何でも屋
三題噺もどき―にひゃくさんじゅういち。
外に出ると、冷たい風が肌を撫でた。
2月に入り、昼間は少しずつ暖かくなってきたが、夜は未だに冷える。
特にこのあたりは、無駄に高い建物がひしめいているせいで、ビル風というかなんというか。そんな感じの強い風が、吹き荒らしているから、尚更。
「……」
ようやく仕事が終わり、帰路についた。
大嫌いなパンプスを履いて、1人静かに歩いていく。スカートもホントは嫌いだ。
―そもそも、女性らしいと言われるファッションが苦手なのだ。会社とか、社会とかで求められる、そういう「らしい」ファッションは。
それでも、そういう格好をしていないと、目に付く。何より、他の同性に目を付けられる。
「……」
何もしていないのに、目をつけられてはいるから。
たいして意味はないかもしれないが。
「……」
今日だって、ホントはもっと早く帰るつもりだったのだ。
定時はとうの昔に過ぎてる。
それでも、帰れなかったのには、そういう事情がある。
「……」
理由は意味不明だが。同じ仕事をしている同性に、やけに目をつけられているのだ。
よく耳にする、いじめという程悪質なものでもなく―はないのだが。昔からそういう目にはあっていたので、割となれちゃいる。
慣れるものでもないとは思うが。
「……」
まぁ、そんな感じのあれで。
仕事をいいように押し付けられたのだ。今日も、昨日も、一昨日も。
毎日何かしらの仕事を、誰かしらが持ってくる。
それでまぁ、それをこなしてしまうのもよくないのかもしれないが。
正直、押し付けられた仕事を、私が放棄した方が面倒だと思ってしまう。それなりにはやろうと思えばできるし。ならばやればいいのだ。私が。
「……」
しかしそれでも限度は確かにあって。
私は残念ながら、何でも屋ではないのだ。
あれもこれもできるような便利なコマぐらいに思われているのは、少々困る。
できない事もあるし、できても時間がかかるものはある。
「……」
最近の何が、質が悪いって。
その、できるできない、できても時間がかかる、のその辺のラインを。なんとなく感づかれている事だった。
だから、おかげさまで、こうして毎日のように残業している。
「……」
そういう、察しの良さは別のところで使ってほしいものだが。
全く。要領がいいんだか悪いんだか。
同性というものは、ホントに面倒で仕方がない。
「……」
今日も、何とか終わったからよかったものの。
これができない事だったら、どうするおつもりなのだろう。
まぁ、きっと。あいつに頼んだのだから、とか言って。責任の押しつけをしてくるだけだろうが。
「……ただいま」
ああだこうだと考え事をしていると、家についた。
家が近いというのは、こういう時に楽でいい。
―おかげで、仕事を押し付けられるというものあるが。電車に乗り遅れるから、あとお願いしていい?じゃないってのな。
「……」
靴を脱ぎ散らかし。
鞄を適当に放り投げ。
ベットに落ちる。
「――っふぅ……」
ようやく息を吐きだせる。
張り詰めていた糸を切る。
脳内のスイッチを切る。
「……」
ぼうっとする視界の端で、月明かりに照らされた何かが光る。
窓辺においた、アクアリウムだ。
ゆらりとと揺れる、小さな水槽。
その中には、クラゲのおもちゃが入っている。
「……」
あぁ、いっそ。あんな風に。
ただ、たゆたうだけでいたい。
水族館のクラゲのように。
水流に身を任せて。
何も考えずに。
与えられたものをひたすらに享受するだけの。
何も思わずに。
何も想わずに。
そんなものに。
なりたいものだ。
お題:何でも屋・アクアリウム・水族館