その11
よろしくお願いいたします。
リザリアーネは、改めて論文の内容を精査し、実験を繰り返して確認したうえで、魔法研究所の研究員として国に向けて発表した。
天気という不確定と思われていたものの予測。
魔石のような、取得に危険を伴うわけではない宝石を使うこと。
魔法陣を彫るのに魔力を必要としないこと。
少ない魔力で起動できること。
目に直接映像を映せる、ほかにも応用できそうな技術。
特許申請とともに出した論文は、初めこそ怪しげにみられていたが、検証した研究員が簡単に再現できたところから魔法研究所内で爆発的に注目され、そのまま商人たちへと噂が広がり、気がつけば研究所にものすごい数の問い合わせがくる論文になっていた。
魔力の少ない平民の職人への職の斡旋につながることもちらりと盛り込んであった。それを読んでもう量産化を見込んでいるのか、商人からは魔法陣を彫る方法などについての問い合わせが多かった。
特許は、一定額を支払えば考案した技術を使えるようになる仕組みだ。魔法研究所の研究員が特許を出す場合は、儲けを出すというよりは、乱用や悪用を防ぐ側面が強い。また、再現しやすいように製造技術や手順を細かく掲載して公開するという意味合いもある。
特許の使用を申請すると国からの審査があり、許可をもらわなければいけない。無許可で製造すれば、国からかなりの罰則や罰金が科されるし、場合によっては製造責任者が捕らえられるらしい。
悪用を防ぐことができて、粗悪品を排除することもできる。
特許を申請しなければ作り方は秘匿できるが、悪用や無許可での利用などへの対策が難しい。
特許は一定期間の使用料を取って作り方を公開しており、悪用や無許可に対して国が取り締まってくれる。
どちらがいいかは、そのときによる。
今回は、宝石を外せばその仕組みはすぐにわかるのだ。国の管理のもとで公開した方がいいと判断して、申請することにしたのだ。
ほんの二カ月で、リザリアーネの懐には研究所から与えられる一年分の予算よりも多い特許利用料が舞い込んでいた。
「ラズール様っ!ラズール様は伯爵様ですよね?!助けてくださいぃ」
「リザリアーネさん?一体どうなさったんです」
その知らせを受けて、リザリアーネは思わずダズルに泣きついた。
ぎゅっと握り潰した手紙について、まずは説明が必要だ。
「それが、その。この間の、天気予測の、魔道具関連の論文が、ものっすごい評判でして」
「そうですね。僕も噂を聞いてとても誇らしいですよ。貴女の素晴らしい論文が、魔道具産業に革命をもたらしましたね。ですが、何かあったのですか?」
走りこんできて息を切らしていたリザリアーネをソファに案内したダズルは、ウォーリーにお茶を頼んだ。しかし、混乱していたリザリアーネはそれすら気づいていなかった。
「それ、それで、知らせがきたんですっ!国から、私個人に。こんな、でも、どうしたら」
ぎゅうっと手紙を握っていた手を思い出して広げて、リザリアーネはダズルに向かって差し出した。
「これですか」
「はい。叙爵って、私、男爵ですか?これって、断れないですか?もう叙爵式の日取りが送られてきたんですけど、もはや意味が分からなくて」
震える手から手紙を抜き取り、ダズルはウォーリーがテーブルに置いた温かな紅茶が入ったカップをリザリアーネの両手に持たせた。
「まずは、こちらをゆっくり飲んでください。少し熱いですから、ゆっくりですよ」
「はい……いただきます」
ふう、ふう、と冷ましながら紅茶を飲んで、少しだけ冷静になってきた。
「それで、叙爵の話が来たんですね。想定の範囲内ですよ。国民の生活が大きく変わる発明が、いわば一気に四つですから。貴女の価値を、陛下もご理解くださったんですね」
陛下、と聞いて、落ち着いていたリザリアーネの震えが戻ってきた。
「ら、ラズール様。叙爵式って、何をどうするんですか?一週間後なんですけど、私は一体何を用意していつどうやって王城のどこへ来ればいいのやら、さっぱりわからなくて」
ダズルは、そう言われて改めて手紙を確認した。
服装は昼の礼服で、正面入り口へ直接くること、エスコートや付き添いは一名まで可能、と書いてある。
いたって普通の内容なので、ダズルは思わず首をひねった。
「あの、礼服ってやっぱり手持ちのワンピースとかじゃだめですよね?昼のって夜と何か違いがあるんでしょうか。一応、女性ならエスコートなり付き添いなりいた方がいいっていう知識くらいはありますが、まさか実家のメイドの付き添いはだめですよね、叙爵式に。あと、正面入り口って門のところですか?それとも王城のエントランスですか?」
混乱の極致にあったリザリアーネは、ダズルに質問を浴びせかけた。
知らないからこその混乱か、と理解したダズルは、まずはリザリアーネの質問に答えた。
「礼服、というのは女性ならアフタヌーンドレスです。夜会のイブニングドレスとは根本的なデザインが違うらしいです。エスコートは、貴女自身が叙爵されるのでいなくてもかまいません。さすがにメイドは無理がありますね。僕が付き添いましょう。正面入り口とは、王城のエントランスの方ですね」
うん、うん、とうなずいていたリザリアーネだが、ダズルが付き添うといったあたりで首をかしげた。
「ラズール様が、付き添ってくださるんですか?」
ダズルは、いつもの温度のない表情のままこくりとうなずいた。
「ええ。お一人では心細いでしょうから、色々わかっている僕が横にいる方が安心できるでしょう。馬車で王城の前まで来ていいはずですから、お迎えにまいりますよ」
確かに、ダズルが来てくれるとものすごく心強い。
まず、『いつ、誰と、どこへ行けばいいか』は解決した。
「ありがとうございます!申し訳ありません、本当に何もかもわからなくて。お手数おかけしてしまいますが、頼らせてください」
「お気になさらずに。エスコートくらい夜会などでも普通にあることですから。多分、叙爵式への招待は僕個人にも来るはずなので、一緒に行くのと同じですよ」
リザリアーネは、どうにか少し周りが見えてきた。何とかなりそうな気がする。
あとは服装やマナーのあたりである。
これこそ、ダズルを頼りたい。
「叙爵式の簡単な流れはここに書いてありますけど、私は貴族のマナーとか、カーテシーとか、そういうのは全然わからないんです。やっぱり多少は練習した方がいいと思うんですが、どなたか女性のマナーを最低限教えてくださる方ってご存じないですか?」
服装は借りるなりなんなりできるとして、マナーは付け焼刃でもいいから知っておくべきだろう。
ダズルは手紙に目を落とした。
「男爵ではなく、魔法男爵なんですよね。でしたら、生粋の貴族というよりは魔法研究員の中で特別枠という意味合いが強いので、そこまでうるさく言われないと思いますが……。すぐに頼める貴族女性でしたら、一人心当たりがあります」
「本当ですかっ?!お願いできそうでしょうか」
「多分大丈夫ですよ。女の子が欲しかったのにと常日頃言っていますから」
「え?近しい方ですか」
「母です」
リザリアーネは目をむいた。
「ラズール侯爵夫人ですか?!お忙しいのでは」
「いえ、先日兄に侯爵位を引き継いで悠々自適な引退生活をしているようなので、きっと暇を持て余していますよ」
まさかの高位貴族にマナーを学ぶのがいいのか悪いのかすら判断できない。けれども、何も知らないよりはきっといいに違いない。
混乱はまだ収まらないが、リザリアーネは覚悟を決めた。
読了ありがとうございました。
続きます。




