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【完結】桃娘と愛を乞う鬼  作者: 小鈴 莉子
第3部 修羅と桃娘の婚姻
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第46話 不協和音

「――親切な方に家族写真撮ってもらえて、よかったわね! 刀眞くん」


「ああ……ひかりとみことがずっとにこにこしててくれて、本当に助かったよ……」


 ひかりの手の込んだ弁当を心ゆくまで味わった後、しばし座ったまま花見をしてから散策をすることにしたのだ。

 そうしたら、ひかりがせっかくだから記念に家族写真を撮りたいと言い出したのだ。


 それで、ちょうど近くを通りかかった、いかにも気の良さそうな中年の夫婦に写真撮影の交渉をひかりが行った。


 そこまでは良かったのだが、ひかりの頼みを快く引き受けてくれそうだった夫婦が刀眞の顔を見た途端、明らかに警戒されてしまったのだ。


 あそこでひかりが笑顔を維持したまま説得を重ね、空気を読んだわけではなさそうではあるものの、みことがここぞとばかりに愛嬌を振り撒いてくれなければ、交渉は成立しなかったかもしれない。


「刀眞くん、どこからどう見ても堅気(かたぎ)に見えないものねー」


 刀眞の頭のてっぺんから爪先(つまさき)まで視線を滑らせたひかりが、小首を傾げて見上げてくる。


「刀眞くんって、笑ってもこう……肉食獣みたいだし……背も無駄に高いし……ガタイも良過ぎるし……」


「ひかりさん……それ、褒めてんの? (けな)してんの……?」


「事実を言っただけよ」


 褒められているのか貶されているのかよく分からない発言に、頬を引きつらせる刀眞を余所に、ひかりはあっけらかんと答えた。


「ぱーぱ、よしよし」


 何となく空気を察してくれたのか、写真を撮るために抱えていたみことが手を伸ばし、頭を撫でてくれた。


「……パパの味方は、みことだけだ」


 みことをぐっと抱き寄せて頬擦りをすると、きゃっきゃと楽しそうな笑い声が鼓膜をくすぐっていく。


「もぉ、まーた二人でイチャイチャしちゃって……そうだ、向こうの屋台も見ていきましょ――」


 そこまで口にしたところで、ひかりが苦しそうにぎゅっと眉根を寄せたかと思えば、急に咳を始めた。


「……ひかり?」


 咳はすぐに治まるかと思いきや、むしろ激しさを増していき、両手で口元を覆ったひかりが身体をくの時に曲げた。


 そんなひかりの姿を目の当たりにした、近くにいた花見客は嫌そうに表情を歪め、こちらから離れていく。


 その様子から、喘息の発作を起こしたのだと察するや否や、一旦みことを下ろし、荷物の中から吸入ステロイドを取り出すと、急いでひかりに手渡す。

 ひかりも慣れたもので、刀眞から吸入ステロイドを受け取るなり、即座に薬の吸入を始めた。


 ひかりの背を(さす)りながら経過を見守っていたら、やがて花びらみたいに淡く色づいた唇が容器の吸入口から離れた。


「……ご、ごめんね。刀眞くん……念のため、出かける前に薬は飲んでおいたんだけど……」


「いいって、気にすんな」


「……まま、だいじょぶ?」


 母親が突然喘息の発作に見舞われるのは、そこまで珍しいことではないからか、騒ぎもせずにずっと大人しくしていたみことが、おずおずと問いかけてくる。


「うん、もう大丈夫だよー。みこと、びっくりしちゃったねー」


 まだ軽く咳は出ているものの、大分落ち着いてきたひかりは腰を落とし、娘と目線を合わせながら微笑みかけてみせた。


「うん……びっくり、した」


「そっかそっかぁ。じゃあ、びっくりさせちゃったお詫びに、みことに何か一つお土産買ってあげる」


