1 陣取り合戦
土曜日に公開予定でしたが遅くなりました。
軽く楽しんでいただけると幸いです。
その日、魔王は指定された西の砂漠にいた。フーシャ姫をめぐっての陣取り合戦が始まるためである。そろそろ開始の時間なのだが、父王側の申し入れにより開始の合図が遅くなっていた。
「魔王様」
魔王の側近であるセラフィムが自陣に戻ってきた。彼は事情を聞くために父王側が伝えてきた会談場所に出向いていたのだった。
「どうなっている」
はい、と彼は持ってきた巻紙を広げた。そこには地図が描かれており、開始勢力図として父王側と魔王側の陣地がそれぞれ正反対の位置に置かれていた。
「こちらと父王側には変化はありません」
しかしその他の記述がいくつか地図の端にある。魔王がそれを見つけるとセラフィムは言った。
「ジーク達が参加を表明してきました。そのほかにも三名の騎士が参加を希望してきています」
魔王がけげんな顔をする。それでどうなった、と彼はセラフィムをうながした。
「姫の父王殿からは参加させたいと要望がありました。彼らはともかく……」
ここでセラフィムは地図上に小さく描かれた三つの丸を指差した。そのすぐ近くには少し違う模様のマークがつけられている。ジークの持っている紋章だ。
「ジーク達は断れないとのことでした。本来ならフーシャ姫はジークの婚約者であるので、この機会にどうにか彼らを納得させたいと考えているようです」
うむ、と魔王は腕組みをして考え込んだ。サーキュラーに対する遺恨は晴れたが、フーシャ姫についてはジークはいまだに自分が婚約者だと主張している。魔王は地図を眺め、しばらくしてセラフィムに言った。
「全員の参加を認めると伝えよ」
「よろしいのですか」
セラフィムが聞き返す。魔王は続けた。
「邪魔だが仕方あるまい。それに我々が勝てばよいことだ。ジークもそうなれば引き下がろうぞ。他の者達は問題にもなるまい」
「かしこまりました」
セラフィムは一礼をし、そこから掻き消えた。ほどなくして開始ののろしが上がり、魔王は陣地の最奥にある自分の玉座に戻った。
ジークとカーンは自分達に割り当てられた、北側のブロックのひとつに陣を張っていた。明華やタリオンの姿も見える。ヤコブは陣地の端っこに立ち、見張り番をしていた。暇だと見えてあくびをしていたが、それでも持ち場からは動かずにいる。ジークはテント前で武器の手入れをしながらカーンと話していた。
「三人もいるなんてよ」
いまいましそうにジークは言った。
「俺が父王に会いに行ったら後ろにぞろぞろついてきやがった。魔王だけかと思ったのに」
「しょうがないだろう」
カーンが答える。こちらも武器の手入れに余念がない。ただジークのいらいらした口ぶりとは逆にのんびりとした感じだった。
「王様も予想外だったようだしな。それにお前だけ許可して他をはじくのも変な話だ」
「それでいいんだよ」
ジークは不満たらたらである。最初の話では姫も金も領地も手に入る予定であった。それが姫は奪われ金はほんのちょっぴりであり領地はもらえずに、またうだつのあがらない暮らしをしなくてはならない。彼が夢見る王侯貴族の生活とは大違いであった。
「だいたい俺は魔王に勝ったんだぞ。なのになんでこんな目にあわなきゃならないんだ」
カーンはあきれたようだった。
「魔王城をもらったのにほったらかしにしてたからだろう。入植者から魔王に陳情が行ったらしいぞ」
ちゃんとやれば魔王城からはかなりの利益が出る。ぱっと見では僻地に見えるが魔王城周辺はかなり交通の便がよく、魔界ならでの特産品を人界に運んでくれば彼は大金持ちになれた。魔王も実はそこを見越して城を手放したのである。不慣れな人間が入っても城下のモンスター達が飢えないようにであった。
しかし実際はそれを面倒がったジークが魔王城を放置したため、魔王は陳情を受けて城に戻った。その時のゴタゴタがまだ尾を引いていて、魔王城はまだ備蓄が半分ほどしか補充されていない。
「なんでそんな話知ってるんだ」
しれっとカーンは答えた。
