表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】桃娘と愛を乞う鬼  作者: 小鈴 莉子
幕間 想いの行方
47/69

年下の努力家の許嫁 前編

「――きょうとみこと、七つしか歳も違わないから、許嫁(いいなずけ)にちょうどいいんじゃないか? そうしたら、本家に修羅の血が入るぞ!」


 当時そろそろ三歳になるみことの遊び相手を務めていた十歳の恭矢(きょうや)は、父のこの発言を受けて「あ、これはまずいぞ」と反射的に思った。


 確かに、七歳差の結婚はモラルに反するほどのものではないだろう。

 だが、それは互いに成人したことが前提の話だ。


 このままだと、ようやく物心がつくかという年齢の女の子と婚約させられるのかと思ったら、ぞっと寒気を覚えた。


 みことは非常に素直で可愛らしいとは思うが、あくまで妹分としてだ。

 将来の自分の結婚相手になんて、到底考えられない。


 ちらりと見遣れば、普段は滅多に物事に動じない、肝が据わった母もさすがに顔を強張らせていた。

 そして、母と目が合った途端、二人は何も言わずとも頷き合った。


 ――何としてでも、みこととの婚約を回避しよう。


 言葉を交わさずとも、二人の心は自然と一つになった瞬間だった。



    ***



 母が迅速に奔走した結果、その年の秋には恭矢の許嫁にと考えている女の子と顔合わせをすることになった。


 相手の女の子の名前は、鬼柳香夜(きりゅうかよ)

 鬼柳家の本家筋の血を引く少女で、恭矢とは三歳差なのだという。

 三つしか歳が違わないのであれば、互いに大人になる頃には歳の差なんて気にならなくなるだろう。


 香夜は、どんな女の子なのか。

 果たして、仲良くできるだろうか。


 みこととの縁談が浮上した時とは違い、今回はほんの少しだけ期待を胸に、顔合わせの場であり、恭矢の実家でもある鬼頭本家(きとうほんけ)の屋敷にある客間にて、そわそわと香夜の訪れを待った。


 ホテルのレストランで顔合わせをするという話もあったみたいだが、香夜には二つ年下の妹がいて、直前になって顔合わせの場に一緒に連れてくることになったらしい。


 だから、一般人の利用客もいるところよりは、幼い子の扱いに慣れている者が多い鬼頭本家の屋敷で会うことになったのだ。


(何だか、どっちでもいいから俺の婚約者にしようとしてるみたいで、ちょっとやだな……)


 香夜たちの母親か、あるいは恭矢の母にそういった魂胆があるのかどうかは、現時点では知らない。

 しかし、鬼社会というものは各々の思惑が複雑に絡み合う面倒極まりないやり取りが多いため、ついつい邪推してしまう。


 そんなことを悶々と考えていたら、不意に複数の足音が聞こえてきた。そして、恭矢が待機していた客間の障子戸(しょうじど)が静かに引き開けられていく。


「恭矢さん、香夜さんがいらっしゃいましたよ」


「ほら、香夜。恭矢くんにご挨拶なさい」


 茜色の着物を身に纏った母と、セピア色のワンピースに身を包んだ、匂い立つような色香を纏った美しい女性に促され、見慣れない少女がおずおずと前に進み出てきた。


「は……はじめまして、鬼柳香夜です。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 ――はにかみながら挨拶の言葉を述べ、ぺこりと頭を下げた香夜は、幼いながらに既に完成された美を誇る少女だった。


