11 プロポーズ
魔王はそのままフーシャ姫を連れて城に戻った。城門前で彼はあの小箱を取り出し、中を開けてフーシャに見せた。
「后になってくれぬか、姫よ」
誰もいなかった。門番は彼らがいることに気づいていなかったし、城内から出てくる者もいなかった。せわしないサーキュラーや魔王のそばを片時も離れないセラフィムもいない。四大将軍らも追いついてこなかった。本当に誰もいない場所で、魔王はフーシャに結婚を申し込んだのである。
「わたしにこれを?」
彼は小箱の一番上にあった指輪を取り出し、フーシャに見せた。そう、グランデとドワーフ達が散々苦労して作ったオリハルコン製のギンメルリングである。ギンメルリングは一番上から婚約指輪、魔王の結婚指輪、フーシャの結婚指輪という構成になっていた。真ん中の魔王の指輪がかちりとはまると上下がとまり三連のリングになる。その造作にドワーフ達は泣かされたのであった。
「受け取ってくれぬか」
フーシャはそっとその指輪を受け取ると微笑んだ。
「ええ、喜んで」
そして自分の指にはめた。
「やっとおっしゃって下さいましたのね」
まっすぐに魔王を見上げ、彼女は言った。
「父も、アルノですら知っていたのに……こんな大事なことをわたしだけ何も知らされないなんてひどいですわ」
すまなかった、と魔王は詫びた。
「準備がすべて整ってからと思ったのだが、いらぬ心配をかけた。すまなかった」
その顔を見てフーシャは笑った。
「仕方ありませんわ。それにうっすらとは気づいていましたから。魔王様が何をなさろうとしているのか」
困った顔になった魔王を見てまたフーシャは笑った。幸せ一杯の光り輝く笑顔だった。
城門を開けて二人は中に入った。しかし誰も出てこない。門番も見つからなかった。さっきまではいたはずなのだがどこかへ行ってしまったのだった。
「どうしたことだ」
中庭を横目に見ながら城内の大広間に入る。するとコウモリの翼を生やし、魔王と同じ髪の色をしたたくさんの子供達がいた。ルーセット達である。
「あっ、ぱぱだ」
「えっホント」
城の留守番に実母を呼ぶことをいやがったサーキュラーがウリエルに頼んだのだった。ウリエルは快く承知し、煉獄にいたルーセット全員を城に送り込んだ。そして自分はここぞとばかりに酒をかっくらって寝てしまった。子供の世話はくたびれるのだ。
「あーぱぱ帰ってきたー」
「ウル迎えにくるかな。まだ帰りたくない」
よく見ると城の中は大騒ぎであった。コウモリの翼をつけて魔王と同じ色の髪をした少年達は大広間のそこら中にいて、ある者は床に落書きをし、ある者はお菓子をぽろぽろこぼし歩きながら食べていた。その向こうでは取っ組み合いのケンカをしている。そして魔王を見つけると全員が一目散に走ってやってきて、嬉しそうに「ぱぱおかえりなさーい」と大合唱をしたのだった。
「なぜお前達がここにいる?」
そう言ってしまってから魔王は隣のフーシャから不穏な気配が漂ってくることに気がついた。
「魔王様」
すさまじく怒った声であった。
「わたしのいない間にいったい何をされていたのですか?」
しまった、と思っても後の祭りである。説明をさせようと魔王はセラフィムやサーキュラーを探したがいなかった。そもそも彼自身、何が起きているのか皆目見当がつかなかったのであった。
「あの、姫、落ち着いてくださらぬか」
「充分落ち着いてますわ」
魔王はフーシャの顔を見た。到底落ち着いているようには見えなかった。
「どういうことなのか説明してくださいまし」
「いや、あの……この子らは違うのだ、姫よ」
「なんですの。何が違うのかおっしゃって下さい」
後片付けが全部終わったセラフィムとサーキュラーが戻ってくるまで魔王の窮地は続いた。フーシャが彼の説明をろくに信じてくれなかったからであった。