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【完結】桃娘と愛を乞う鬼  作者: 小鈴 莉子
第2部 鬼と桃娘の新生活
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第28話 憎みきれない理由

「……私のこと、そこまで好意的に(とら)えてくれるの、みことくらいなんだけど」


「そう? もし、そうだとしたら、沙夜ちゃんの周りにいる鬼も人も、見る目がないだけなんじゃない?」


 幸斗を見ていれば分かるが、沙夜みたいに悪く言えばきついタイプを苦手に感じる鬼も人も、男女問わず一定数存在する。

 だが逆に、みことみたいにそこに付き合いやすさを見出す鬼や人もいるはずなのだ。


 少なくともみことの場合、腹の底では何を考えているか分からない相手と接するよりも、沙夜みたいにはっきりと物を言う相手と話している方が気楽だ。


(うちのお父さんも、お母さんの気が強くて負けず嫌いで、可愛げがないところが好きだったって言ってたし)


 父の趣味嗜好が一般のものとずれている可能性は否めないが、要は鬼も人も好みはそれぞれなのだ。

 みことがそう返せば、沙夜は何故か頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。


「……私のことまで(たら)し込もうとするの、やめてくれる?」


「そんなつもりは一切なかったんだけど……」


 どこに誑し込む要素があっただろうかと、首を捻って先程までのやり取りを思い返していたら、沙夜が頭を振ってみことに向き直った。


「あーあ……桃娘のみことに先を越されるのはしょうがないけど……ついに結婚してない女鬼、私だけになっちゃった。またお見合いしろって、お母さんにせっつかれるんだろうなぁ……」


 自分自身で話題を方向転換したくせに、沙夜は自分で言い出しておきながら気が滅入ってきたみたいだ。憂鬱そうに溜息を零す。


「今までも、お見合い自体は何回かしてきたんだよね? その中に、いいなって思った鬼さんはいなかったの?」


 女鬼も桃娘も、昔は十六歳、今は十八歳で結婚するのが一般的だ。

 しかし、今年で二十一歳になる沙夜は、まだ婚約者もいない。


「……全然いなかったわけじゃないけど……じゃあ、結婚しましょうとは誰ともならなかった。私はお姉ちゃんみたいに美人じゃないし、みことみたいに愛嬌があるわけでもないから、向こうにしてみれば私との結婚なんて願い下げなんでしょ」


「そうかなぁ……?」


 絶世の美女と(うた)われる香夜と比べられて育ってきた沙夜は、自分の容姿に自信がなく、姉に劣等感を覚えているものの、顔立ちは平均以上に整っている上、スタイルは非常に恵まれているのだ。


 むしろ、スタイルの面だけ見れば、香夜よりも全体的なバランスが取れた体型をしており、モデルみたいだ。


 愛嬌という点では、確かに沙夜には欠けているが、みことの父の例もあるのだから皆が皆、女性に愛嬌を求めているわけではないと思う。


 そもそも現在、未婚で結婚適齢期の女鬼は沙夜しかいないのだ。言い方は悪いが、それだけで十二分に価値がある。


 沙夜には失礼かもしれないが、外見や性格など二の次で、縁談を申し込む家も少なくないと思う。

 それなのに、沙夜が口にした未だに結婚できない理由は、違和感を禁じ得ない。


「わたしは、誰かさんが沙夜ちゃんの縁談を邪魔してるんじゃないかなーって思ってるんだけど」


「は……?」


 みことに信じられないようなものを見る目を向けてくる沙夜を余所に、淡々と続ける。


「沙夜ちゃん、高校を卒業してから鬼柳本家のお屋敷でお手伝いさんとして働いてるよね」


 香夜と沙夜の母である鬼柳美夜は、暁斗や幸斗からしてみれば、父方の叔母に当たる。

 だから、本家筋の血を引く沙夜がその本家に仕える立場に身を置いているのは、おかしな話なのだ。

 そもそも、結婚を義務付けられている女鬼に労働の許可が下りていること自体、不自然なのだ。


「そうだけど……」


「しかも、鬼柳の当主様の身の回りのお世話を任されてるんだよね? 普通、当主様の従妹に当主様の世話なんてさせるかな?」


 ここまで来れば、誰が沙夜の縁談を妨害し、あまつさえその身を束縛しているのか、一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。


(あきくん、大分色々と(こじ)らせてるな……)


 鬼社会では、従兄弟同士の結婚は認められない。血が濃くなり過ぎた結果、子供が産まれにくい傾向があるからだ。だから、人間の社会以上に忌避される。


 でも、もしも愛した相手が従妹だったとしたら。その従妹が自分ではない他の男鬼の結婚を認め、内心思うところがあったとしても、祝福するということができなかったとしたら。そして、自分の元に相手を無理矢理にでも繋ぎ止めておくだけの権力が、その者にあったとしたら。


 そうしたら、躊躇(ちゅうちょ)なく実行に移してしまうのではないか。


 みことが次々と沙夜の不可解な現状を指摘していけば、その猫みたいな目が明らかに泳いだ。


「沙夜ちゃんがもし、本気で結婚を嫌がってるなら、現状に甘んじるのも一つの手だと思う。鬼柳の当主様にはよっぽどの相手以外、迂闊には手を出せないし、あそこは結婚の話題そのものが鬼門だからね。結婚したくない鬼が逃げ込む先として、悪くはないと思う」


 溶けかけの氷以外の中身がすっかりなくなったグラスを、端末やマイクが並べられているテーブルの上にそっと置く。


「沙夜ちゃんが望んだ職種じゃないかもしれないけど、働いてみたいって願いも叶ってるし、あそこはお給料だって悪くないでしょ。沙夜ちゃん、料理も掃除もお裁縫も得意だから、お手伝いさんって職業、わたしとしては沙夜ちゃんにぴったりだなぁと思うし。でもね、余計なお世話だって分かってるけど――」