 栗色の髪と胡桃色(くるみいろ)の瞳の持ち主である香夜は、全体的にやや色素が薄い。

 その色素の薄さも相まって、浮世離れした雰囲気を醸し出している。


 白い丸襟が特徴的なスカイグレーのワンピースという至ってシンプルな服装は、かえって香夜が持つ華やいだ雰囲気を際立たせていた。


「……はじめまして、鬼頭恭矢です。どうぞ、リラックスして座って」


 愛くるしいみことを見慣れている恭矢でさえ、目を奪われてしまうような美少女の登場に反応がやや遅れてしまったものの、鬼頭本家の嫡男として伊達に教育を受けていない。

 何事もなかったかのように笑顔を取り繕って立ち上がり、挨拶の言葉を返すと、客人に着席を勧める。


「はい、ありがとうございます」


 礼儀正しい姿勢こそ崩さなかったものの、恭矢の言葉に少しだけ安心したらしい。香夜の華奢な肩から余計な力が抜けていくのが見て取れた。


 それから各々が席に着いたら、見計らったかのようなタイミングで女中がお茶の用意を進めていく。


 香夜の母である美夜(みよ)が持ってきてくれたという、有名なバウムクーヘン専門店のバウムクーヘンと、恭矢の母である六花(りっか)が事前に用意していた世界的に有名な洋菓子店のチョコレートに合わせた紅茶が、白磁のティーカップに丁寧に淹れられていく。


 そして、お茶の支度が整ったところで、母親同士がそれぞれの子供の紹介を始めた。


「恭矢さんはまだ十歳ですので、女の子の繊細な心の機微に疎いところがありますけど、面倒見が良くて小さい子の相手が上手なんですのよ」


「まあ……それは、将来良き父になりそうですね。恭矢くんは文武両道とも伺っています。うちの香夜が、恭矢くんの相手を無事務められるかどうか……」


「あら、香夜さんは充分立派じゃありませんの。僭越(せんえつ)ながら、一昨年からわたくしが稽古をつけさせていただいておりますけど、とても優秀な生徒さんで、鼻高々でございますわ」


「勿体ないお言葉です。そうそう……妹がいるからか、香夜も年下の面倒を見るのは得意で……もし、このまま六花様に稽古をつけていただければ、将来、良妻賢母になれるかもしれませんね」


「あらあら、美夜さんはお上手だこと。香夜さんは、今のままでも十分ですよ。もし将来、こんなに綺麗なお嬢さんを愚息の花嫁として迎え入れることができるなら、それ以上は何も望みませんよ。本当に、お母様にそっくりだこと」


「滅相もありません――」


 母親たちは、基本的には謙遜した言い回しをしつつも、しっかりと自分の子供の売りどころを説明している。しかも、互いに相手やその子供をしきりに褒め合い、承認欲求までも満たし合っている。


(なんだかなぁ……)


 はっきり言おう。幼いうちにする見合いとは、なんてつまらないものなのか。


 母親同士が話に花を咲かせている間、恭矢たちは黙々とバウムクーヘンやチョコレートを口に運んでいた。


沙夜(さよ)。お座敷(ざしき)に食べかすを零したら、駄目だからね。ちゃんとテーブルの上で食べるのよ」


「お姉ちゃん、分かってるよ」


 姉に(たしな)められながらお菓子を摘まんでいても、楽しくないのだろう。不貞腐れた顔をした沙夜と呼ばれた少女は、つまらなさそうにフォークを口に(くわ)えた。


「こら、沙夜――」


「――沙夜。ここはテーブルマナーに気をつけなきゃいけないレストランじゃないから、好きなように食べていいよ。香夜も、妹思いなのは良いことだけど、妹のことばかり気にかけてたら、疲れるだろ? もっと肩の力を抜いて、お茶を楽しんでくれると嬉しいな」


