その1
よろしくお願いいたします。
朝晩投稿で、完結まで執筆済みとなっています。
しばしお付き合いください。
リザリアーネは、十数年ぶりに平民から登用された王立魔法研究所の研究員である。
研究所と銘打っているが、どちらかというと新規魔法の開発研究機関だ。有用な魔法を作ることができれば、国が豊かになるし、本人にも報奨金などが出る。
アーゲントヴォ王国は、近隣国には魔道具王国とも呼ばれていた。魔法開発と魔道具製作が盛んなのだ。
リザリアーネが研究員になれたのは、たまたま空きがあったことと、国立魔法学園の上級院で研究していた魔法付与の新しい方法の論文が研究所の目に留まったこと、そして国として女性の活躍を増やそうという施策が始まっていたことなど、色々な要因が重なった結果である。
リザリアーネの実家は王都で布問屋をしている商家だ。家族の中では唯一魔法が使えたリザリアーネは、実家の太さに甘えて国立魔法学園に入ったうえ、さらにその上の上級院にまで通わせてもらった。
上級院を卒業すると20歳になるので、その後は魔法の教師になって独り立ちするつもりだった。そのときたまたま募集していた研究員に応募したところ、先の理由によって潜り込めたのである。
教師よりも研究員の方が明らかに高給取りだという理由ももちろんあった。
しかし、研究が面白かったのも事実なので、リザリアーネにとっては天職といえるだろう。
「あーっと。失敗しちゃった。なんだろう、抵抗はないからうまくいきそうなのに零れていく感じね」
王城の東隣にある建物が、研究所である。
その一室に研究室を与えられたリザリアーネは、日夜研究にいそしんでいた。
学生の頃に研究していた魔法付与については、すでに形にして発表してある。これまでの付与の形よりも使う魔力の無駄がないことから、今の魔法付与師の資格基準を下げられるかもしれないらしい。
高い評価を受け、臨時の報奨金を貰えたので、リザリアーネとしても一安心であった。
そして今は、新しい研究に没頭している。
シンプルなワンピースに使い古した白衣をひっかけたリザリアーネは、2年目にしてすでに魔境と呼ばれる研究所になじんでいた。
一応、研究以外の仕事も与えられている。
週に一度は、母校である魔法学園で魔法付与についての授業を担当している。
生徒たちは比較的素直に学んでくれるので、リザリアーネとしてはとても楽をさせてもらっていた。
うまくいっていないのは、先ほど目の前で失敗した魔法だ。
前回完成させた新しい付与の方法は、木材に対してのものだった。
しかし、木材はやはり脆いところがあるので、金属や石に付与できるようにしたい。
そこで色々試した結果、何種類かの宝石に目を付けたのだ。
日常的に身につける宝石に、役立つ魔法を付与すれば便利だろう。
そう考えたわけだが、従来のものではない新しい付与を施すのがなかなか難しいのだ。
特に誰にも注意を受けないのをいいことに、リザリアーネは定期的に大量の宝石を発注していた。
研究室の予算内なので多分大丈夫だろうと踏んだし、実際に研究所からも常に許可が出ていたのである。
ところが、ある日王城の監査室から呼び出しを食らってしまった。
監査室は、国の予算の流れなどをチェックしているところで、ほかの部署とは完全に独立した機関だ。なんなら、国王も含めて貴族などからの圧力を突っぱねられる権力を与えられているらしい。
その代わり、不正に関与することがないようにと、国と魔法契約まで結ぶという。
なかなかに堅苦しそうな職場だ。
そんな監査室の監査員の一人から呼び出されたので、一応は身なりを整えたリザリアーネは王城に向かった。研究所は、王城のすぐ隣に立っているので徒歩である。
一応、という程度にいつもはしない薄化粧を施し、3回は梳かした髪、汚れてもいいものではなく比較的綺麗なワンピース、そして洗いたての白衣。
やっぱりあまり変わっていないかもしれない。
戦々恐々として訪れた監査のフロアは、どうやら監査員一人一人に執務室が与えられているようだった。