「あのバケモノ野郎に聞いた」
「どれだよ。全部そうじゃねえか」
「赤いマントのヤツ。近衛隊長とか言ってたヤツだ」
「なんで仲よくしてんだよ」
そりゃあ、とカーンはジークの顔を見た。この陣取り合戦で各方面と折衝に当たっているのはカーンである。数回あった打ち合わせでも顔見知りはセラフィムしかいなかったので、勢いそういう話もするようになった。それに彼が最初、ストーリー上の展開で魔王城に入った時にいろいろと世話をしてくれていたのもセラフィムである。禍根がなくなればこれほど話しやすく、相談しやすい相手もいなかった。
「少し真面目にやれよ。もし今回勝ってもちゃんとしなかったら、俺はお前の味方はしないからな。一人でやれよ」
「えっ」
ジークが青ざめた。カーンは武器をしまうとテント前から立ち上がった。
「なんだよ、手伝ってくれるんじゃねえのかよ。だいたいお前どこへ行く気なんだ。行くところなんかねえだろう」
カーンはそのままポケットの小銭を確認すると歩き出した。
「魔王軍」
呆然としたジークにカーンは言った。
「今度募集をかけるらしいから、もしお前が駄目だったら俺、そっちへ行くから。よろしくな」
カーンはそのまま歩いて陣地を出た。飲み物を買いにすぐそこにある露店に向かったのだった。
フーシャの父王が企画したこの「西の砂漠で陣取り合戦 ~フーシャ姫の花婿決定戦・自力で戦え~」は、防御側の父王が一チーム、ついで攻撃側が魔王、ジーク達、それから他国の王子や名乗りをあげた騎士達がそれぞれ三チームの、計五チームとなっている。しょうもないタイトルがついているがこれは父王側がつけてきたこのイベントの名前であった。
考えたのは今年十二歳になる第一王子、アルノである。アルノ王子も防御側の将として今回参加していた。参加者募集の際に、魔王やジークにいたずらをしてやろうと思って勇んで手を挙げたのである。
「あいつらがいればなあ」
アルノは自陣で形ばかりの武装を整えながら、そうぼやいた。あいつらとは魔王達が父王の城に来た時に出現した、御使い二人のことである。セラフィムが打ち合わせに来た時に彼らはどうしたのか聞いてみたところ、あの時の戦いで負傷してどちらも手伝えないとのことであった。
「私達がお手伝いしますわ」
「でも手荒なことは駄目ですわ」
地図を睨んでいる彼の両脇に、同じ顔をした双子の少女達がすっと現れた。だってよう、とアルノは言った。
「それは嬉しいけど、空、飛べる?」
うふふ、と少女達は答える。
「この森と湖の神霊、サファとエメールにお任せあれ」
「この戦いで曲者なのはゼラフだけですわ。後は問題にもなりません」
うーん、とアルノはまた地図を見た。彼女らはセラフィムが父王の城にある聖堂で見つけてきた神々である。退行しきっていた彼女らをセラフィムは元に戻し、父王の土地とアルノ王子の守護を頼んだ。元々は同じ神々同士であるのでお互いの手の内は丸分かりである。
「ゼラフがどう動くかしら」
「今回の魔王は穏健派らしいから、たとえゲームでもそうそう無茶はしないと思うわ。けど分からない」
二人が話しているところにアルノが加わった。
「あー魔王な」
「ええ」
ううん、と彼は考え込んだ顔になった。実はどんな悪戯をしてやろうかと昨日の夜からさんざん考えていたのである。ついでにあの強すぎる赤マントの侍従もへこませてやりたかった。負けっぱなしでは男がすたるというものである。
しかしいい案が思い浮かばなかった。
「あいつムカつくんだよな」
アルノが言うと少女神の二人は笑った。
「魔王ですから仕方ありませんわ」
「お気持ちは分かりますけれども」
とうとうアルノは彼女達にこう言ってみた。
「なんかいい方法ない?」
くすくす、という笑い声が洩れる。分かりましたわ、というサファの声が聞こえた。
「お手伝いしてもいいですわ、アルノ様」
ただし、とエメールが付け加える。
「あまりひどいようなら止めますわ。お父様やお姉さまに怒られたくはないでしょう?」
分かったよ、とアルノは答えた。釈然としない表情であった。