その10
よろしくお願いいたします。
リボンを解き、恐る恐る、ほんの少しだけ予想と違うかもしれないと期待しながらそろりと小箱を開いた。
中のモノを認識した瞬間、リザリアーネはパコン!と蓋を閉じた。
「あ、あ、あの、ラズール様」
「気に入りませんでしたか?僕が差し上げたいだけですので、遠慮なく受け取ってくださったら嬉しいのですが」
そう言われて、もう一度ゆっくりと小箱を開いた。
小箱の中には、夕空色の宝石を生かすように優美かつシンプルなデザインの指輪が鎮座していた。
リザリアーネは、もう一度蓋を閉めた。
「ラズール様、こちらは受け取れません。文房具のような小物なら、友人間でやり取りするプレゼントの範疇です。しかし、こんな、本物の宝石を使った指輪のような、高価すぎるものは受け取れません」
「僕にとってはそこまで高価でもありませんし、きっと貴女に似合うと思ったんですよ」
ダズルは感情を浮かべることなく、リザリアーネをしっかり見据えてそう言った。本心からそう思っているようである。
「いいえ、ダメです!前にも言いましたが、ラズール様は監査官なんですよ!私個人を依怙贔屓するというのは良くありません」
やましいところのないダズルにそう言うのは心苦しいが、しかし受け取れないのだ。これは、ラズールの立場にも影響する。
「監査官としては、僕が高いものを受け取るのは問題ですが、差し上げる分には特に何もないと思います」
どうしてもリザリアーネに高価な指輪を渡したいらしいダズルは、無表情ながらきっぱりと言った。
しかしリザリアーネも負けていられない。
「いいえ、受け取れません。こんな高価なものをいただく理由がありませんし、万が一いただいてしまったらお返しを用意するだけで私の生活が破綻します」
確実に、金貨で十枚はくだらない。もしかすると、二十枚を超える可能性もある。
「差し上げますから、お返しは不要ですよ。美しい貴女を彩るなら、これくらいのものは用意すべきだと思いまして」
その瞳には、一点の曇りもない。もちろん、感情も見えない。そして、言葉に嘘はない。
「ラズール様!やっぱり受け取れないです。あまりに高価なプレゼントを交わすのは、癒着とかそういう不正を疑われそうなので良くありません」
貰ったら身につけないといけないが、あまりにもダズルの色の宝石なのだ。このまま受け取ると、良くて婚約者、悪いとリザリアーネが何らかの方法でダズルから巻き上げた、といった噂になりそうだ。
「貴女が、不正をすると?」
「しませんが!」
「それなら問題ないでしょう」
ダズルの方に差し出した小箱を、押し返された。
リザリーネは、首を左右に振った。
「いいえ、問題はあります!私は、友人から施しを受けるつもりはありません!友人なら、ある程度対等でありたいですから」
「僕は、貴女の友人ですか」
「ええ、そう思っています」
不敬とは言われないと思う。なにせ、昼食を一緒にすることがあって、会えば世間話もするし、帰りも一緒だ。ちょっとしたプレゼントも贈りあった。友人と言っても過言ではないはずだ。
リザリアーネの返事を聞いて、ダズルは一つうなずいた。
「友人、そうですね。わかりました。確かに、高価なプレゼントを片方が贈るだけでは対等とは言えませんね。それに、貴女に経済的な負担をかけたいわけでもありません。今回は、諦めます」
「今回ははなくて、今後は、でお願いします」
「善処します」
「ラズール様」
リザリアーネがじっとりとした目で見上げると、ダズルは目を逸らしたもののうなずいた。
多分、これで無理に高いものを押し付けようとはしなくなる、だろう。
そもそも、指輪というものは一般的に恋人や伴侶から贈られるものである。
家族から貰うこともあるかもしれないが、それは母から娘へとか、一族の歴史を引き継ぐとか、そういった意味合いになる。
同性の友人とお揃いのものをそれぞれで買う、というようなファッションならなくはないが、異性の友人から一方的に贈られる類のものではない。
どうにかこうにか退けられたが、当たり前のように渡されたので非常に焦った。
こういうときに限って、常識枠の補佐官チャーリーがこの場にいなかった。むしろ彼がいないからこそ友人としてプレゼントを出したのかもしれないが、なんにしてもダズルのそれは他者に誤解を与える行動である。
リザリアーネは、ほんの少し心臓が高鳴ったのには気付かなかったふりをした。
半月ほど後。
ダズルの協力もあり、リザリアーネは天気予測の魔道具を完成させた。一般製造まで考慮したため、作り方まで含めて何度も実験を重ねたのでそれなりに時間がかかったのだ。
メインテーマは天気の予測と、特定の宝石への魔法付与という二本立てだ。サブで、網膜への直接投影による個人だけが見られるメモもある。
論文を一区切りさせることができたリザリアーネは、習慣化した終業間際の訪問で、簡略化した魔法付与についてをダズルに教えていた。
「こちらに魔法陣を彫ってあるので、実際の付与はほとんど魔力を魔法陣に込めるだけなんです」
「なるほど……台座に魔力を込めて、宝石を嵌めれば魔道具になると」
「はい。魔法陣を彫るのには魔力がいりませんから、雇用も確保できると思います。下位貴族向けには、魔力を補充していない状態の商品を販売してもいいでしょうね。また、デザインによっては技術的に難しいのですが、すでにでき上っているペンダントなどの石を外して台座に魔法陣を彫り、もう一度嵌め直せば機能します。ただ、宝石は磨いてあることが大切なんです」
ダズルはこくりとうなずいた。
「これは、魔道具の革命がおきますね」
「そこまでのものかどうかはちょっとわからないです。宝石の大きさや種類によって補充できる魔力量が決まっていて、どうしても魔石よりも少ないんですよ。まぁ、日常的に使う物ならそれなりに使えるでしょうか」
リザリアーネが手に持っているアクセサリーを覗き込むようにしたダズルは、もう一度大きくうなずいた。
「貴女は、本当に自覚が薄いですね。こんなに素晴らしいものを作り出しているというのに。貴女が考案したこの魔道具は、確実に国民の生活を変えます。今後の魔道具の転換点になってくるでしょう。歴史に名を残す功績ですよ」
「それは大げさですよ」
苦笑したリザリアーネは、それでも褒められて嬉しくて頬を染めた。
手の中にある魔道具のペンダントを左手から右手へ、右手から左手へと持ち替えながら、気持ちを落ち着けるべくゆっくりと息を吐いた。
「論文はもう発表準備を?」
リザリアーネを表情のない瞳で見下ろしながら、ダズルが言った。
「はい。あ、収支報告はちゃんと明日持ってきますね。いつも通り朝十時でかまいませんか?」
「もちろん、いつでもお待ちしていますよ」
「ありがとうございます」
会話する二人をちらりと見たウォーリーは、ため息を抑え込んでどうにかゆっくりと吐き出した。
話に夢中になっている二人は、ソファでほとんど引っ付くようにして座っている。
(もう早く付き合うか結婚すればいいのに)
あまり見ていると胸焼けしそうに感じて、このために苦めに淹れたお茶を流し込んだ。
読了ありがとうございました。
続きます。




