その18
よろしくお願いいたします。
実質デビュタントになるパーティのためにとプレゼントされそうになったイヤリングは、何とか都度貸し出しという方向にさせてもらった。
良くはない気がするが、あくまで借りるだけなので多分ギリギリセーフだ。
ここまで怒涛の展開が過ぎてかなりうっかりしていたのだが、家族に叙爵式でのことなどを話したときに言われて気がついたことがあった。
プライベートなことなので、馬車で送ってもらう途中に聞いてみた。
「あの、こんな風に親切にしていただいて本当にありがたいのですが、ダズル様の婚約者の方は嫌な思いをされませんか?とてもご理解のある方なんでしょうか」
普通、成人を迎えた貴族には婚約者がいるものらしい。
婚約までいっていなくても、内定していることが多いのだという。
ダズルは当然成人をとうに過ぎている。結婚はしていないそうなので、それなら婚約者かそれに近しい人がいると思い至ったのである。
そして聞いてみれば、ダズルは首を横に振った。
「僕に婚約者はいませんよ」
「えっ?でも、普通はその、独身の貴族ならいらっしゃるものだと伺って」
リザリアーネの言葉を受けたダズルは、今度はうなずいた。
「正確には、いたのですが、解消されてしまいまして。何度か断られて以来、特に話をいただくこともなくそのままです」
ダズルは、元侯爵令息で伯爵位を持つ独身の貴族のはずである。次男として独立したので、親の同居もない。かなりの好物件だと思うのだが。
「そう、だったんですか」
理由を聞いてみたいものの、センシティブな話なので踏み込んでいいのかどうか迷ってしまう。
リザリアーネが言いよどんだことに気づいたのか、ダズルは口を開いた。
「はい。僕は口下手なので、思ってもいないお世辞は言えないんですよ。それに、たまに意見を求められるならまだしも、常にドレスの流行やお茶会、パーティのことなどしか話題に上らない女性では僕と話が合わないんです。会話が全然続かなくて。最初の婚約者の女性には、成人直前のころほかに好きな人ができたからと断られました。それからは正直にそのあたりを説明したら婚約する前に断られるようになりまして、三人くらいまでは顔合わせをしましたが、その後はなく」
リザリアーネは、思わず目をぱちくりと瞬いて首をかしげた。
どの口がお世辞を言えないと言うのだろうか。
しかしすぐに思い直した。彼は、彼にとっての事実はすんなり言うのだ。
「待ってください。まさか、そのまま貴族の令嬢におっしゃったんですか?」
「はい」
さもありなん、とリザリアーネは遠い目になった。
実家でマナーを教えてくれた元男爵令嬢の講師からも聞いたが、ティアティナやマリリアンヌからも雑談として少し聞いただけでもわかったことだ。
貴族の女性にとって、お茶会やパーティは戦場である。
もちろん、親しい人と交流する、交友を広げるという側面もあるようだが、どちらかというと情報交換、交錯、工作、騙し合い、取り繕い合い、探り合いの場らしいのだ。ちらりと聞いただけでも、リザリアーネは背筋が震えた。
もっとも、リザリアーネは貴族当主なうえ、魔法男爵といういわば特別爵なので、そういった情報戦に参加する必要はない。
それだけは、本当に良かったと思う。
つまりは、存在意義を真正面から否定された貴族令嬢はダズルの相手を断り、多分お茶会などを通じてその噂が広がり、彼と婚約しようという女性がいなくなったということだ。
結婚相手は、自分の人生に関わること。そういった噂はあっという間に広がったと予想できる。
子爵以下の低位貴族まで幅広く探せば相手を見つけられたかもしれないが、ダズル自身も積極的に探さなかったし、それをみたティアティナたちも無理に結婚させようと考えなかったのだろう。
「両親からは、自分で相手を見つけるなり養子をもらうなり、好きにすると良いと言われまして。現状は好きにしていますよ」
多分、その好きにしていいではないと思う。
リザリアーネはダズルと彼の両親の間にある齟齬にくらりとしたが、それは家族のことなので口を挟むべきではない。そこはかとなく藪蛇になりそうでもある。
「そうだったんですね」
理解したと伝える以外の回答はできなかった。
「はい。ですから、気になさらないでください」
「気にはしますよ。でも、助けていただけるのはありがたいので頼らせていただきます」
実のところ、ダズルに頼らねば誰に頼って良いのかわからないのだ。ティアティナやマリリアンヌはもちろん助けてくれるだろうが、彼女たちはダズルを通じて知り合ったので、結局ダズル頼みだ。
リザリアーネの答えを聞いたダズルは、一つうなずいた。
ダンスの練習は、正直に言えばマナーや礼儀作法の確認に比べて天と地の差であった。
もちろん、ダンスが地である。
「ワルツですからね、一拍目さえきちんと押さえればあとはそれらしくなるわ。それから、移動方向は完全にダズルに任せたらいいのよ。はい、もう一度。背筋は伸ばして、顔はパートナーの方を見てね。足元は見ないように気をつけましょう。大丈夫、踏んでも蹴ってもどうってことはないんだから」
ティアティナは、相変わらず優しい表現で厳しい指導であった。
侯爵邸には社交用の広間があった。ここで夜会を行うこともあるらしく、落ち着いてモダンな装飾ながらほかの部屋よりもかなり華やかだ。
そこでダズルとホールドの姿勢をとって、ひたすらにワルツの練習をしている。
当日の恰好も重要だということで、いつものワンピースから貸してもらったシンプルなドレスに着替え、夜会でギリギリオーケーな七センチのヒールを履く。慣れた女性なら十二センチ程度のピンヒールは普通だと聞き、リザリアーネは戦々恐々とした。
そんな凶器のようなパンプスを履いて踊るなんて、ほとんど拷問ではないだろうか。
「顔は上げてね。そうそう、綺麗よ。ダズル、貴方はもう少し一歩を小さくしてあげないと、リザリアーネさんが大変よ。ああ、いいわね、それくらいにして。リザリアーネさんは、ダズルを信頼して任せちゃっていいのよ。一拍目だけ膝をしっかり使って大きめに。それよ!いいわ。リズムに乗ってそれっぽく動いていれば、そこまで悪目立ちもしませんからね。あとは、音楽をよく聞いてそのリズムに合わせて」
王都のお祭りで踊るような、ただ楽しく身体を動かすものとは全く違う。
いつもは使わない筋肉を酷使していて辛い。筋肉痛は必至である。
貴族の教養の一つとして夜会のダンスを披露するので、魔法男爵であるリザリアーネにはいらないのではないかと思う。しかし、国王の声がかりで参加するということは言わば主賓の一人と目されるので、さすがに一曲くらいは踊らないといけないらしい。
とはいえ、デビュタントの令嬢・令息のダンスの方がメインイベントになるだろう。デビュタントは対象者だけでダンスをするらしい。
そういう意味では、注目はされるがほかの大人に混ざって踊ればいいのでそこまで気にしなくていいはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、リザリアーネは音楽に合わせて足を動かし、ほかの判断はダズルに委ねた。
「あら、いいわね。それくらい身を任せると楽に踊れるはずよ。そのままね。ダズル、ホールドをもう少しだけ近く。そうよ、その方がリザリアーネさんも楽なの。でしょう?はい、じゃああと一曲頑張りましょうね」
やはり、ティアティナはスパルタだった。
読了ありがとうございました。
続きます。




