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その3

よろしくお願いいたします。



「リザリアーネさん。書類についてはこれで特に問題ありません。さすが優秀なだけあって、非常にわかりやすいし数字の間違いもないうえ、貴女の読みやすい文字のおかげで早く確認できました。こちらはこのまま受け取ります。今後、収支は一ヶ月ごとに提出してください」

ちらちらと誉め言葉を混ぜながらそう言ったダズルは、収支の書類を確認済みの箱へと入れた。

「ありがとうございます。一ヶ月ごとですね、わかりました」

ようやっと終わりだろう、と思ったのだが、そのままダズルに声をかけられた。


「では、次は実態調査にうつります。書類はいくらでも整えられますからね。もっとも、通常であれば実態調査は数年に一度しか行いません。今回見せてもらったら、次の実態調査は五年以内に行われるでしょう」

そう言われたリザリアーネは、焦ってソファから立ち上がった。

「えっ?実態調査ということは、研究室に来られるんですか?」

「当然ですよ。専門的なところはわかりませんし、当然口外もいたしませんので、安心してください。ただ、購入した物品を正しく使っているか、失敗した物をきちんと破棄しているかといった確認を、監査官が直接行う必要があるのです」


確かに、書面での収支に矛盾がないかのほかに、架空請求していないかどうかの確認も必要だろう。

何年か前には研究のためのフィールドワークを辺境で行うという名目で、愛人との旅行を全額研究費から出していた研究者がいたとニュースになっていた。

そんな人はめったにいないはずなのだが、公私混同してしまう人はどこにでもいる。

研究費は国家予算から捻出されているので、だまし取って自分のために使うなど犯罪だ。

その研究者は、魔法研究所から懲戒解雇されたうえで罰金刑となったはずだ。下世話なニュース紙では、奥さんと子どもに逃げられて離婚されたとか、そのまま罰金を支払いきれずに二十年の懲役に切り替えられたとか伝えていた。

研究者が不正をしないよう、監査官が自ら確認するのだろう。


「わかりました。いつ頃確認に来られますか?」

「貴女の予定が空いているなら、今日にでもお願いします」

ダズルとしては早いところ確認してしまいたいらしい。

とっ散らかった部屋の様子を思い出したリザリアーネは思わず唇をきゅっと噛んだが、諦めるほかあるまい。乱雑な部屋については監査と関係ないので、きっと不問にしてもらえるだろう。

「では、今から向かいますか」

どうせ片付けようとしても片付かないなら、今すぐでも夕方でも数日後でも同じだ。

そう思ったのだが、ダズルは首を横に振った。


「いえ、ウォーリーがもう少しすると戻るので、待っていただけますか?彼は補佐官なので確認には参加しませんが、一緒に来てもらう方がいいでしょう」

どうやら、補佐官に付き添いを頼みたいらしい。

しかし、彼に仕事がないのなら別に一緒に来る必要性を感じない。


「ラズール様だけではなく立ち合いの方も必要なんですか?」

「別に立ち合いは必須ではありません。しかしですね、監査室は常に誰かが来る可能性があって、壁もそこまで厚くなく、別の監査員も常に近くの部屋にいるので安全性が高いのに対して、研究室は防音も設備もしっかりしていて密室になり得るのです。僕が貴女の研究室で二人きりになるべきではありません」

無表情なままのダズルにそう言いつのられたリザリアーネは、思わず目を丸くした。


「ぅえっ?!そんな、まさか」

ダズルがリザリアーネにとって危険な存在になるというのだろうか。表情からは、そんな気配は一切感じられない。

「まったく、貴女は危機感がなさすぎます。そんなに触り心地の良さそうな肌を見せておきながら、危険がないと思い込むなんて」

「ぇ……?」

リザリアーネは思わずダズルの顔を凝視したが、いつも通りの無表情。まさかそんなことを言った顔だとは思えない。

ちなみに、いつものワンピースなのでそこまで胸元は開いていないし、足もさらしていない。一体どこを見てそう感じたのか。

「いいですか?この件に関して、僕は自分を信頼していません。ですから貴女も危機意識を持つように」

「はぁ」

それはつまり、隙あらば襲う可能性があると言っているのだろうか。


理解した途端、リザリアーネは首から上を真っ赤に染めた。

この監査官は自分の言葉の意味を分かっているのか。

二の句を継げないリザリアーネと、そんな彼女を見つめるダズルの間に沈黙が落ちた。


「ただいま戻りました」

そんな空気をぶった切ってくれたのは、ダズルの補佐官をしているウォーリーである。

「あぁ、依頼の書類はどれくらいある?」

「受け取ってきたのは五枚です。こちらが今週中のもの、この三枚は来週までです」

そこまで言ってソファセットの方をちらりと見たウォーリーは、リザリアーネを認めて軽く頭を下げた。



「こんにちは、リザリアーネさん。修正の提出にいらっしゃったんですね」

にこりと笑顔でそこまで言って、それからダズルの方を向いた。

リザリアーネには見えず、ダズルは書類を見ていたので誰も気づかなかったが、ウォーリーは残念なものを見る目で執務机に向かう上司を見下ろしていた。

細かい内容はわからずとも、またダズルが口説くようなセリフをあの無表情でリザリアーネに告げたのだろう、と理解していたのである。

何をやらかしたのか、リザリアーネの頬は赤かった。きっとまた歯の浮くようなセリフでも言ったのだろう。


ウォーリーが内心で砂糖を吐いていると、ダズルが確認を終えてうなずいた。

「問題ない。では、リザリアーネさんの研究室の実態調査に行くのでついて来てくれ」

「わかりました」

ダズルとウォーリーがドアに向かうと、リザリアーネもソファから立ち上がった。


先導がウォーリー、その後ろにダズルとリザリアーネが並んで歩いている。

「先ほども言いましたが、貴女は危機感がなさすぎるのです。ご自身が美しいと自覚なさっていますか?確かに研究者であることは対男性としては一定のハードルとなり得ます。しかし、そんなもの軽く飛び越えてくる輩は少なくありません。どうか自衛してください」

研究室へ向かいながら、ダズルは淡々とリザリアーネに告げてきた。当たり前のように言うので、うっかり受け入れてしまいそうだ。


「そんな、大げさです。どう見てもただの平民の女ですし、小綺麗にはしていますが貴族のお嬢様を見慣れている方からすれば完全に範疇外でしょう。それに、これまでそんな視線で見てきた人なんていませんよ」

自ら美人ではないと言い切るほどの気概はないが、しかし遠回しにそう言ってみた。人によっては可愛いと言ってもらえるだろうが、基本的には平凡な平民カラーの研究者なのだ。

「またそんな風に。いいですか、僕が見る限り美しいのも魅力的なのも事実です。危機感のなさが危うすぎますよ」

無表情なまま重ねて言われ、言い返す気力のなくなったリザリアーネは頬を染めて前を見た。

「……危機感については、そうかもしれません。今後気をつけます」

「そうしてください」


なお、前を歩いていたウォーリーは砂糖でも吐きそうな顔をしていた。



読了ありがとうございました。

続きます。

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