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【完結】桃娘と愛を乞う鬼  作者: 小鈴 莉子
幕間 想いの行方
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美しい姉と、愛されるあの子 後編

「だからって、沙夜ちゃんに何が何でも理解を示して欲しいってわけじゃないよ。これは、あくまで決意表明。――どんな手段を使ってでも母親という生き物と桃娘という生き物についての理解を深めて、わたし自身のこれからの人生に活かすための覚悟だよ」


 今、沙夜の目の前にいるのは、本当にあの天真爛漫なみことだろうか。

 沙夜よりも年下のはずなのに、遥かに精神年齢が高く、肝が据わっているように感じられる。


「あとは……命がけでわたしを産んでくれたお母さんのことを、娘のわたしが何も覚えてない、知らないっていうのは……寂しい気がするから」


 でも、そう言葉を続けたみことの表情は、迷子みたいに心細そうなものへと変貌した。


 ――生まれながらにして母の命を奪う宿命を背負わなければならないということは、どういうことなのか。


 これまで想像すらしたことがなかった、桃娘が生涯抱え続けなければならないものを今、垣間見た気がした。


「それに……わたしには、どうしても欲しいものがあるの」


 そうぽつりと言葉を零したみことは、またすぐに真剣な面持ちに戻った。


「それを手に入れるには、わたしが桃娘としての本分を果たすのが一番手っ取り早いんだ」


 そうかと思えば、淡く色づいた花びらみたいな唇に再び微笑みが浮かぶ。

 本当にみことは表情豊かで、ころころとよく変わる。


「要するに、わたしは自分のために桃娘としての生を全うする。どうせ長くは生きられない命だもの。最大限有効活用して、意地でも幸せになってやる」


 何の迷いもなく、きっぱりと宣言してみせたみことを前に、反論の余地なんてどこにもなかった。


 ――みことは、自分の生き様というものに覚悟を持っている。しかも、その対価として相応の努力を支払っている。そして、その覚悟は他者にどう言われようとも、そう簡単に揺らぐものではないみたいだ。


(……じゃあ、私は?)


 今までずっと、女鬼に課せられた義務や生き方に不満を抱えていた。

 だが、環境や鬼の価値観に文句を垂れ流し、軽蔑し、逃げ回るばかりで、自分が望む未来を掴み取るための具体的な対策など、何一つ考えてこなかった。


 逃げることが、悪だとも間違いだとも、沙夜は思わない。


 しかし、周囲に流されているようで、その実、信念を持って自らが定めた道を突き進むみことの話を聞いた今、逃げるばかりで現実と正面から向き合ってこなかった自分が、恥ずかしくてたまらなくなってきた。


「……それで? 沙夜ちゃんは、わたしを敵に回す覚悟はあるの?」


 沙夜の顎を掴んだまま、みことはにっこりと笑みを深め、物騒な問いを投げかけてきた。


「は……?」


「いや、だってさっき、思い切りわたしに喧嘩を売ってきたじゃない。しかも、大勢の桃娘や女鬼を巻き込みながら。もし、これ以上挑発するようなら、買ってあげてもいいけど?」


 沙夜をまっすぐに射抜く黄金の双眸は、決して男鬼の庇護がなければ生きていけない桃娘のものではない。明らかに、獲物を前にした獣の目をしている。


「……ない、です……」


 ごくりと生唾を飲み下し、そんな覚悟は砂粒ほどにもないと、蚊の鳴くような声で答えると、みことはあっさりと沙夜の頤を解放してくれた。


 そんなに強い力で掴まれていたわけではないはずなのに、みことの指先が離れた直後、じんと痺れるような感覚が走った気がした。


 みことはさっさと身を(ひるがえ)すと、客間の隅に置いておいた荷物へと足を向けた。それから、荷物を漁ってスマートフォンを取り出し、素早く操作を済ませたかと思えば、沙夜へとくるりと振り返る。


「わたしがいたら、楽しくお茶なんてできないだろうから、わたしは先に帰るね。香夜ちゃんによろしく伝えておいて」


「う、うん……」


 おずおずと頷くと、みことは華道の道具一式が入った荷物を抱えて沙夜の脇を通り過ぎ、足早に客間から出ていった。

 縁側を通っていくみことの足音が聞こえなくなってから、ようやく全身が強張っていたことに気づく。


「こっわ……」


 知らず知らずのうちに詰めていた息をゆるゆると吐き出すと同時に、心からの言葉が唇から零れ落ちた。


 ――みことは、敵に回してはいけない存在だ。


 姉の香夜も怒ると怖いと思っていたが、みことの場合、その比ではない。

 さすが、修羅と(うた)われる男鬼を父親に持つ娘だと、心の底から納得した。



    ***



(いやー……みことに面と向かって喧嘩売るとか、あの時の私、命知らずだったなぁ……)


 二十歳の沙夜は、在りし日の自分に想いを馳せて遠い目をしながら、暁斗(あきと)から通話を切られたスマートフォンに視線を落とした。


(よくあんなことがあって、みことと友達やってられるな……)