「あ、ありがとうございます。恭矢さま」


「ありがとう、ございます……」


 そう声をかけてみたものの、そう簡単に緊張を解せる状況ではやはりないみたいだ。鬼頭本家の嫡男に礼を告げる鬼柳姉妹の声は、ひどくぎこちない。


 恭矢相手に腰が引けてしまうというのももちろんあるようだが、それぞれの母親の目が気になるに違いない。特に香夜は、先程から神経質に母親たちの顔色を横目に窺っている。


「香夜、よかったら一緒に庭を歩かないか。今ちょうど、紅葉(もみじ)が見頃だから」


 母親たちの目が届かないところに移動すれば、香夜もいくらか気が楽になるだろう。

 そうすれば、沙夜もいちいち姉の注意を受けつつ菓子を食べる羽目にならずに済むはずだ。


「あら、香夜よかったじゃない。せっかくのお誘いなんだから、いってらっしゃい」


「恭矢さん、ちゃんと香夜さんをエスコートするのですよ」


 急な誘いに驚きに目を丸くしていた香夜は、母親たちの援護射撃もあってか、やがてもう一度はにかみながら遠慮がちに頷いた。


「……はい、ぜひご一緒させてください」



    ***



 香夜と連れ立って庭に出てみたものの、初対面の二人だ。会話が弾むわけがない。

 でも、香夜との間に流れる沈黙は不思議と苦ではない。


 しばらく二人とも黙ったまま、香夜の歩幅に合わせて庭を歩いていたら、まだまだあどけないが、上品で柔らかい声がふと耳朶を打った。


「……恭矢さま、ありがとうございます。私に気を遣って、あの場から連れ出してくれたんですよね」


 気まぐれな風に(もてあそ)ばれるがまま、ひらり、ひらりと宙を舞い踊る紅い葉から視線を外すと、恭矢をひたむきに見つめてくる、垂れ目がちな胡桃色の双眸が視界に入った。


「どういたしまして。でも、君が気にすることじゃないよ。あと、そんなにかしこまらなくても大丈夫。俺なんて、君の許可なく呼び捨てにしてるんだから……嫌じゃなかった?」


 今さらながらそう訊ねれば、香夜のふっくらとした柔らかそうな唇から微かな笑いが漏れる。


「いいえ……全然、嫌じゃないです。どうぞ、私のことはお好きなようにお呼びください」


「それなら、お言葉に甘えさせてもらおう」


「はい……ただ……私はあなたさまのことをなんて呼べばよろしいでしょうか?」


「そうだな……父は俺のことをきょうって呼んで、母は恭矢さんって呼んで、みことはにいにって呼ぶぞ」


 恭矢なりに一応、選択肢が提示してみたものの、香夜は微妙な表情を浮かべただけだった。

 呼び捨ても「にいに」呼びもさすがにないだろうと、口に出してから気づいたが、もう遅い。


「それなら……きょうくん、と呼んでもよろしいでしょうか」


 あの三択の中なら、さん付けになるのが妥当だと考えていたら、まさかのあだ名のくん付けを提案された。


「……ああ、構わないよ」


 予想外の提案に内心虚を突かれたものの、それをおくびにも出さずににこやかに答えると、香夜は神妙な面持ちで頷いた。


「少しでも早くこの呼び方に慣れるように……頑張ります」


 たかだか相手の呼び方くらいで、気負い過ぎではないだろうか。


 ――いや、今に限った話ではない。

 見合いの場に連れてこられてからずっと、些細な失敗も許されないと言わんばかりに、香夜は気負っている。


「――香夜」


「はい」


「もし……気が進まないなら、俺と無理に婚約しなくてもいいんだよ」


「え……」


 二の句が継げなくなった香夜のすぐ脇を、鮮やかな紅葉がひらりと舞い落ちていく。

 香夜はしばし口を噤んでいたものの、意を決したかのようにおそるおそる声を出した。


「私が……お気に召しませんでしたか。それとも、きょうくんの気に(さわ)るようなことをしてしまったでしょうか」


「そんなことはない。ずっと礼儀正しく俺に接してくれたし、君はとても魅力的な女の子だよ。これから成長していったら、見た目も中身もきっともっと綺麗になってくと思う」


「それなら――」


「――ただね。今日の君は、ずっと緊張しっぱなしで全然楽しそうじゃない。それに君は、まだ小学一年生なんだろ? 無理に今、俺の許嫁になる覚悟を固める必要はないと思うよ」


 鬼の一族の間では、幼いうちに親に許嫁を決められてしまうことは、よくあることだ。

 だが、現代の人間の社会では全く普通のことではない。


 鬼は人間に比べると圧倒的に数が少ない種族だから、人間の社会に上手く溶け込んで生きていかなければならない。


 そうしているうちに、鬼社会と人間の社会の価値観のズレを目の当たりにし、香夜が自分の置かれた立場に嫌気が差すようになるかもしれない。


 だから、もう少し香夜が年齢を重ねてから、恭矢との婚約について考えて欲しいと伝えようとした矢先、悲鳴じみた声が鼓膜に突き刺さった。


「それじゃあ、駄目なんです……!」

後編は明日の朝の7時30分に更新します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