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10 解放


 見知った顔がその前にあった。さらにその手前にはあの巨大な剣が突き刺さり、向こうと自分を隔てていた。黒竜の姿をした魔王はその剣の名前といわれを思い出した。神々によって人間に与えられ、かつて魔物と化した巨竜を封じ、その持ち主に栄光と失墜をもたらした伝説の魔剣である。この剣の持ち主は一国の王となったが授けた神々の加護をなくしやがて追われ、この巨大な剣で己を突き刺し果てた。原因は持ち主の放埓とも神々の気まぐれとも言われるがはっきりとは伝わっていない。

「ドラゴンキラーだな」

 はい、と相手は答える。背中に見える赤い六枚翼にはぎらぎらとした光輪が見えていた。衣装は真紅のマントのままである。かなり無理をしたのだろう、本体にある二対の大きな車輪がくるくると回転するさまが見えていた。時折フラッシュバックを起こし、本来は隠されているはずの残り三つの顔が見え隠れする。その顔は人のようでもあり、獅子のようでもあり、魚のようでもあった。

「お止めするにはこれしかありませんでした」

「刺し違えるつもりだったか」

「はい」

 その両脇に少女の姿をした神々が現れた。魔王は彼女らを見つめ、それからドラゴンキラーに視線を移した。

「あなた方の持ち物だったか」

 ええ、と青い目のサファが答える。

「竜退治など今や誰もしませんわ。だから折を見て消滅させるつもりでしたのよ」

 緑色の瞳を光らせてエメールが言った。ついで彼女らは魔王に寄り添うフーシャのことをじっと見つめ、こう言った。

「あの剣を引き抜いたのは」

「姫よ、あなたなのね」

 フーシャはうなずいた。ふっと少女神達が笑う。

「人の子よ、よく戻ってきました」

「世界を呼び戻したのはあなたですよ」

 ふう、と少女神達の真ん中に立った者がため息をつき、背中に見える光輪と真っ赤な六枚翼を消した。周囲を漂っていた車輪も隠されていた三つの顔も消え、整合性のある姿となる。同時にドラゴンキラーを境にして張られていた結界もなくなった。

「おかえりなさいませ、魔王様」

 穏やかないつもの表情になって魔王を見上げる。フーシャもはるか上のほうにある魔王の顔を見上げた。それから自分が手に握っている丸いものに気がついた。手のひらを開き、それを見る。真っ黒な丸い石だった。確か竜玉髄とかいう名前だったはすだ。

「姫が持っていらっしゃったのですね」

 セラフィムが言った。どうしたらいいのか分からずに、フーシャは魔王とセラフィムのことを交互に見た。

「だからお二方とも戻ってこられたのですね」

 とまどうフーシャにセラフィムは言った。

「それはしばらくそのまま姫がお持ち下さい。その方がいいでしょう」

 光が差してきて視界が広がった。地面に横たわるジークの姿が見える。その近くには座って治療をするタリオンが見えた。明華はその場にうつぶせに倒れており、ヤコブは呆けた顔でそのそばに座り込んでいた。

「あの……他の皆はどうしたのです」

 さらに視界が広がる。奥に小山のような金色の蜘蛛が見えた。サーキュラーだ。その手前にはてんでばらばらに四大将軍達が倒れていた。力を使い尽くしてしまったらしい。動けないようだったが命に別状はなさそうだった。

「他の方は?」

 セラフィムが問いかける。フーシャはその質問にまごつきながらも、サーキュラーの脚にアルノが引っかかっているのを見つけた。さっき気がついたようだった。もぞもぞと動いて自分がいる場所を知り、ひゃっと言った。

「思い出していただけますか」

 セラフィムが言った。その両脇にいるサファとエメールもうなずく。なぜ、と言いかけるフーシャに彼は言った。

「ただ時を戻しても同じにしかなりません。姫の記憶と思いが肝心なのです」

 ふふ、とサファがいたずらっぽく笑って言った。

「まさか時戻しをやるなんて。しかも私たちに手伝えっていうのよ」

 エメールも言った。

「禁じ手なのにいいのって言ったら、もう関係ないからいいんだって。恐れ入ったわ」

 驚いた顔のフーシャにセラフィムは少し気まずそうにしたが、それでもこう言った。

「世界は複雑に込み入った分岐と決定、それに思考で構成されています。思考は意思と世界に反映され、分岐と決定に影響を及ぼします。時を戻しても思考に変化がなければ全く同じ結果に終わります。ですから姫の助力が必要なのです」

 フーシャが思い出すことによって世界の構成が変わり、ほぼ同じに見えても明らかに違う結果が出る。なので彼女が介在することが必要なのだとセラフィムは言った。フーシャは懸命に残りの人々を思い出そうとし、自分の城にいた人間達を思い出した。

 サーキュラーの巨大な影に父王が見える。その近くには兵団長と兵士達が整列していた。こうやって次々とフーシャは人々を発見し、とうとうゲームに参加した全ての者を薄闇の中に見つけた。

「後は……」

 フーシャは後ろを振り返って魔王を見た。見ているうちに全身の傷は癒え、以前彼女を城まで運んだあの威厳ある竜の姿となった。やがてその竜は変化し、紺色の髪をした若者となる。

「すまない。心配をかけた」

「魔王様!」

 フーシャは魔王に飛びついた。魔王は彼女を抱きしめ、世界は夜が明けたように明るくなった。

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