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その4

よろしくお願いいたします。



誰か何とかしてくれていないかな、と思ったが、想像が簡単に実現するなら誰も苦労しない。

リザリアーネは、覚悟を決めて自分の研究室の扉を開けた。


「……麗しく賢い貴女でも、苦手なものはあるんですね」

「ううぅ。はっきり言っていただいて構いません!どうせ汚いですぅ」

「片付ければいいでしょう」

小さくなるリザリアーネを見下ろすダズルの顔には、やはり何の感情も浮かんでいなかった。

恥ずかしい思いをしている状態では、特に何も感じていない表情はありがたい。


「リザリアーネさん、メイドなんかに掃除を頼めばいいのでは」

ウォーリーは、床に落ちた資料や適当にまとめられた失敗作の入った箱などでごった返す部屋をぐるりと見てそう言った。

彼の視線には『片付ければいいのに』という言葉が含まれているようだった。


「それが、頼んだことはあるんですが、使いかけの試料を捨てられたり、書きかけのメモを捨てない物の箱に入れておいたのに丸ごと捨てられたり、本の並び順を変えられたり、色々と不具合があったのでそれ以来自分ですることにしたんです」

何人か来たのだが、どの人も貴族に連なる人だったことも良くなかった。

ごりごりの平民であるリザリアーネのために動くのを良しとしない、というのがよく分かる態度だったのだ。王城には平民のメイドもいるのだが、魔法研究所はエリートが集まる場所なので人気があり、平民のメイドは配属されないらしい。

思い出して苦笑するリザリアーネに、ダズルは無表情なまま言った。

「なるほど。選民意識のある人はどこにでもいますからね。しかも優れているはずの自分が掃除婦で平民のリザリアーネさんが研究所の期待の星。美しさと賢さに嫉妬したのでしょう。そういうことでしたら、こちらから進言して平民のメイドを定期的に寄こしましょうか?」

褒められているがゆえに反論することもできず、リザリアーネは首を横に振った。

「いえ、今のところ何とかなっているので大丈夫です」

「なんとか……?」

なっていないのでは、というウォーリーの視線は無視した。


物をどけたソファに座ってもらい、リザリアーネは試料である宝石が入った箱を持ってきた。

これから使う物、使いかけの物、失敗した物の三つだ。

宝石はすべて小さな袋に小分けにして入れてあり、どれが何の宝石かというのも袋に記載している。

「宝石は、すべてこれくらいの大きさまでのものです。透明度の高いものの方が魔力は通りやすいですが、実験にはまずはこういう濁りのあるものを使っています」

「濁りがあっても問題はないのですか?」

箱の中身と持ってきた収支報告を見比べながら、ダズルが質問してきた。

収支に関することだけを聞かれると思っていたので驚いたが、それはリザリアーネの研究につながる話なので聞いてもらえて嬉しい。

「はい!それが、魔力の通りやすさは透明度によって変わるのですが、磨けば問題ないとわかったんです。どちらかというと、表面の状態が大事らしくて。このあたりは、すべて濁りがあるものを磨いてもらっています。だから、少しだけ一つずつの価格を抑えて数を増やしました」

それに関しては、すでに論文にまとめている。発表はまだだが、そろそろ審査が終わるところである。

「なるほど……貴女はどんどん成果を出していくのですね。素晴らしい。片付けができないくらいは可愛らしい欠点です」

ダズルは、箱を確認しながらそう言った。可愛らしいなどという言葉が飛び出してきたので、リザリアーネは思わず固まった。

ウォーリーは遠くを見ている。


「確認は終わりました。こちらの収支報告と実態に乖離はありません。今後も頑張ってください」

「はい、ありがとうございます」

ソファから立ち上がったダズルとウォーリーを見送るため、リザリアーネは床に落ちたものを避けながら扉に向かった。


ウォーリーが先に出て、ダズルもそれに続こうとしたが、彼は立ち止まってリザリアーネに向き合った。

「しつこく言うようですが、やはり貴女には自覚が足りないように感じるのでどうか聞いてください。リザリアーネさんは賢く美しく魅力的なんです。研究者であることが防波堤となってくれる部分もあるでしょうが、貴族ならそれを簡単に踏みつける可能性もあります。もし、困ったことがあれば頼ってください。これでも伯爵家当主で、実家は侯爵家ですので力になります」

なんと、次期伯爵だと思っていたら、すでに伯爵家の主であり、生まれは侯爵家だったらしい。あまりの身分差に一瞬立ち眩みを感じたが、リザリアーネは何とか踏ん張った。


「お気遣いいただいてありがとうございます。もし困ったことがあってどうしようもなければ、頼らせていただくかもしれません」

「はい、いつでもどうぞ。なんなら、僕の名前を出してくれてもかまいません」

まさかそんなことはできそうもない。しかし、断ってもダズルは引いてくれないだろう。

「えっと、わかりました。ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げたが、ダズルはそのまま立ち止まっている。

頭を上げると、彼は無表情のままリザリアーネをじっと見下ろしていた。

「……やはり心配です。我々が帰ったら、すぐに部屋の鍵をきちんと閉めてください。ノックがあったら、開ける前に相手が誰かを確かめてください。僕も含め、男性を簡単に信頼しないように。いいですね?」


やはりダズルも含めて、すぐに信頼してはいけないらしい。

このままでは帰ってくれそうにないので、リザリアーネはうなずいた。

「わかりました。気を付けて、常に疑うくらいのつもりで過ごします。お二人が出られたら、まずは鍵をかけますので」

たくさんの宝石もあることだし、防犯に気を遣うのは悪いことではない。

扉の鍵に手をかけたリザリアーネを見て、ダズルは一つうなずいた。

「そうしてください。貴女の魅力に惑わされる方が悪いとはいえ、ほんの少しの手間で防げることもありますから」


なんというか、心配性の母親のようである。

思わずリザリアーネは笑顔になり、そしてダズルに廊下を示した。

「ありがとうございました。次は来月、収支報告をきちんと提出いたしますので」

「また貴女はそうやって魅力を振りまくんですね。本当に自覚なさってくださいよ?」

「大丈夫です!ほかのお仕事もあるんでしょう?これまでも何とかなってきましたし、気をつけるので今後はもっと大丈夫ですから」

リザリアーネがそう言うと、ダズルはしぶしぶであることを感じられるほどゆっくりと廊下へ出た。表情は無いので不思議な感じがする。


「昼休みなどのときは、部屋の鍵を持っていってくださいね。侵入者が先に部屋に入って待っているなどという場合もありますので、施錠しないのは非常に危険です」

「わかりました!そもそも昼休みは皆さんと一時間ほどずらしていますから、廊下などに人がいればすぐ気づきます。安心してお戻りください」

こみあげてくるものがあり、リザリアーネは腹に力を入れた。

「本当に、ご自身に気を配ってくださいね」

「はい!」


笑顔で押し切って、どうにか部屋から出すことに成功した。

そして言われた通り、すぐに鍵を閉めた。


リザリアーネは、我慢していた笑いを開放した。

「お、おかーさんっ……!ふふっふふふはは」

なるべく小さな声になるよう抑えたのだが、廊下には聞こえたかもしれない。



読了ありがとうございました。

続きます。

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