おにぎりゴロリン戦争編
玄孫が庭でアリを親指で潰して遊んでいる。
私は縁側でそれをボーッとみていた。
私にとって孫の孫というのは不思議な存在だし。彼にとってもおじいちゃんのお父さんとは果たして家族なのかと曖昧なものなのだろう。
私と彼には明確に壁がある。
「オオオジイサン」
背後からひ孫の婿のアメリカ人が声をかけてきた。
デジャビュだろうか?前にもこんな事があったような。
「あ」
終戦間近のあの日の事を思い出した。
私は生き残った日本人を降伏させる説得を命じられて……
・
「ここにタッテクダサイ」
目隠しをされた私の後ろに立つアメリカ人。
私は両手に『おにぎり』を渡された。
前方下寄りから聞き覚えのある同胞たちのうめき声が聴こえた。
島での戦いで負傷した私は運良く米軍の捕虜となれた。
敵の手下になった悔しさと、もう殺さなくていいという安堵感。
とにかく私は同胞たちにとって裏切り者でしかなかった。
每日後ろめたさで憂うつだったのを覚えている。
目隠し。
後ろには米軍。前には日本軍の生き残り。
「彼らはとてもオナカスイテマス。助けましょう」
洞窟に逃げ込んで何週間にもなる彼らにおにぎりを投げろと言う。
「シャベルダメヨ」
話してはいけないらしい。
これは私にとって好都合だった。
腹が減って苛立っている同胞たちに「どうも。私はアメリカ軍の捕虜になりました。そこから出てきて降伏してください」などと言ったら日本刀を持った兵士に斬り殺されない。
「ナウ!おにぎり投げて!」
米軍兵士は私の握ったおにぎりを叩いた。
私は彼に言われた通りそれを投げた。
「皆さん!おにぎりです!」
思わず言葉を発してしまった。
米軍兵士はすぐに私の両耳に手のひらを当てて圧迫した。
(約束を破ったから殺される!?なんてデカい手のひらだ!このまま頭を潰される!?)
……と思ったが、そのまま回れ右をさせられ、私は洞窟を後にした。
…
「体ヒエますよ」
「ありがとう。でももう少しここに居たいんだ。熱湯を入れたヤカンを持ってきてくれ」
「熱湯ヤカン?オチャですか?ワカリマシタ」
「……」
あの日以来。米軍達は私を見ると笑うようになった。
日本人に英語は分かるまいと早口で話しながら私を指さした。
「オチャです」
「ありがとう」
「オオオジイサン?」
私は熱湯の入ったヤカンを持ってフラフラとアリを潰して遊ぶひ孫のところへ歩き、彼の肩を叩いた。
「言い事を教えてやろう」
「……?」
「こういう『娯楽』もある」
「……しゅごい!」
アリの巣に熱湯を注いだ。
穴の付近で大量のアリが死んでいく。巣穴の中でも大量のアリが死んでいるだろう。
仲間が食料を持ってきてくれるという希望が一瞬で絶望に変わる。
「楽しいね!大きいおじいちゃん!」
「楽しいな」
私は元々情報兵だった。
それでも『おにぎりと九九式手榴弾』の違いぐらい分かったし、『あいつは日本の手榴弾で日本兵を殺したんだ』と彼らが言っていたのも分かった。
私は彼らの『娯楽』に使われたのだ。
『皆さん!おにぎりです!』
私は持たされたものが何か気がついていたのにそう叫んだのだ。
……悪魔だな。
「お湯なくなっちゃった!」
「穴蔵の奴らはみんな死んだよ。新しい巣を探そう」
「うん!」
勇敢に戦った彼らではなく臆病者の悪魔の血が玄孫まで受け継がれているのが可笑しくて笑ってしまった。
「あははは」
では英霊の先輩方。
地獄でお会いしましょう。