 それから、みことから逃げ惑う視線を、ひたと見据える。


「――もし沙夜ちゃんが今すぐじゃなくても、いつかは誰かと結婚したいなって少しでも考えてるなら……なるべく早く、あそこから離れた方がいい気がする」


 今、沙夜がどういう待遇を受けているのか、みことは知らない。

 沙夜から得た情報や今まで耳にしてきた噂話から、ああではないか、こうではないかと、思い巡らせているだけの憶測に過ぎない。


 だが、この反応から察するに、沙夜が何らかの理由で暁斗に束縛されていることは間違いない。


「とはいっても、わたしはこの件に関して部外者だから。話半分にでも聞いてくれたらくらいの気持ちで話したから、わたしの言葉を真に受ける必要はないよ。でも……沙夜ちゃんが今の自分の状況に思うところがあるなら、少しでも参考にしてもらえれば嬉しいな」


 そう話を締めくくり、空になったグラスを片手にソファから腰を上げる。


 本当に何も気づいていなかったのか、もしくは見て見ぬふりをしていただけなのかは、みことには分からない。


 しかし、仮にみことの推測通りだとしたら、時間が長引けば長引くほど、沙夜を取り巻く事態が複雑化していく気がしてならないのだ。


「飲み物、空になっちゃったから、ちょっとドリンクバーに行ってくるね。沙夜ちゃんは……まだ飲み物が残ってるね」


 沙夜の前に置いてあるマグカップは、まだカフェラテがなみなみと満たされていた。

 でも、話し込んでいる間に冷めてしまったみたいで、ほのかに立ち上っていた湯気は既に消えていた。


 せっかくだから、飲み物を淹れ直してこようかと提案しようとした寸前、沙夜がぼそりと言葉を零した。


「……みことは、今日は用事とかないの」


「うん、今日はないよ。今日は平日だから、ゆきくんは学校だし、お父さんはほら、三月の件で警察に顔を出さないといけないって、昨日聞いたよ」


「ああ……口止めね」


 人聞きの悪い言い方だが、別に間違いではない。

 鬼の存在を世間に隠し通すためには、一部の政治家や警察関係者、報道機関、医療従事者の協力が必要不可欠だ。


 その上、あの事件では一般人の車両も走行する道路で車を爆走させた挙句、発砲までしている。

 鬼の存在を露見させないため、父を含めた鬼社会の上層部たちは今も尚、あちこち奔走しているのだ。


(今にして思えば、あの裁判の日、きょう兄さまがあきくんに話があるって言ってたのは、こういうことだったんだろうな……)


 当事者であるにも関わらず、こうした事件の後始末には桃娘であるみことは関与できないため、つい他人事みたいに考えてしまう。


「まあ……そうなるね。沙夜ちゃんは?」


 沙夜の職場はシフト制で、決まった休日というものがない。


 だから、久しぶりに会おうとみことから連絡を入れた際、いつなら都合がつきやすいかと相談したら、平日の午前中ならば混まないだろうからと、こうして会うことにしたのだが、この後何か用事でもあるのだろうか。


「私も、ないよ。だからさ……もっと喋り倒したいなって……。ここで時間いっぱいまでお喋りしたら、その後お昼にでも行かない?」


 沙夜の思いがけない誘いに不意を突かれたのも束の間、みことはすぐに破顔して頷く。


「うん、いいよ! 沙夜ちゃんは、何かリクエストとかある?」


「この近くに、洋食屋があるでしょ。あのレトロな雰囲気の、オムライスがおいしいところ。あそこはどうかなって」


「いいね! そうしたらわたし、食後にクリームソーダ飲みたい!」


「みこと、ほんっとうに甘いもの大好きだね……」


「だって、甘いもの食べたり飲んだりすると、幸せな気分になれるんだもの! あ……そういえば沙夜ちゃん、カフェラテ冷めちゃってるみたいだけど、新しい飲み物持ってこようか?」


「あ、じゃあお言葉に甘えてお願いしようかな。今度は、ホットのキャラメルマキアートにする」


「了解! そのカフェラテはどうする?」


「勿体ないから、飲んじゃう」


「はーい! じゃあ、ちょっとお待ちくださいねー」


 そう断りを入れてから、みことたちに宛がわれた個室から出て、軽快な足取りでドリンクバーへと向かう。


 ――みことが、何だかんだと沙夜との付き合いを続けている理由は、鬼に纏わる事情を隠す必要がないからというのも大きいのかもしれない。


 人間の友達相手には、色々と誤魔化したり、言葉を吞み込まなければならない場面が多々あった。


 向こうも、付き合いが長くなれば長くなるほど、内容まで推し量ることはできなくても、隠し事をされていることには薄々気づいていたに違いない。


 仲が深まってきたと思った直後に、何か大きなきっかけがあったわけではないのに、自然と疎遠になっていくという出来事を、学生時代に何度も繰り返してきた。


 程度の差こそあれども、きっと香夜や沙夜もそうだっただろうし、親世代だって似たような経験をしてきたのかもしれない。


 だからこそ、鬼や鬼の関係者の結束は強いし、どこか閉鎖的な環境に拍車をかけていく。


 人間の視点だと、こうした鬼の世界を(いびつ)だと感じるのかもしれないが、みことにとってこれからも生きていかなければならない環境だからだろうか。内心思うところがあっても、やはり憎みきれない。


 そんなことを考えつつ、ドリンクバーに到着するなり、新しいマグカップを二人分用意すると、みことも沙夜と同じくキャラメルマキアートを注ぎ、会話を再開するべく部屋へと戻っていった。

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