「おみやげ?」


「そう。みことが欲しいもの、何でも一つ買ってあげるよー」


「……ひかり、今日はもう帰ろう」


 刀眞が二人の会話に割り込むと、二対の黄金の双眸がこちらへと向く。

 先刻までは何ともなかったのに、今ではひかりの顔色はあまり(かんば)しくない。


「え、刀眞くん。お土産買うくらい、どうってことないわよ」


「そういうことは、今の自分の顔を見てから言え……みこと、そろそろおうちに帰ろうな」


 刀眞もその場にしゃがみ込み、みことと視線を合わせる。

 母親と父親に正反対のことを言われたみことは、困ったように両親を見比べた。


 しばし視線を彷徨わせた末、みことは刀眞が身に纏っているローズグレーのカットソーの袖を掴むと、しょんぼりと肩を落としつつもこくりと頷いた。


「うん……かえりゅ……」


「え、みこと。ママはもう大丈夫よ?」


 分かりやすく気落ちした娘を見かねたひかりが、慌ててそうフォローを入れたものの、みことは力なく頭を振るだけだった。


「……みこと、かえりゅ……」


「……そっかぁ、みことは優しい子だなぁ」


 みことの気が変わらないうちにと、刀眞はすぐさま娘の小さな身体を抱き上げる。


「みこと。今度、ご褒美にパパがおもちゃ屋さんに連れてってやるからな。だから、今日は我慢な」


「……うん!」


 おもちゃ屋さんという言葉にあっさりとつられたみことは、今度は元気よく返事をして、刀眞の首にぎゅっと抱きついてきた。


「ほら、ひかり。帰るぞ。今日は俺が夕飯作るから、帰ったら大人しく寝てろ。あんまり辛いようなら、明日病院に連れてってやるから」


 生憎、今日は休日だから、ひかりのかかりつけの病院も休診日だ。

 だから、そう告げれば、ひかりは申し訳なさそうに眉を下げたものの、遠慮がちに首を縦に振った。


「……ありがとう、刀眞くん、みこと」


「夕飯は何なら食えそうか?」


「そうね……刀眞くんが作ってくれるものなら何でもって言いたいところだけど……お粥かうどんだと嬉しいわ」


「じゃあ、けんちんうどんでも作るか。帰りにスーパー寄ってくから、ひかりは車の中で待ってろよ。みことは、パパと一緒に買い物に行こうなー。そうしたら、一つだけならお菓子買ってやるぞー」


「うん、いく!」


 またもや簡単に誘惑に乗せられたみことは、最早両目を期待に輝かせている。

 屋台を覗きがてら土産を買ってもらうことへの未練は、すっかり忘れているみたいで、娘の素直さに内心感謝する。


 十中八九、日々家事と育児に追われているから、疲れが出たのだろう。

 少し休めば、きっとまたすぐに元気になるはずだ。


 何故か自分にそう言い聞かせながら、刀眞は桜の木々に背を向け、ひかりとみことと共に帰路についた。



    ***



 ――しかし、刀眞の楽観的な予想とは裏腹に、花見に出かけた日以降、ひかりの体調はかえって悪化の一途を辿っていった。


 元々、ひかりは喘息持ちだったとはいえ、毎日発作に苦しめられるなんてことは今までなかったのに、いつしか発作を起こさない日の方が珍しくなっていった。


 発作が起きなくても、熱を出したり、全身が倦怠感に包まれていたりしているせいで、次第にひかりはベッドの上で横になってばかりいるようになったのだ。


 あの日まではあんなに生き生きと日々を過ごしていたのに、まるで徐々に枯れ落ちていく花のようにひかりから生気が失われていく。


 ――桃娘は役割を終えると、その命を散らしていく。


 さながらあの日見た桜みたいな桃娘の宿命が、思い出したように脳裏を過っていく。そして、その度に現実から目を背けるかのごとく、無心でひかりの看病とみことの世話に没頭した。



