その15
よろしくお願いいたします。
あれよあれよという間に、叙爵式の日になった。
この日は朝からダズルが馬車で迎えに来てくれ、侯爵邸で身支度をしてもらった。
叙爵式には貴族の当主が全員呼ばれているそうで、マリリアンヌも夫と参加するのだという。ダズルの兄にも挨拶をしたいところだったが、全員が準備に取り掛かっていてそれどころではなかった。
ラズール侯爵夫妻は式に呼ばれた参加者なので、予定時刻の少し前に到着していればいいそうだ。リザリアーネは、式よりも二時間ほど前に王城に来るようにと言われていた。
「はい、では締めますね。息を吐いて!」
「ふっぅぐぅぅうう」
「留めました!どうぞ、楽になさってください」
「はぁ、はぁ、ありがとうございます」
叙爵式で主役となることから、ある程度締めるコルセットを使うことになった。
たおやかに見せるための茶会のドレスであれば、本格的にぎゅうぎゅうに締め上げる物を使うらしいが、今回は締めすぎて倒れても良くないということで、ほどほどのものになった。
それでも、普段そんなものを締めることのないリザリアーネにとっては、息が浅くなって辛い恰好だ。
ドレスはティアティナから譲り受けたアフタヌーンドレスで、夜空色の美しい落ち着いたデザインだ。サテンの艶やかさが美しく、膨らみ過ぎないスカート部分も動きやすくて助かる。
靴と手袋は自前で用意した。
メイクとヘアセットも当然のようにしてもらった。ハーフアップでは絡まるかもしれないということで、緩く右側にまとめてパールの飾りをつけられた。叙爵式では、斜めがけの襷のようなサッシュを受け取って左肩からかけるのだ。
装飾品までティアティナが準備してくれていたので借りないわけにはいかず、リザリアーネは今までに経験がないほどに着飾った。
メイドたちから合格を貰って、ドレスの袖の端にタックピンを着け、エントランスへ向かった。
三センチ程度のヒールなのだが、履きなれていないパンプスなので足もとが不安である。
ゆっくりと階段を下りると、そこにはすでにダズルが待機していた。
「お待たせいたしました」
「いいえ。予定時間よりも少し早いくらいですよ。それにしても、とても美しいですね」
「あ、ありがとうございます。こんなに綺麗なドレスなので、もし汚したらどうしようかと」
ドレスの生地を手袋越しにそっと撫でるリザリアーネを、ダズルは無表情で見下ろした。
「もちろんドレスも美しいですが、ドレスは貴女の添え物ですよ。貴女の白い肌を紺色のドレスが引き立てていて輝くようですし、いつもは流している髪がまとめられて肩のあたりの線が見えているのも麗しい。メイクは貴女の魅力をより引き出していますし、どこを見ても貴女に惹きつけられます。貴女がただ歩くだけで皆が視線を奪われるでしょう」
ほとんどノンブレスで言い切った。無表情で。
怒涛の攻撃を食らったリザリアーネは、思わず赤面した。
がっつり施されたメイクのおかげで少しは誤魔化されていると思いたい。
「その、ありがとうございます。ダズル様も、とても素敵です」
「そう言っていただけると嬉しいですよ」
さらりと流されたが、ダズルはとてもかっこよかった。
いつもよりも丁寧にまとめられた金髪は紺色のリボンでまとめられ、紺色のモーニングコートが夕空色の瞳を引き立てている。グレーのパンツはすらりとしたシルエットを強調しており、伯爵位を示すサッシュをかけていた。
普通の貴族のサッシュは右肩から下げるものらしい。ダズルもそうしていた。しかし、魔法男爵というのはいわば特別枠の爵位なので、左肩からかけると聞いた。
それらの知識も、ティアティナから雑談交じり教わった。とても助かっている。
ダズルのエスコートで馬車に乗り込み、王城へ向かった。
到着すると、初めて王城の正面玄関をくぐった。いつもは正面玄関は閉ざされているので、見たことのない風景である。
夢を見ているような気分だが、きついコルセットのおかげで現実だと認識できる。
エントランスには、王城勤めの従僕が待っており、専用の控室へと案内された。
「新魔法男爵の付き添いは、ラズール伯爵でよろしいですね」
「はい」
こちらが名乗るまでもなく、ダズルのことも把握していた。
それにしてもふと思ったのだが、リザリアーネの家名はどうなるのだろうか。
陛下が決めてくれるのか、後から考えるのか。
何も言われなかったので一切考えていなかったのだが、控室でぼんやりと待つ時間ができたとたんにふとその疑問が思い浮かんだ。
「ダズル様、私の家名ってどうなるんでしょうか」
隣に座って紅茶を飲んでいたダズルは、そっとカップを戻してから答えた。
「あぁ、新しく叙爵される場合は、いくつか名称を提示されるのでそこから選んでもいいですし、自分で考えてもかまいません。僕のように、本家からの許しを得て同じ名称で別の家格を起こす場合もありますが、それは基本的に血族ですね」
なるほど、リザリアーネが考える必要はないらしい。
「お話し中に失礼いたします。新しい家名については叙爵式の後にこちらに戻られてからで提示されますので、そのときにお選びいただく流れでございます」
部屋に控えていたメイドが教えてくれた。
それなら、叙爵式で頭が真っ白になっていても大丈夫だろう。
「そうなんですね。ありがとうございます」
「叙爵式の間は、後ろに従僕が控えて流れを順に説明しながら補佐いたしますので、ご安心ください」
にこりと微笑んでくれたメイドは、頭を下げてから壁側に待機した。
できるメイドだ。
「そういうことなら、少しは安心ですね」
「僕は叙爵式を行う広間の手前で離れないといけません。見守っていますから、貴女は堂々としていればいいですよ。多少失敗しても、きっと貴女の美しさに見惚れて誰もが見逃してしまうでしょう」
さも当然とばかりにダズルが言い切った。
もはやいつも通りの誉め言葉がほっとするレベルである。
「見惚れはしないでしょうけど、きっと目こぼしはされるでしょうね。少しだけ気が楽になりました」
ふぅ、と息を細く吹くリザリアーネを、いつもの温度のない表情でダズルが見つめていた。
いよいよ叙爵式となり、従僕に呼ばれたリザリアーネはダズルのエスコートを受けて広間に向かった。
背筋を伸ばして、頭は下げず、急がず、大股にならず、裾さばきを意識してゆったりと優雅に。
魔法理論ならともかく、自分が動く場合は考えても無駄なのだ。教わった動きだけを意識して、リザリアーネは歩いた。
広間の前の扉に立つと、中に人が大勢いる気配を感じた。
「合図の後、扉を開きます。エスコートは扉までですので、そこからはお一人で既定の位置までお越しください。止まる場所はお伝えしますので、まっすぐ歩いていただければ大丈夫です」
「わかりました」
大きく一つ深呼吸すると、リザリアーネは何となくダズルの手を一度強く握った。ダズルも、その手を握り返してくれた。
力を貰ったリザリアーネは、開かれていく両開きの扉の前で淑女の笑みを作った。
読了ありがとうございました。
続きます。