 正確には、あんなにも罵倒した沙夜をみことはよく友として受け入れたものだと思う。

 何がきっかけでみことと友達になったのかと、記憶を手繰り寄せたところで、向こうから謝罪してきたことを思い出す。


(自分が言ったことが間違ってるとは思わないけど、言い方が明らかに悪かったよね。ごめんなさい……だっけ)


 自身の主張を全く曲げるつもりがないところも、それでも自分に非があったところは素直に認められるところも、こうと決めたら行動が早いところも、どこまでもみことらしい。


 またきつい言い方をしないように見張ってもらうためにと、全くの無関係の幸斗を伴った上、わざわざ菓子折りまで持参して謝りにきたのだ。


(いや、あれ……幸斗くん、みことじゃなくて私のことを見張ってたよね……)


 ――幸斗は昔から、自分以外に向けられる感情には敏感だ。そして、みことは隠し事は上手なのに、腹の探り合いと嘘を吐くのが絶望的に下手だ。


 おそらく、みことが沙夜への詫びの品を用意していた辺りから、幸斗はうっすらと状況を察していたのだろう。しょんぼりと肩を落として詫びるみことの隣で、親の仇とでも言わんばかりに沙夜を睨み据えていた。


(おかげで、学校ではなるべく幸斗くんに遭遇しないように気をつけてたな……)


 沙夜と幸斗は、中学校も高校も一緒だったのだ。

 沙夜が幸斗への想いを諦めきれなくて、香夜やみこととは違って桃園女学院(とうえんじょがくいん)には通わず、未練がましく同じ学校に進学したのだ。


 でも、幸斗と同じ進学先を選んだことに、あれほど後悔する日が訪れようとは夢にも思わなかった。


 みことは敵と認定した相手に容赦がないものの、終わったことはいつまでも引きずらない。

 幸斗は敵と認定した相手に表立って行動を起こすことはないが、害の有無の確認が取れるまで、執念深く警戒し続ける。


 そんな二人のそれぞれの性質を、まざまざと思い知らされた出来事だった。


 今にして思えば、あの一件で今度こそ沙夜の初恋は跡形もなく砕け散ったに違いない。


(私、本当に男を見る目がないなぁ……)


 長らく引きずっていた初恋が静かな終わりを迎えた後、母に勧められた見合いも受けたし、この男鬼となら真っ当な恋ができるのではないかと思う瞬間も、何度もあった。


 だが、沙夜は余程恋愛下手なのか、いつも最終的には上手くいかなくなり、自然と関係が終わってしまう。


 そんな娘を見かねたからこそ、ちゃんとした相手が見つかるまでの間と期限を設けた上で、母は沙夜を暁斗の元に預けたのだろう。


(だから、みこと……あんたが思ってるような理由であきに束縛されてるわけじゃないんだよ)


 そう心の中で呟く傍から、あの日のみことの言葉が耳の奥に蘇ってくる。


 ――わたしは、誰かさんが沙夜ちゃんの縁談を邪魔してるんじゃないかなーって思ってるんだけど。


 みことは鈍いわけではないのだが、恋愛体質なところがあるからだろうか。男と女がいたら、どうにも恋に結びつける傾向がある。


 しかし、あの時そういうわけではないのだと、はっきりと否定しなかったのは、いとも容易く初恋を実らせてしまったみことの前で、あれ以上自分に女としての魅力に欠けている事実を認めるような真似をしたくなかったからだ。


「意地でも幸せになってやる、か……」


 かつてみことが口にした言葉を、ぽつりと呟く。


 改めて沙夜のさして長くない半生を振り返ってみれば、不平不満を並べ立てるばかりで、それだけの気概を持って現実と向き合ったことはない気がする。


 いい加減、自分の至らないところは素直に認め、沙夜自身が幸せになるための努力を始めてみてもいいのではないか。


(まずは……あきとお母さんに相談しながら、お見合い相手を吟味するところから始めてみるか)


 できることならば、結婚しなくても生きられる環境を掴み取りたかった。

 でも、長いこと鬼社会の風潮に反する生き方を貫いてみて分かったことがある。


 マジョリティとは異なる生き方を選び続けるには、相応の精神力を要するということだ。

 そして、沙夜には何が何でも我を通し続けられるだけの根性がないことも、よくよく理解した。


 だから、ここまで来たら、そろそろ妥協を覚えるべきなのではないかと思えてきたのだ。その方が、沙夜自身がもっと楽に呼吸ができるようになるのではないか。


(まぁ、試してみてそれでも駄目だったら、その時はその時でしょ)


 それから、もっと失敗というものに寛容になってもいい気がする。


(……って、とにかく今はあきに頼まれた仕事をしないと)


 手にしていたスマートフォンを前掛けのポケットの中に滑り込ませると、朱色の着物の裾を(さば)きつつ廊下を小走りに進んでいく。


 ――どうして、沙夜はみことと友達になれたのだろう。

 これまで、その疑問は幾度も沙夜の前に立ち現れた。


 みことは結構寂しがりやだから、沙夜を友として受け入れたに違いない。

 そして、沙夜はどうしたら幸せになれるのか、その方法を知りたかったから、みことと友達になったのかもしれないと、ふと思った。

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