その17 補佐官のぼやき
よろしくお願いいたします。
ウォーリーは、王立学園の士官コースを首席で卒業した平民である。
幼馴染と結婚して数年たち、子どもも生まれて可愛い盛りだ。仕事は忙しいものの、高給取りなので妻子はゆったり暮らせているし、定時で帰れることも多く、休みがきちんとある。
ある意味で、順風満帆といえた。
上司は自分より若い伯爵位を持つ貴族だが、淡々としていて身分がどうとかいう態度は取らない。
仕事を粛々とこなし、監査官として正しく動き、相手が懐柔しようとしてきても引くことがない。疑わしいところは徹底的に調べ、是正すべきを是正し、守るべきを守る。
少々融通が利かない部分はあるが、監査官としては必要な素養だろう。
あまりに徹底しているので、ほかの部署からも煙たがられているほどだ。逆に、監査官としての信頼度は高い。
感情を荒げない淡々としたタイプなのだと思っていたのだが、実は表情に出すのが苦手なだけではないかという疑惑が浮上した。
それは、魔法研究所の監査を担当したときのこと。
細かい是正はそれぞれに通達したが、管理がずさんになっている研究室については個別に呼び出して是正方法を伝えて順次了承させていった。あの個性が爆発している研究者たちは色々と嘆願していたが、上司であるダズル・ラズールはきちんとルールを守る必要性を淡々と説明し、できなければ予算が落ちないと締めくくって相手を黙らせていた。
何とかしようという姿勢を見せる相手には、予算管理に関して任せられる外部の業者を紹介した。自分でできるのであればいいだろうが、難しいのであれば人に任せる方が管理する方も楽だ。
そうやって魔法研究所の監査を進めていると、かなり適当などんぶり勘定で予算を使っている研究室を見つけた。
新しい研究室で、久しぶりに平民から研究所に入ったという優秀な人物だという。
ほかの研究者に対するのと同じように、予算の流れを調べて呼び出した。
やって来たのは、研究者らしく白衣を着た若い女性だった。
コミュニケーションにも問題はなさそうだが、研究に没頭するタイプかもしれない。ウォーリーが見たところ、魔法研究所に入れたことで研究に夢中になるあまり予算関連について適当になったというところだろう。
そして、上司はおかしくなった。
その女性研究者に向かって、美しいだの麗しいだのと言うのだ。
無表情で。
不正ぐらい優秀だから簡単だろうとか言うのだ。
無表情で。
目と耳が色々拒否しそうだった。
結果として、女性研究者――リザリアーネは、単に舞い上がって忘れていただけのようで、きちんと予算感覚はあって無駄遣いもしていなかった。
今後は毎月きちんと収支をつけて提出すると言ったし、とりあえず直近の収支をまとめて持ってくると約束した。実家が商家だと聞いたので、多分数字の扱いもわかっているだろう。
帰る段階で、ドアを開けて見送る程度にするつもりが、研究室まで送っていく羽目になった。
それも上司の言である。
美しい人が一人で歩くのはなんとかと……。
あれで褒めているつもりはなさそうなのだ。監査において事実を説明するときと同じテンションである。
信じたくはなかった。
年下ながら優秀な上司は、無自覚に恋愛感情を垂れ流していたのだ。
あれが恋ではないとは言わせない。
なんなら自分にも覚えがある。
気がつけばダズルはリザリアーネと会うために昼休みの時間をずらすようになっていたし、リザリアーネの収支の報告を毎月持ってくるようにさせていた。
ほかの人であれば報告書を受け取るだけで終わるところ、リザリアーネにはお茶やお菓子を用意して雑談をするようになった。
会話を漏れ聞くに、ちょこちょこプレゼントを渡しているらしい。
なぜあれで無自覚なのか意味不明だが、もしかすると初恋なのかもしれない。
大人になってからの初恋は拗らせると聞いたことがある。
ウォーリーは、苦く淹れたお茶が手放せなくなった。
そして今、上司は休憩時間を利用して魔道具を作っていた。
監査官なのに、魔道具作りである。
リザリアーネが魔法男爵を叙爵することになった論文を読み、比較的簡単な魔道具の作り方を模倣したらしい。
平民には崖から飛び降りるほどの勇気がいりそうな大きさの宝石を指輪の台座から外し、台座の方に何やら錐のようなもので文字を彫っていた。
休憩時間を使った作業は数日に及んだ。
彫り終わると丁寧に指輪の宝石を嵌め直し、もう一度箱に収めていた。
ウォーリーから見れば、完全に恋に浮かれた男である。
無表情であるが。
ただ、恋人でもないのに指輪は無いと思う。
しかも、うっかり聞いたところ、彫った魔法陣は防御魔法だそうだ。
拗らせているうえに重い。
リザリアーネは困っているものの、嫌がっていないのが救いだ。
数日後、その指輪ではなく、イヤリングを用意してリザリアーネに贈ろうとしていた。
定時を過ぎているので構わないのだが、なぜここまでしているのに無自覚でいられるのだろう。
「ですから、パーティのドレスだけで十分ですし」
「母に聞きました。ドレスだけではいけないそうですよ。ですから、こちらも着けてください」
ちらちらと聞いた限りでは、どうやら叙爵したリザリアーネは社交界デビューも控えているそうだ。そして、ダズルは当然のようにパートナーに収まっていた。
夜会のドレスはすでにオーダーしたようで、リザリアーネは恐縮しきりである。当然だろう。値段は伝えていないだろうが、豪奢の限りを尽くすのがイブニングドレスだ。
ちらりと見えたイヤリングの宝石は、ダズルの瞳と同じ色だった。
だから、重いのだ。
「夜会の後でお返しします!お借りするならまだ理解できますから」
リザリアーネは、この上司ときちんと向き合おうとしているようだった。
「そうですか?……わかりました。美しく着飾った貴女を見れば、多くの貴族がパーティに招待しようとするでしょうから、そのときにもまたお貸ししましょう」
ダズルの方は真面目に提案しているが、次があればまたエスコートするつもりらしい。
もはや独占欲である。
「そんなことにはならないと思いますが……。もし、お断りできない夜会の招待が来た場合はお願いするかもしれません」
ダズルはリザリアーネを美しいと評価するが、彼女はどちらかといえば可愛らしい容姿だと思う。
自立しているが故の強さを感じるので、もしかするとそのあたりを美しいと言っているのかもしれない。
見目のレベルが高い貴族の中にあれば、埋もれる程度だろう。
「いいえ、きっと会場中が目を奪われるでしょう。……少しばかり心配です」
無表情のまま当たり前のこととしてダズルは言った。
「もっと綺麗な方が多いんですから、普通に扱われて終わりですよ」
リザリアーネはそういうが、新たに叙爵した優秀な研究者という意味では注目されるだろうし、家を継げない次男三男には優良な婿入り先として狙われることだろう。
「まさか。……ダンスの断り方を考えておいた方がいいですね」
「えぇ?」
もうこの二人、さっさとくっつけばいいのに。
苦いお茶がうまい。
読了ありがとうございました。
ウォーリーの妻は、多分愚痴を聞いて楽しんでいます。
続きます。