    ***



「――ままぁー!」


「みこと、お見舞いに来てくれたの? ありがとう」


 ――梅雨入りする頃には、ひかりの病院での生活が始まった。


 ひかりが上体を起こして座っているベッドへとみことは一目散に駆け寄り、ベッドの上によじ登ろうとしたため、刀眞がひょいと抱き上げてベッドの上に乗せる。


 みことは紺色のジャンパースカートに皺が寄るのも構わず、ひかりの膝の上に乗ると、生成色の半袖のブラウスから伸びる手で母親の髪に触れた。


「まま、かみ、きったの?」


「そうよ。看護師さんがママの髪を洗ってくれる時、少しでも楽になるようにって、切っちゃった」


 二人の言う通り、ひかりはこれまで腰の辺りまで髪を伸ばしていたのだが、入院を機に肩の上までばっさりと切ってしまったのだ。


「まま、かわいいねぇ。しらゆきひめみたい!」


「あら、みこと。白雪姫、知ってるの?」


「うん! ぱぱがよんでくれたほんにね、でてきたの!」


「パパに読んでもらったのね。よかったわね、みこと」


「うん!」


 母親と離れて暮らさざるを得なくなり、恋しかったに違いない。みことは無邪気にひかりに抱きついたまま、なかなか離れようとしない。

 ひかりもみことを無理に引き離そうとはせず、娘の頭を撫でながらそっと抱擁を返している。


「ひかりさん、お久しぶりです」


 母娘のやり取りがひと段落したところで、水色の生地に水蓮が描かれた着物に身を包んだ六花が、控えめに挨拶の言葉を口にした。


「りっちゃんも来てくれたのね。今日は、わざわざありがとう」


 六花は刀眞よりも二歳年上の幼馴染で、ひかりからすれば六歳も歳が上なのだが、夫を真似て「りっちゃん」呼びをしているのだ。

 しかも敬語も使わず、基本的に砕けた口調で話しかけている。


 六花としては、どう呼ばれようとも、どんな口調であろうとも構わないらしく、初めてそう呼ばれ、親しげな口振りで話しかけられた時から、特にこれといった反応は示さない。


「よければ、これをどうぞ。果物なら、多少食べやすいと思うのだけれど……」


 そう言いながら六花が差し出したのは、フルーツバスケットだ。


 こういうフルーツの盛り籠では、売れ残りそうな品質のフルーツをどさくさに紛れて入れられることが多い。

 でも、六花が用意した品は見た限り、どれも色艶が良くて瑞々しそうだ。


「ありがとう、りっちゃん。あとで冷やしていただきます。刀眞くん、帰る前に冷蔵庫に入れてもらえる?」


「ああ、分かった」


 ひかりの代わりに六花からフルーツバスケットを受け取ると、とりあえずベッドサイドのテーブルの上に置いておく。


 せっかく綺麗に盛り付けられ、ラッピングが施されているのだから、すぐに開封するのはさすがに勿体無いだろう。


「ひかりさん……お久しぶりです。あの、これ……」


 グレーの半袖のポロシャツに黒いハーフパンツ姿の恭矢が、母親に続いて両手いっぱいに抱えていたプリザーブドフラワーをおずおずと差し出した。


「きょうくんも、今日はありがとう。刀眞くん、このお花も置いてもらってもいいかしら」


 ひかりが抱きしめるように持っているのは、黄色やオレンジのカーネーションとガーベラのプリザーブドフラワーだ。


 見た目が明るく可愛らしいだけではなく、水やりをしなくても済むという機能性を兼ね備えていることから、これも用意したのは六花に違いない。


 ひかりから手渡された花もサイドテーブルに飾ったら、テーブルの上はいっぱいいっぱいになってしまった。


 その後、他愛もない会話をいくつか交わしていると、フルーツにも花にも目を奪われ、一心に見つめているみことを抱っこしていたひかりが、不意に刀眞と六花に目配せをしてきた。

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