ディアボロは時間を飛ばす
しかし、ゾゾネットには悠長に考えられるほどの時間は与えられなかった。
ゾゾネットはシンとマユに両腕をつかまれて、地上に投げ落とされた。
痛ててて。
(なぜ、オレはみつかったのだ。なるほど、ブララティがやられたのも分かるぜ、こいつらは超能力者殺しのプロだ。マジで、とんでもねぇやつらだ)
シンが言った。
「立て!」
そこで気がついた、こいつらに日本語は通用しないと。
面倒くせぇ。
だから、外国は嫌いなんだ。
シンはゾゾネットを立ち上がらせ、あいさつ代わりにボデイに一発食らわせ、背中を蹴り上げ、踏んづけていた。
そして、指で志熊を呼び寄せた。
「おい、通訳をしろ」
「へ、へい」
「こいつは誰だ」
志熊はスマホでゾゾネットの顔を連写してAIにかけて調べていた。
「こいつは幹部のゾゾネットのようですね。体内の鉄分を釘やカミソリの刃に変えて殺すのが得意だと書いています」
「幹部か。では、ディアボロの情報を知っているな。拷問にかけて吐かせてやるか」
シンはゾゾネットを踏んづけたまま、その小指をひっこぬいていた。
「うぎゃぁ」
「さぁ立て。拷問は、まだ始まったばかりだ。これから両手、両足、十本の、いや、違ったな残り9本の指を引っこ抜き、最後はてめぇを生きたまま土の中に突っ込んでやるぜ。さぁ、これを通訳して聞かせてやりな」
志熊は通訳したが、この程度の脅しではまったく通用していない様子だった。
「何も反応がありません」
「そうか、オレが知りたいのはディアボロが住んでいるところだと言ってやれ。ついでにな、お前がしゃべらなくてもオレは困らないが手間がかかる。しゃべらないとお前の脳みそに指を差し込んで、情報を抜き出すぞとも言ってやれ」
しかし、ゾゾネットは志熊の通訳には何の反応も示さず、「お前の血液は鉄分が不足しているのか」と訊いてきた。
シンは答えた。
「知らねぇよ。オレは自慢じゃないが無期懲役囚だ。そんなオレが物知りだと思うのか。それにな、何事も理解しないと、納得できないと動けえねぇ奴はクズだ、カスだ、ゴミだ。そんな奴が幹部を務めている組織って……笑わせしてくれるぜ。もういい、お前はもう用無しだ地獄の苦しみを味わいながら散ってゆきな」
そう言ってシンはナイフを取り出した。
「どれ、新作の切れ味を確かめてみるか」
そう言うと、ゾゾネットの右手の指をすべて切り落とした。
ゾゾネットは「ふぬぬぬ」とうめいたがその眼は、まだ負けてねぇぞと言っていた。
それを見てシンは「このナイフの切れ味はあの刀に劣らねぇ。こいつは使えるぜ」と言って、さらにゾゾネットの左手の指をすべて切り落とした。
するとマユが言った。「こいつの視線を観察していたら、3回、一つのビルの方に目を走らせていたわ。ほれ、あそこ」とマユが指さす先には細長いビルが建っていた。
シンは志熊に訊いた。
「あのビルはなんだ」
「あれは比較的新しいビルで、確か名前はミラノマンツォーネだったかな。新しいビルなのにひとけの少ない妙なビルです」
「ふん、おもしろそうだな、いい匂いが立ち込めているかもしれないな」
そう言うとナイフを一閃させてゾゾネットの首を刎ねていた。
コロコロと転がったその頭をマユが踏みつぶしていた。
脳漿が飛び散り、思わず志熊は脳漿がかからないようにと跳びはねていた。
ミラノマンツォーネは明るくきれいな外観に比べて異質の臭いが漂っていた。
分かりやすく言えば「人を殺すのに理由などいらねぇだろう」という主張が聞こえてくるような、ギャング組織独特の無知で傲慢な雰囲気を漂わせていた。
普通のビルと犯罪者たちがたむろするビルとは、分からない奴には分からないかもしれないが、そういう世界を知っている人間にはすぐに分かる。
要は、道路や壁などの無機質にも記憶は宿るということだ。
所詮は、何事もごまかしきれねぇってもんだ。
シンとマユ、志熊はさっそくミラノマンツォーネに乗り込んだ。
まずは徒歩で階段を昇ってゆく。
各階に部屋は幾つもあるが、いずれも人の気配がない。
空き室なのか、それとも最初から人を入居させる気はないのか。
どちらにしても、ボスがいるのであれば、最上階だろう。
それにしても、警備員もいない、人っ子一人いないビルってぇのは初めてだぜ。
「プンプンどころか、ブンブン匂ってくるビルね。これは間違いないわ」
「ああ、間違いないぜ。無期懲役囚の勘がそう告げる」
3階からはエレベータを使い十一階に向かった。
ボタンが十一しかないから、そこが最上階だろう。
最上階には、果たしてディアボロがいた。
一人でいた。
ディアボロは不思議そうな顔でエレベータ内を映す監視カメラの映像を見ていた。
(だれだ、こいつらは。なぜ、このビルに入ってくる? 警察などではないな。警察はすでに買収済みだから不意に侵入してくるとは考えられない)
やがて三人は一番奥のやたら豪華な扉がついた部屋に辿り着き、ノックする間もなく、ドアノブをベレッタで撃ち抜いていた。
ここまでくると、志熊も震えながら拳銃を握りしめていた。
シンは扉を蹴った。
中には、イタリアの高級ブランドのゼニアのスーツでビシッと決めたディアボロが立っていた。
「なかなかおしゃれだな、ディアボロさんよ」
志熊が通訳した。
ディアボロは、「ほぉ、日本人か、珍しいな」と笑みを浮かべながら呟いていた。
シンがナイフを手にディアボロに襲いかかったが、ディアボロの姿は、そこには、なかった。
(なにぃ! これが噂に聞く時間を消し飛ばす能力か)