」

軽く会釈して、ダズルと別れた。


会って話すのは大した時間ではない。ちょっとした立ち話という程度だ。

そして、そのほんの数分の間に何かしら褒められる。優秀だの美しいだの魅力的だの。

正直に言えば、優秀であることに関しては甘んじて受け入れられる。

良しとしよう。

しかし、見た目を褒められるのはいかんともしがたい。

普通の茶色い髪は下ろしっぱなしで、葉っぱ色の目は珍しくもなく若干くすんでいる。

研究ばかりで外に出ないので肌こそ真っ白だが、別に艶やかとか整っているとかいうわけではない。なんなら運動もしないので若干ボディラインは緩んでいる自覚がある。胸こそそれなりにあるが、あくまでそれなりだ。

貴族らしく手入れした輝く金髪に、夕空色の瞳を持つダズルの方がよっぽど美しい。

なのに当たり前のようにリザリアーネを褒め倒すとは、どういう審美眼を持っているのか謎だ。

やはりからかっているのかとも思うが、あるいはそう思いたいだけかもしれない。



いつものように、ほかの人と少しずらして昼食をとるために食堂に向かうと、見慣れた金の髪が見えた。綺麗にまとめてある髪は、実はダズル自身が毎日整えているらしい。髪を触られるのは苦手だという。夜会などの特別なときだけ、メイドに頼むそうだ。

そのあたりも、なにかと交わす雑談の中で知っていった。

「あぁ、リザリアーネさんも今から昼ですか?」

「はい」

「ご一緒しましょう」

「もちろんです」

実は、これで昼休みを一緒に過ごすのは3回目である。

リザリアーネが、少し時間をずらすと空いていると言ったのを覚えていたダズルが、空いているならその方がいい、とずらすようになったらしい。

リザリアーネは研究者なので既定の勤務時間などはない。一方のダズルは監査官で、個人の裁量で動ける範囲が広いため、勤務時間の中である程度自由に休憩時間を選べるという。

ウォーリーとは時間をずらすそうなので、たまにウォーリーと会うこともあったが、彼とは昼食をともにすることはない。

ダズルに声をかけられて断るのも、と思っていたら気づけば会うたびに同席することになっていた。


「といわけで、今回はまたしても失敗です。ただ、一歩進んだ感はありますね」

「なるほど。次はどうするつもりなんですか?」

「ええ。あのときの魔力操作が甘かったのと、あとは――」


ダズルは監査官という職業上、仕事のことを他人に話すことはないという。そうでなくとも信用に足るとリザリアーネは判断しているし、何よりもある程度理解したうえで聞いてくれるのだ。

研究の話を分かって聞いてくれる相手は貴重である。

ダズルも楽しそうに聞いてくれるので話しやすい。もっとも、表情は変わらない。ただ、色々と質問をしてくれるのでそう感じるのだ。


今までと同じように昼食をとりながら話し、終わったら席を立って片付ける。

そのためにトレーに手をかけようとしたらダズルに止められた。

「少しお待ちください。こちらを」

そう言いながらポケットから取り出したのは、手に乗るサイズの包み。

「えっと、これは」

「研究で手を使われるからでしょう、荒れているのが目に余ります。朝晩使うだけでも違うそうですから、試してみてください」


袋の中身は、ハンドクリームだった。

花の香りだとラベルに書いてあるそれは、薬草を練り込んであるもので実は高級品だと知っている。なぜなら、リザリアーネは別の香りのハンドクリームを母の誕生日にプレゼントしたからだ。

「これは……いえ、そんなにまでしていただく理由がありません」

「しかしリザリアーネさん、貴女が受け取ってくれなければ誰も使いません。僕は使いませんし、母はお気に入りの製品があるらしくて」

リザリアーネを見て軽く首を曲げたダズルは、どこか困っているようにも見えるがやはり表情に温度はない。

「そうかもしれませんが、それとこれとは」

「ほら、そんな高いものでもありませんから、受け取ってください」

ダズルは、ハンドクリームを袋ごとリザリアーネの手の中に握らせて外から自分の手で包んだ。

手に触れたことに驚いている間に、ダズルはトレーを持った。


「あのっ」

「では、また」

ここまでされて、強く断るのも失礼だ。

ハンドクリームとしては高級品だが、とんでもない値段というわけでもない。

「……、ありがとうございます」

「いいえ」

諦めたリザリアーネはお礼を言うと、ダズルはこちらを振り返って答えた。


仕方がないので、何かお返しをした方がいいだろう。



読了ありがとうございました。

続きます。

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