その22
よろしくお願いいたします。
リザリアーネは、研究室の机に突っ伏していた。
研究は、順調である。
叙爵に至ったものはもう手を離れていて、次は空間メモ(目の中に文字を映すものはこう命名した)を使った個人どうしのメッセージのやり取りを考えていた。
メモに好きな文字を並べて浮かべるところまでできたので、次は相手に送るところだが、その目算は立っている。
突っ伏している理由は、思い出して借りてきた本にあった。
表題は『贈る指輪と着ける指の相関関係:貴族編』。
ページ数は少なめで、絵も掲載されていて非常にわかりやすい。
開いたままのページは、ピンキーリングの項。
ピンキーリングには、約束や魅力を引き出すといった意味合いがあるらしい。
ただし、自分の色の宝石をピンキーリングにして贈った場合は、左右関係なく意味がある。金の地金は髪の色、夕空色は瞳の色。完全にダズルの色だ。
「求婚の予約とか、知らないしっ」
リザリアーネの右手には、そのピンキーリングが煌めいていた。
イヤリングやネックレスと同じく返そうとしたのに、ダズルに持たされたのだ。研究室にいる間は守れないから、どうか持っていてほしい、問題が解決したら返してくれればいいからと懇願され、夜会で男性貴族に囲まれたこともあってうっかり受け取ってしまった。
きっと知らなかったに違いない、と自分に言い聞かせたのだが、あのときのダズルは彼らにわざと指輪を見えるようにしていた。
ぐるぐると考えていても時間は過ぎる。
相手に聞きもしないで推測したところで答えなど出ない。
リザリアーネは、ダズルにきちんと聞いてすっきりしようと決めて研究室を出た。
腹が減ってはなんとやら。研究にも支障が出るので、食事は大事なのである。
食堂はいつも通り時間をずらしているので少し空いている。軽めのセットを頼んで受け取り、席に着く。
魔法研究所には特に縦横のつながりはない。リザリアーネ以外は普通に貴族の出身で、それぞれに爵位を持つ者ばかりなので遠巻きにされていたというのもあるが、そもそもが個人主義な人たちだ。
だからボッチ上等なリザリアーネにとっては居心地が良いし、魔法研究員は天職とも言えた。
知りたいことを知っていけることが何より楽しいのだ。わからないことをそのままにしたくない。
だから、ダズルに答えを聞く。
行きついた結論にすっきりしたリザリアーネは、トマト系のソースを絡めたパスタを口に運んだ。
午後からはもりもりと研究に励み、定時になって研究室を出た。
ダズルと出会う前には定時など知ったことではなかったのだが、彼に会うようになってからは定時が公私の切り替えになっている。研究の時間は減ったのだが、むしろ決まった時間で集中できるので効率は上がっているように思う。
ダズルの執務室がある廊下を歩いていると、前からウォーリーがやってきた。
「こんにちは、ウォーリーさん」
「リザリアーネさん、こんにちは。ラズール様ならまだ監査室にいらっしゃいますよ」
「ありがとうございます」
「では、お疲れ様でした」
「お疲れ様です」
ウォーリーがもう帰るということは、ダズルも特に残業などはないだろう。
指輪の意味を聞くだけなのでさっと済むはずだ。
答えを聞いてすっきりしたい、という考えに取りつかれたリザリアーネは、その答えによっては二人の関係が変わることなど頭から抜け落ちていた。
「失礼します。ダズル様、もうお仕事は終わりましたか?」
「リザリアーネさん。これを片付けたら帰るところですよ。馬車で送っていきましょう」
「いえ。少し話を伺いたいだけなので、お時間いただけますか?」
「もちろんですよ」
手を止めたダズルは、リザリアーネをソファに案内した。
ごく自然に手を差し出されたので、何の疑問もなくエスコートされた。
それに気づいたのは、ソファに腰を下ろしてからだ。
ただ部屋の中を歩くのに、エスコートなど必要ないというのに。
ダズルがリザリアーネの隣に座ったので、リザリアーネは膝に置いた手を見て一つ息を吸ってから口を開いた。
「あの、このリングのことをお聞きしたくて。やっぱり友人として受け取っているのは違うと思うんです。それに、ピンキーリングなので」
「あぁ。リングの意味ですか。周りへの牽制もあるので、それでいいと思ったのですが」
「そうですね。誤解を与えていると思います。その、防御の魔法陣などは本当に心強いのでありがたいんです。でも、大事な友人に迷惑をかけてまですることではありません」
「大事な友人、ですか」
隣を見上げると、いつもの無表情なダズルがリザリアーネを見下ろしていた。
「はい。ダズル様は大事な友人ですよ」
「ご迷惑でしたか?」
夕空色の瞳が、ゆらりと揺れた。
「いいえ」
「では、……もしかして、恋人が、できたとか」
「まさか。もしも恋人ができたら、ダズル様とこうして二人で会ったりしませんよ。私、そういうところは気にするタイプなので」
ふむ、とうなずいたダズルは、リザリアーネに問いかけた。
「僕たちは、友人なんですね」
「だって、そうでしょう?休憩中に会ったら少し話したり、時間が合えば食事を一緒にしたり、ちょっとした雑貨をプレゼントしあったり」
それらはすべて、友人であれば普通のことだ。
まるで自分に言い聞かせるように、リザリアーネは言いつのった。何となく胸の奥がしくんと痛んだが、直視していないのでないのと同じである。
「友人とは、こんなに居心地のいい存在なんですか」
ダズルは、じっとリザリアーネを見下ろした。
「一緒にいて気分が悪くなるなんて、友人といえないと思いますよ」
「もっと、切磋琢磨しあうのが友人だと考えていました」
「それは友人でもあり得ますが、むしろライバルじゃないですか?」
「なるほど。では、何かしてあげたくなるのも」
「友人なら普通ですね」
少し首をかしげたダズルは、少しリザリアーネに身体を寄せるようにして重ねて聞いてきた。
「普段から会いたいと思うのも?」
「友人は、会いたいものでしょう」
「ほかの男と話しているのを見ただけでイライラするのも?」
「し、親しいと自負している友人ならありえます」
ゆるゆるとダズルが近寄ってくるので、リザリアーネはそっと腰の位置をずらした。
雲行きが怪しい。
「触れたくなるのも?」
夕空色の瞳に見据えられて動けないリザリアーネに、ダズルはそっと手を伸ばした。
思わず身体を逸らしたが、リザリアーネは自他ともに認めるインドア派である。腹筋が持たず、座ったままソファにぽすりと転んでしまった。
そのリザリアーネを追いかけてきた大きな手に、両肩を押さえられた。
これはよくない。
何がよくないって、嫌な感じが全然しないのがよくない。
ときめいている場合じゃない。
なんとか身をよじろうとしたが、ダズルは身体に覆いかぶさるようにしてリザリアーネの動きを止めた。
片手を肩から離してくれたと思ったら、そのままリザリアーネの頭を固定するように移動した。
ソファが、ギシリと鳴った。
読了ありがとうございました。
続きます。




