森の秘密
とある村に、言い伝えられているものがあった。
六行の、謎の文章である。
ももんががすむ木から八歩
りんごの木の手前にある大きな岩
のぶしの小屋の入り口のポスト
ひくいどりの巣穴があった場所
みはらしだいのてっぺん
つきがかくれんぼをする日にあおう
頭文字を拾うと『もりのひみつ』と読めるため、村人たちは『森に関する何らかの秘密』が隠されていると考えていた。
村人であれば誰もが知っているが、どこの誰が言い始めたのかはわからない。
どの家にも先祖代々伝わっているが、いつ頃から伝えられ始めたのかはわからない。
―――昔この辺りにモモンガがいた
―――このあたりに姫りんごの木が群生していた
―――昔戦から逃れた武士が住み着いていたらしい
―――ヒクイドリをモチーフにした神輿がある
―――見晴らし台の写真が残っているが…
―――おそらく新月の事に違いない
謎を解こうと挑む者は少なくなかった。
村一番の物知り、村一番の神童、村一番の出世頭、村一番のなぞなぞ好き、村一番のひねくれもの、村一番の無鉄砲、村一番の行動派…たくさんの村人が挑んでは、何も得ずにこの世を去った。
―――モモンガという名称はいつから使われていたのか…
―――姫りんごはこのあたりで自然発生するはずがなく…
―――おそらく長篠の戦で…
―――江戸時代に献上されたヒクイドリが…
―――この辺りは高低差がない地域で…
―――満ち欠けではなく、月の位置が…
テレビや雑誌の取材を受け、識者が出てきて大々的に調査した事もあった。
しかし、結局何一つ成果を得ることのないまま、謎を残して終わった。
テレビの取材の影響なのか、村は観光名所として人気が出た。
適度に都市部から近く、交通の便が良くなったこともあり、人口が爆発的に増えた。
開発が進み、いたるところが近代化した。
そして村という名称は消え、合併して市になった。
村であった場所には木の生い茂る森がなくなり、野生生物の姿などどこにもない。
アスファルトだらけの道に、土があった時代の名残はどこにも見つからない。
『もりのひみつ』は、確かに秘密を守り続けていると言えよう。
真相は、誰も知らないのだ。
これから先もずっと…秘密はヒミツのままに違いないのだ。
そうまでして守りたかった秘密とは、いったい何だったのか?
秘密を残したものは、今頃満足しているのだろうか?
そもそも、秘密があったとは限らない。
頭文字から推測しただけで、秘密が隠されているという確証はどこにもない。
完全に、踊らされているとしか…思えない。
はた迷惑な話だと思いながら、私は分厚い調査書を閉じたのだった。