その23
よろしくお願いいたします。
「リザリアーネさん。……リザ。貴女は本当に美しいし、とてもいい香りがする。肌にもっと触れたい。あぁ、思った通りです。柔らかくてすべすべしていて、食みたくなる」
ダズルは、リザリアーネの頬から首へと手のひらを滑らせた。
「まっ、ちょっと待ってください。ダズル様、離して?」
何とか動く手を自分とダズルの間に差し込み、下から彼の胸を押したがびくともしない。
本当に良くない。
なにせ、抵抗に力が入らない。
「リザ、甘い香りがする。たまらない」
ゆっくりと降りてくる夕空の瞳に絡めとられ、リザリアーネは唇を同じもので塞がれた。
じっくりと触れてくる唇は、強く弱く、熱を確かめるように何度も繰り返し押し付けられた。
どかそうと押していたはずの手は、ダズルの服を握りしめていた。
離れるたびに、浅い息が漏れる。
「リザ。どこまでいい?僕は、全部欲しい」
「んんっ!」
とんでもないことを言われて、返事をする前にまたキスされた。
せめて返事を聞いてほしい。
「貴女は友人なんかじゃない、リザ」
「んぅっ」
リザリアーネの首元にあったダズルの手が、また動き出した。首から下へと下がっていき、怪しい動きをしだした。
わかっているのに、ろくに抵抗できない。
抵抗したくない。
「友人では、リザを僕のものにできないだろう?僕は、リザを手に入れたいと思っている。欲しくてたまらないんだ」
夕空色の瞳には、火傷しそうなほどの熱があった。
それが愛か恋か欲かはわからない。もしかすると、全部だろうか。
リザリアーネの心は、喜びに埋め尽くされようとしていた。
ふと、ダズルの肩越しに監査室の天井が目に入った。
ここがどこかを思い出したリザリアーネは、流されかかった理性を無理やり引き戻した。
「わ、わかった!わかりました!それは友人じゃありませんね!だから、もう放して」
ぐっと手に力を入れたが、ダズルは逆にリザリアーネを抱きしめるようにして身体を密着させてきた。
「いやだ。僕はリザが好きだ。だから、手に入れる。リザは、本気では抵抗してない」
「っ?!や、そりゃ、私も好きだから嫌じゃないです!でもだめ。ここは監査室なんです。職場なので!」
「え、むり最速でもらう」
「へ?っひゃ!」
ダズルは、リザリアーネの上からさっと身体を動かしたと思ったら、流れるようにリザリアーネを横抱きにして立ち上がった。
「だ、ダズル様っ」
「黙って。連れて行くから」
「歩けますっ」
「無理」
何が無理なのかわからない。
落とされるのも怖いので、リザリアーネはとりあえず手の届くダズルの首に手を回した。
リザリアーネを抱き上げたダズルが足を進める王城の廊下には帰りらしい職員がちらほらいたが、ぎょっとして見られた。
そりゃそうだろう。
堂々と顔を見せる勇気のないリザリアーネは、ダズルの胸に顔を伏せた。
リザリアーネはそのままラズール伯爵邸に連れ込まれ、最速でおいしくいただかれた。
その後のダズルは、驚くほどのスピードで外堀を埋め尽くした。
ラズール元侯爵夫妻に了承をとって感謝され、ラズール現侯爵夫妻にも挨拶して歓迎され、リザリアーネの両親に挨拶をして喜ばれ、職場に挨拶して普通に受け流され、さくさく婚約手続きを済ませ、そのままの流れで貴族の婚姻に必須の国王陛下のサイン入りの婚姻許可証をもぎとってきた。
「ダズル、迎えに来なくても大丈夫よ?いつもそっちに行ってたのに」
「リザは美しいんです。あの夜会のときだって、本当はあんなに色香を纏った君を誰にも見せたくなかった。何人にも囲まれていたでしょう。今だって危険なんですよ」
ダズルは、相変わらずの無表情でそう言った。
結婚式まであと数か月であり、リザリアーネの左手薬指にはダイヤモンドと夕空色の宝石が並ぶ婚約指輪が輝いていた。当然、ダズル手づからによる防御の魔法陣入りである。
当初は、身分差がどうのと言われるとばかり思っていた。
しかし実際には、特別爵である魔法男爵と伯爵の結婚は誰にも何も言われなかった。
収まるところに収まった、という程度だ。
「危険なんてないわ。むしろダズルの伴侶だってみんな知ってるもの。それより、ダズルの方があちこちで声をかけられるんでしょう?」