呼び出しの紙に書かれていた名前を探すと、手前から二つ目に『ダズル・ラズール監査員』と書かれた部屋を見つけた。
姓があるので、完全に貴族である。
意を決したリザリアーネは、一つ深呼吸してから扉をノックした。
応答の後、扉を開けて入ると、中には執務用の大きな机に向かう男性と、横の方で少し小さな机に向かう男性が仕事をしてた。そして中央にはコンパクトな応接セットがある。
「召喚に応じてまいりました、魔法研究所のリザリアーネです」
「あぁ、貴女がそうですか」
大きな机に向かう男性が、多分監査員のダズル・ラズールだろう。
視線を向けられたリザリアーネが固まると、彼は観察するようにじっとこちらを見た。
服に汚れや破れはないはずなのだが、何か変だっただろうか。
不安に感じてみじろぎしたところ、ダズルはふと手元を見てからもう一度リザリアーネを視界に入れた。
「この書類は後五分ほどで終わりますので、そこのソファに座って待ってください」
「わかりました」
ゆっくりと腰を下ろしたソファは、ふかふかなのにしっかり身体を支えてくれた。
リザリアーネが座るまで、彼の視線は離れなかった。妙な動きになっていなければいいのだが。
しばらくすると、ダズルではないもう一人の男性がお茶を淹れてくれた。
「私はラズール様の補佐官です。もう少しかかると思いますので、お待ちください」
ソファの前に置かれた紅茶は、貴族御用達のお高いカップに入れられていた。
口をつけないのも失礼だろうと、リザリアーネはちまちま紅茶をいただいた。
あんまり味がわからないが、多分高級な味だ。香りはすごくいい。
そうこうしていると、ダズルが席を立って向かい側のソファに座った。
リザリアーネも、慌てて紅茶のカップを目の前のテーブルに置いた。
「さて、今回呼び出した理由に心当たりはありますか?」
整った顔だが、無表情にそう言われると怖い。
「いえ。不正はしていないので、それが理由ではないんだろうというくらいしかわかりません」
これでも成人をとうに過ぎた22歳の研究員だ、という矜持を何とか引っ張り出し、リザリアーネはまっすぐダズルを見て言った。
ダズルは、軽くうなずいてから一枚の紙をテーブルに置いた。
「こちらを。貴女がこの半年で申請し購入した宝石の一覧です。ほかの物品はほとんどなく、しかも様々な宝石ばかりを購入してこの金額。ほとんど予算枠ぎりぎりです」
ダズルの夕空色の瞳にじぃっと見られて、リザリアーネは背中に汗が流れるのを感じた。
「はい、研究に使っています」
「研究。一体どのような?」
「今は、これらの宝石に魔法を付与する方法を。これまでの一つの宝石に一つの魔法というものではなく、もう少し簡略化して複数の魔法を付与することを目指しています」
研究内容は普通は口外しないのだが、監査室においては調査に必要であれば開示が求められる。その代わり、研究の詳細については監査室が漏らすことはない。
リザリアーネの説明を聞いて、ダズルは無表情のまま軽く二回うなずいた。
「なるほど。必要経費というわけですね。しかしそれなら、なぜ収支報告なく請求だけを続けたのですか?研究費であれば収支や目的を報告することが必要です。特にこのような、一般的にも価値の高い宝石を大量に使う場合は」
一応、請求するときには研究の材料として使うと一言添えていたのだが、それでは不明瞭ということだろう。
よく考えれば、実家の商家で似たようなことをしたら、予算が下りるどころが雷が落ちる案件である。
研究に夢中になるあまりにおざなりになっていた、と気づいたリザリアーネは、殊勝に頭を下げた。
「申し訳ありません。収支報告について失念していました。次からはきちんと、収支と目的についてきちんと書面にしたうえで申請します」
「そうしてください」
無表情のまま、ダズルは続けた。
「貴女のように美しい女性なら、宝石もさぞ映えるとご自身でもご自覚があるでしょうからね。そういった疑いを持たれないようにしてください」
何を言われたのか理解できなかったリザリアーネは、思わずダズルの無表情な顔をガン見した。
読了ありがとうございました。
続きます。