そう、リザリアーネと結婚したと知れ渡ったとたん、なぜかダズルが女性に声をかけられることが増えたのだ。ただし、声をかけては少し話して撃沈する女性ばかりのようだが。
なんなら、ダズルに声をかけたらしい女性からリザリアーネが励まされる案件がちらほらある。
「リザのことを聞かれるから、ほんの少し君の魅力を話して聞かせているだけだよ。嫉妬した?それならすごく嬉しい。でも大丈夫、僕はリザしかいらない」
「……ありがとう」
朝晩は必ず馬車で送り迎えをし、昼休憩もどうしても難しい場合以外は常に一緒で、帰りは毎日研究室まで迎えに来る。
声をかけようとする男性はさり気なくがっちりとガードし、声をかけてくる女性にはそういう意味では見向きもしない。
あれこれ世話を焼こうとするし、もはやリザリアーネの着る服からアクセサリーまですべてダズルが手に入れたものだ。
逆にリザリアーネがダズルに何かしようとすると、期待に夕空色の瞳を輝かせ、必ずお礼を言った上にしてあげた以上の何かが返ってくる。
婚約指輪には防御の魔法陣を施してあるが、実は最近貰ったイヤリングにも魔法陣があり、これは一言メッセージをやり取りできるものだ。リザリアーネが考案した魔法陣を少しいじったものを見せると、ダズルが嬉々としてイヤリングの台座に刻み、自分用にはイヤーカフを用意していた。
おかげで、ちょっとした連絡は耳元に声が届く。これも、もう少ししたら特許を出す予定だ。
ダズルは、結婚指輪よりも先にイヤリングとイヤーカフでお揃いだと喜んだ。
激重である。
ダズルはほんの少しと言ったが、惚気を聞かされた女性からは煮詰めた砂糖を吐くかと思った、との感想をもらった。
一体何をどう言ったのかは恥ずかしくて聞いていない。
なんなら、母親であるはずのティアティナもダズルの変わりようにドン引きしていた。
「逃げたいなら、逃げ切れるかはわからないし反動がえげつないかもしれないけど手伝ってあげるわよ」
と言われた。
絶対にやらないが、もしも逃げたらものすごい勢いで追いかけて捕まえられるだろう。ほんの少しだけそれを見てみたいと思うリザリアーネも大概である。
無表情のダズルだが、ごくたまに頬を緩ませることがある。
何よりも、夕空色の瞳に感情が映ることが最近わかってきた。
それ以上に、ダズルは言葉にして伝えてくれる。
「リザ、君は本当に美しい」
研究に没頭し過ぎてよれっとしたリザリアーネにも、ダズルは相変わらずそんなことを言う。
「ダズルったら。こんなにあちこち適当なのに、美しいとは違うと思うわよ」
「リザはいつでもすべてが美しいし僕を惹きつけているんだ。あぁ、結婚式を早くしてしまいたいのに、誰にも見せずにおきたいよ」
「もう。お披露目した方が、皆に関係性を伝えやすいんだって言ったのはダズルよ」
帰るのは同じ家である。ダズルが早々に準備してラズール伯爵邸に二人の部屋ができ上っており、当たり前のように同居することになった。
婚姻届けはすでに出しているので、正しく夫婦である。婚約から婚姻まで一日というスピード婚だった。
「そうなんだけど、そうじゃないんだよ。リザが僕の伴侶だって世界中に知らしめたいけど、君の魅力的な姿は独り占めしたい。矛盾してるけど、どっちも僕の気持ちだ」
リザリアーネは、妻の荷物をまとめて持つダズルを見上げた。
表情はほとんど変わらないが、夕空色の瞳がリザリアーネを見るときには、常に熱を持っている。
少しだけ、その気持ちがわかる。
リザリアーネも、ダズルの瞳が言葉と同じくらい感情を伝えることを誰かに知ってほしいが、その魅力は自分一人だけが知っていたい。
リザリアーネは、答えるかわりにダズルの肩に手を置いてほんの少し伸びあがった。
ダズルの頬に触れるはずだった唇は、彼の唇にぶつかった。
「ふふ。愛してるわ、ダズル」
夫の腕に捕まったリザリアーネは、にこりと微笑んだ。
「僕も愛してる。あぁ本当に、リザはいつも麗しい。君が傍にいてくれる人生しかいらない」
今日も、無表情な伯爵は自分の中にある事実を口にする。
これにて完結です!
お付き合いいただいてありがとうございました。




